幼い魔王と腹黒側近のあくる日
以前書いた「幼い魔王の腹黒側近」の続編にあたるお話です。
前作ほどしっかりとした世界観描写はありませんが基本的に会話劇(?)なので読んでいなくても大丈夫です。
「勇者が来ないならこっちから攻めればいいじゃない!」
今日もエミナ様はるんるんとご機嫌で、私は胃がきりきりします。けど可愛いので許します。可愛いはジャスティスですから。
エミナ様が無邪気な笑顔でよく考えれば邪悪の塊みたいなことを言い出すというのはよくある、というわけではありませんが、過去にも何度かあったりします。そういう時は誰か人に影響を受けての発言なのは間違いありません。
そういえばエミナ様のこの台詞、以前「自称:異世界から来たイケメン」が話していたモノに似ていますね。確かその言葉は「身分の高い女性が庶民の暮らしに疎いこと」を皮肉った台詞だったはず。
エミナ様が使うことによって「身分は高いが身長は低い幼女が世話役の苦労に疎いこと」を皮肉った名言になりそうです。ならなくても私がそうします。裏から手を回してでも。
心の中ではため息にも似た吐息を漏らしつつも、外見には一切出さないのがデキる魔族であるところの私です。
「……エミナ様、たとえ冗談でもそのようなことを言ってはいけません」
「なんでよっ!?」
ちょっと諌めただけでぷりぷり怒りだすエミナ様はまるで瞬間湯沸かし器のようです。
是非、エミナ様で沸かしたお湯でお茶でも淹れて縁側で啜りたい気分です。……たまにはそういうほのぼのとした休日を過ごすのも良いかもしれません。前魔王のように引退以来「ひゃっほー、毎日がホリデーだぜ」と部屋に引きこもってるのは最悪ですけど。もう早く死ねばいいのに。
と、そんなことよりもエミナ様のお怒りを鎮めることを優先しなくては。小さい頃のように癇癪を起こされて城に大穴を空けられてもこまりますからね。
「こちらから外国に行く、というのはつまり侵攻するということですよ? そんなことしたら、いまの冷戦状態が確実に終わってしまいます」
魔族と人間の間では絶えずいざこざがありました。いまでも小さないざこざは毎日のように起こっています。
魔族の中には魔物と呼ばれる知能の低い種族も多く見られます。そしてそういった生物は自分のテリトリーというものは持っていても、国境や所属なんてものを考える頭はもっていません。
なので、そういった生命体が他国の村や人間を襲ってしまうのは仕方がないことなのです。
獣に襲われるようなものだと人間側もそのことはとっくに理解していますが、それでも心情的に諦めることはできないのでしょう。
人を襲った報いとしてその魔物が殺められてしまうのも心苦しくはありますが仕方のないことと割り切っています。
つまり、今現代において、魔物が国境を超えて人を襲うことと、それを大勢で返り討ちにすることを人側も魔族側も見て見ぬふりをしているのです。
しかし、それを魔族の長――魔王がやったとなれば話は別です。
「別にいいじゃない! ちょっと勇者を見に行くくらい!」
「それでも、確実に血が流れます」
たとえ魔王さまの目的が勇者を一目見てみたいという子供がヒーローに抱くような羨望であったところで人間側にとっては関係ありません。
「魔王が国境を越えた」という事実が広まってしまえば、すぐさま人間と魔族は戦争状態へと陥ることでしょう。
「うぅ……確かに血とか怪我とかは見たくないけど……でも、軍の人達は強いし、誰も傷つかないように勇者を見るくらい出来るかもしれないわっ!」
血と聞いて一瞬怯んだエミナ様に私の心はキュンキュンしっぱなしでした。もう本当に此の世のモノとは思えないくらいに可愛い可愛いエミナ様の云う事となれば例え火の中だろうと水の中だろうと、魔王軍の兵士を即座に派遣するのですが(私は行きません)、他国への進軍ということになると流石に現実的な問題が上がってきますし、何よりエミナ様の身の危険を考えるとここでわがままを許すことは出来ません。
「確かにその可能性はありますが絶対大丈夫という保障があるわけではありません」
いや、本当のところを云うと「絶対ではないですが、九割九部九厘誰も怪我を負わずに勇者見学にはいけます」という感じではあるのですけどね。
前にも話した通り、昨今の勇者は質も出来もよろしくないので我が軍の将軍数人をお供につけたお忍び旅行ならまず間違いなくエミナ様以下将軍誰一人欠けるどころか傷つくことなく帰ってくることはできるでしょう。
しかし、勇者を見学した結果、エミナ様の中にある勇者像を粉々に砕かれる可能性もまた同じくらい高いのです。
賄賂を使って他国に密入国するような勇者に憧れを抱く子供なんていないでしょう。
夢を壊されたエミナ様が泣いてしまわれるなんてのはまだ良いほうで、夢を壊された結果、何事にも動じない子供らしからぬ子供になってしまうということもあるわけです。そういった感情の起伏が乏しい魔族が出来上がってしまう現象を私はフリーズドライ製法と呼んでいるのですがそれは横に置いておいておきましょう。
それが全うな成長であれば、私も心から喜ぶこともできるやもしれませんがフリーズドライ製法がまともな成長を促すとは到底思えません。
最悪、あの前魔王のように腐れニートになってしまうかもしれません。
私はエミナ様にあの男のようにはなってほしくありません。もっと言えばあの男の遺伝子を受け継いでいるというのも嘘であってほしいと願っているくらいです。
さて、話が妙に脱線してしまいましたが、要するに私はエミナ様にまだ今のままでいてほしいのです。
戦争がどうのなんてのは建前です。そんなに戦争したきゃ勝手にすればいいんです。どうせ今の戦力差なら負けるはずないですし、仮に負けたとしても前魔王に全部の責任押し付けてやればいいんです。……そう考えると何も悪いことばかりではありませんね。むしろわざと負けてもいいくらいです。
とはいってもやはり私の一存で多くの国民と臣下を危険にさらすわけにはいきませんし、やはりここはエミナ様を嗜めるのが無難な策でしょう。
「……エミナ様。貴方にもしものことがあったら、国を守り死んでいったお父上に申し訳がたちません」
「……パパはまだ生きているけど?」
「………………」
そうでした。失敗です。
私としたことがいつも脳内で想像している空想と現実をごっちゃにしてしまいました。危ない危ない。ろくに働きもしないごく潰しの先代魔王をついうっかり頭の中で殺していたのが、エミナ様にばれるところでした。
早々に話を変えることにしましょう。そうしましょう。
「今のはモノの例えです。もし父上が今言ったような状況だったとしても同じことが言えますか? もし勇者にやられていたとしたら同じようなことが言えますか? ということです」
ふむ。上手く切り抜けられたのではないでしょうか。流石私です。やることなすこと万事上手くいきます。
「え? でも、パパは生きてるしそんなもしもの話をされても困る……」
ああ、ちくしょう。今日のエミナ様は珍しく賢しくてらっしゃいます。ここは主の成長を喜ぶべき場面でしょうか。それとも私の教育の賜物と胸を張る場面でしょうか。
それにしてもエミナ様の困り顔はやはり素敵ですね。このまま額に入れて私の寝室に飾っておきたいです。
しかし、それはまた今度画家に頼んで書いてもらうとして、今はどう言いくるめるかを考えなくてはなりません。
……仕方ありません。もう一度正攻法で情に訴えるとしましょう。
「エミナ様。もし、見つかった時のリスクを考えて下さい。いくら貴方が侵攻する気がないといったところで向こうは信じないでしょう。その結果、戦争が始まってしまったらどうします? 勿論、我が軍はエミナ様の為に必死に頑張るでしょう。しかし、中には命を落とすものも出てくるかもしれません」
「うぅ……でも、それも……仕事だし……」
なおも反論を繰りだそうとするエミナ様。流石に勇者絡みとなるとしぶとくてらっしゃいます。そこがまた可愛くもあるのですが、今回ばかりは心を鬼にして糾弾することにします。申し訳ありません、エミナ様。今日のおやつはエミナ様の好きなパンケーキにするので許して下さいね。
エミナ様の言おうとしていることはわかるので、上手く言葉に出来なかった部分も引き取って私はそれに反論する。
「そうですね。彼らは戦うことも仕事のうちです。死んだとしても覚悟はあったでしょうし、エミナ様を恨むこともないでしょう。しかし、彼らの家族はそうはいくでしょうか?」
「……うぅ」
あぁ、ホントなんて可愛らしいんでしょうか。笑顔が一番ですが痛々しい表情も素敵です。
さて、あと一歩といったところでしょうか。強い言葉で更に攻め立てます。
「家族の方々もきっとエミナ様を恨んだりはしないことでしょう。皆、あなたのことが好きですし、間違ったことをするはずがないと信じてますから。家族が死んで、恨むことすらできない彼ら彼女らに対し、貴方はなんというのですか?」
「うっ……ご、ごめんなさぁい……うぐっ、ひくっ」
はい落ちた。
ついに半べそをかきだしたエミナ様。なんとか魔王としてのプライドが完全なるダム決壊を防いでいますが、これ以上は議論も反論も弁論もできないことでしょう。ま、元より議論も弁論もエミナ様には出来ないでしょうが。
「もぅ、見に行かないからぁ……ひっく、エミナをゆるしてぇ……えぐっ」
あぁ、ついにダムも決壊してしまったようです。
……こうなると流石に私もバツが悪い思いになってきます。
「もう泣かないで下さい。わかってくだされば良いのです。そうすれば誰も傷つくことはないのですから」
「うぅ……わ、わかったぁ……うぐっ…………ひくっ」
しかし、言われてそうそうすぐ収まるはずもなく。エミナ様もなんとか気丈に振る舞おうとしていますがところどころしゃくりあげてしまっています。
そうなると自然、私も罪悪感に苛まれることになってしまいました。
私も鬼ではないのです(魔人ですけど)。パンケーキ以外にもエミナ様に喜んでいただくといたしましょう。
「そういえば、エミナ様。先ほど頼んでいた絵本が届いたと報告がありましたよ」
「えっ!? それって勇者ハロハロくんの新しいヤツ?」
即座に涙がストップする辺り、やっぱり子供っぽいエミナ様。
「勇者ハロハロくんシリーズ」、一昔前の古き良き勇者が襲い来る魔物や悪人、様々な問題を知恵と勇気で解決する幼児向けの絵本なのですが、未だにエミナ様はこのシリーズが大好きで何度も何度も読み返しています。エミナ様が勇者に熱をあげる元凶ともいえるような絵本ですが、こういう時に話題に出すと確実にエミナ様の気を引いてくれるので正直助かります。
「ええ、そうみたいですね。エミナ様が楽しみにしているのを知っている本屋の店主が朝一番で持ってきてくれましたよ」
「やったぁ! ねぇ、どこにあるの?」
眼がきらきら輝いてます。
もうすっかり、さきほどのことは忘れてしまっているご様子。バカ――ではなく、単純なんです。
「寝る前に読んで差し上げるので、もう少しお待ち下さい」
この年齢なので、もうあまり機会もなかったのですが、エミナ様はいまだに寝る前に本を読んでもらうのが好きなようで、
「え? 読んでくれるの!? やったぁ!」
このように、飛び跳ねるほどに喜んでくれます。
……これで十二歳なのだから、驚きです。
私が十二歳の頃にはもう専門的魔術書や法律書や拷問の仕方を学んでましたよ……。
「ハロハロくん、今回もカッコいいんだろうなぁ……」
うっとりとした表情でそう語るエミナ様はまるで恋する少女のようで、世話役でエミナ様ファンクラブ管理人の私からしたらちょっと嫉妬してしまうものですが、今回限りは許すとしましょう。
おかげでいましばらくの平和が保たれたのですから。
エミナ様にはもう少し、現実の腐れ切った勇者に落胆するよりも物語の中のかっこいい勇者に夢を抱いておいてもらいましょう。
そうすれば、今日も明日も明後日も、きっとこの国は平和でしょう。