十二章6
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Cランク戦のプログラムがすべて終了し、関係者以外の人たちは南星学院を後にしている。
昼間の喧騒とは裏腹に、夜も更けようとしている時間帯は当たり前であるが静かだ。
校内ではまだ作業している人がいるため、校舎には点々と灯りがついている。
その中の一つに生徒会室も含まれていた。
もうすぐ午後十時を回ろうという時間である。いくら高校生とは言え帰宅を推奨される時間であった。
「会長、頼んでいたフィールドのチェックはどうなりました?」
机に積み上げられた書類の一部を手に薫は同じ惨状の御川に訊いた。
「真里亜と確認してきたが、異常はなかった。掃除も終わって、結界も損傷なし。試しに真里亜が一発かましても耐えて見せたよ」
軽く言ってくれるが、もし壊したらどうするつもりだったのだろうか。
とはいえ、副会長の攻撃を耐えたということはBランク戦では壊れることが無いというお墨付きを得たわけだ。
開催中はそこに防御役の魔術師数人と審判長始め優秀な停止役が揃っている。この前の暴走を考慮して人員を増やすよう申請してあるため、薫が身体を張ることも減るだろう。
正直、解決するたびに怪我をしていては自分の身が持たない。
細いため息が聞こえ、薫は書類から顔を上げた。
向かいに座る影里が憂鬱そうにPC画面から目を離し、目薬を差していた。
「その様子だと、変化はなさそう?」
「そうね。貴方のいう候補者に絞ってみたけれど、おかしな点はなさそうね」
「だとすれば、Cランク内の目標は辻占君だけだったのだろうな」
結局、今日のCランク戦は何事もなく終わった。
こちらが警戒を強めたためか、単にターゲットがいないためなのかは分からないが、音沙汰なく進行していた。
ちなみにポイントはこのようになった。
一年:北0p 西7p 東5p 南3p
二年:北1p 西9p 東5p 南0p
三年:北0p 西5p 東0p 南10p
Cランク小計:北1p 西21p 東10p 南13p
総小計:北6p 西37p 東14p 南33p
三年が踏みとどまってくれたおかげで西とさほど離れることは無かったのが救いだった。
4pの差であればこの後いくらでもひっくり返せると会長が言っていた。
彼が言うのだから予想外の展開が起こらない限りそうなのだろうと薫は納得する。
ちなみに、明日は校内で応援科と整備科の筆記試験が行われる予定だ。
整備科のポイントは北と東が持っていくのは明確なので考慮しないとして、問題は応援科だった。
こればかりはどこが勝つのか毎年誰も予想出来ないらしい。
そう言えば、応援科の知り合いは影里さんだけだな。あと月菜。
クラスが戦術科ということもあり、授業で他の科と会うことはない。
部活動に所属していれば交流はあるだろうけれど、薫の場合、生徒会、規則委員と戦闘集団の中にいるため裏方との交流は皆無と言える。
魔術具を使う戦術科の生徒は整備課に何かとお世話になるようで交流があるそうだが、薫の場合舞姫などとても学生では対処できない代物を使う関係でM・Lなど巨大企業を頼らずにいられないのが現状。
委員会の中に応援科の生徒が数人いたのは覚えているが、授業の話なんてほとんどしないから今度訊いてみようか。
それからも作業を黙々と進めていく。
「さて、明日のこともあるしそろそろお開きにしたいのだが、皆大丈夫かね?」
会長がぐるりとメンバーを見渡す。
誰からも反論は上がらなかった。
「では終わろう。解散」
会長の閉めに「お疲れさまでした」と続け、全員は帰宅準備を手短に済ませると、生徒会室を出た。
薫たちは家に着くとそっと行動した。
月菜には十二時までには寝るようにと教育しているため、彼女が寝ていることを考慮しての行動である。
リビングの灯りがついていないことから自室にいるのだろう。
もしかしたら、泊りに来ている麗と会話しているのかもしれないが。
リビングに入ると薫はドア付近のスイッチを押して灯りを付けた。
食卓に目を向ける。薫はおや? と首を傾げる。いつも帰りが遅いときは月菜が夕飯を用意しておいてくれる。先に寝ているときや自室にいる場合、メモが置かれているはずなのだが、今日は其れがなかった。
スクール鞄を机に置き、舞姫を立てかける。
桜花が台所へ向かい、いくつか確認していた。次に冷蔵庫を覗く。
「薫、夕ご飯発見」
「なら書き忘れたのかな? まあ、そういう日もあるか」
薫も台所に入り、二人分の食器を出していく。
そして、気づいた。
壁に取り付けてあるお風呂のリモコンが作動しているのだ。炎を模したイラストがちろちろと揺れていた。
「ん? 誰かお風呂に入っているみたい」
「月菜ちゃん?」
「いや、誰かは分からないよ」
僕は首を振った。
「見てくる?」
ちょこんと首を傾け、桜花が提案する。
「別に待っていれば出てくるでしょ」
「それもそうね」
名案とばかりに桜花が頷く。いやまあ、それで知らない人が出てきたら流石に驚くけれど。
薫は作り置きの夕飯を温め直し、桜花は出来上がったものを食卓へ並べてくれた。
そろそろ日付が変わろうという時間に食事をするというのは僕ならともかく桜花にとって良くない気がする。午後八時以降の食事は消化しにくいとかなんとか。
「確かにこの時間は応える」
こちらの心配を悟ったのか、桜花はぽつりと元気のない声で言う。
「だからその分明日動けばいいだけ」
なにやら熱意の籠った視線で訴えてきたので、心配ないだろうと頷いて返した。
「最悪、龍一匹出せば大幅にカロリー消費する。問題ない」
「なんとも便利なことで」
確かに召喚獣を使役するには膨大な魔力と体力を所費するが、ダイエット目的で召喚するのはどうなんでしょうか。
よくよく考えてみれば、顔は別として召喚士のプロポーション水準は高い。
知れずにカロリー消費しているからか⁉
召喚士や高レベルの魔術師の容姿が総じて高い理由が今分かった気がする。
そんなたわいのないやり取りをしつつ、遅めの夕食に手を付け始めた。
*
食事を始めてから二十分ほど経った頃。
リビングの扉が開き、一人の女性が入室してきた。お風呂上りの為少し上気した頬。上下揃って薄い水色の寝間着。
湿ったセミロングの黒髪が魔石発光の灯りを吸収しているかのように濡れ羽色に輝いていた。
身長は女性にしては高く百七十位だろうか。
凛とした佇まいが似合う二十代前半のお姉さんがバスタオルに髪の水分を吸わせながら歩いてくる。
これには二人とも驚いた。なぜか。想定していた人と違うからだ。
「お二人ともお帰りなさい。月菜さんのご厚意でお風呂使わせていただきました。あ、彼女はもう寝かせたのでご心配なく」
と、こちらの茫然とした顔に疑問を抱くことなく言った。
硬直してから三秒程度で立ち直った薫が訊く。
「あー、あの、つかぬ事をお聞きしますが」
「……何でしょうか?」
ようやくこちらの驚愕に気付いたのか、女性はわずかに困惑を見せた。
「秘書さん?」
「はい、そうでございますが……ああ、そう言えばお二人に髪を下げた姿をお見せしたことがございませんでしたね」
思い出したかのように秘書さんと呼ばれた女性は言った。いつもは髪を結って上げた姿でしか会うことがないため、同一人物だと判明するのに時間がかかった。
「……薫さん、そろそろ私のことを名前で呼んではもらえませんか? 会社や公共な場であればまだしも、自宅ですらこう呼ばれるのは少し悲しいのですが」
わずかに眉を下げて、秘書さんは言って来る。
「ええと……ですね」
薫は彼女のお願いに戸惑う。
「……麻衣さん」
これまで静かに見守っていた桜花が唐突に聞きなれぬ名を呟いた。
「はい、なんでしょうか。桜花お嬢様?」
「……お嬢様はやめて。普通に桜花でいい」
「畏まりました」
バスタオルを腕に掛けて、綺麗に腰を折った。
どこかのファンタジーに出てくる洋風メイドを彷彿させる行動だった。
「で、鶴岡さん。薫が言いにくそうしているから私が言うけれど、薫に名乗ったことないんじゃない?」
「えっ⁉」
今度は秘書さん――麻衣さんが驚愕した。
口に手を当てているあたり、上品さを維持しているのは流石である。そして右手を口元に寄せ、考えてますよーポーズを取った。
「あー、すみません。僕からお願いすればよかったんですが、何時からか秘書さんが定着してしまって……」
申し訳ないという風に後頭部を掻きながら薫は言う。暫く考え込んでいた鶴岡さんは薫の言葉にはっと表を上げる。
「い、いえ。今懸命に思い出そうとしていましたがもしかしたら薫さんに名乗ったことないかもしれません」
滅相もないと両手を振った。
彼女は完璧超人というイメージが強かったため、このような可愛らしい部分が見られるとは思わなかった。
「えーと、……鶴岡麻衣さんで合ってます?」
落ち着きを取り戻した鶴岡さんは別の意味で頬を染めつつちらちらとこちらを覗き込むような視線を向けてきた。
なんだろう、この人めっちゃ可愛い。いつもが凛としている分ギャップがあっていい。
「いだっ!」
唐突に背中をつねられ、薫は後ろを睨む。
そこには般若がいた。
しかし、薫も慣れたもので対抗するように睨み返す。すると、般若は消えなにようと桜花は拗ねてしまった。とりあえず、撫でて落ち着かせると薫は鶴岡さんに視線を戻した。
「すみません」
「いえいえ。お二方は本当に仲がいいですね。っと、大変申し遅れました。私は鶴岡麻衣といいます。これからも長くお付き合いいただきますようお願いします」
鶴岡さんはその場で座礼してきたので、薫はあたふたと床に座り同じく礼を返した。
「こ、こちらこそ。今までちゃんと名前を聞かずにすみませんでした。あやふやだったのでもし違ったらどうしようと思って口に出せなかったんです」
「そうなのですか。でしたらお呼びしてくだされば……」
「流石に長年付き合いのある人の名前を間違えるのはちょっと……」
恥ずかしいどころの話ではないので、今まで聞けずにいた。桜花にもだ。
「まあ」
くすりと笑われてしまった。
その笑みに年相応で可愛らしいという意味が込められていることを察した。見透かされたような行動なのにむっとするよりも恥ずかしさの方が込み上げてくる。
「……で、麻衣さん。今日は月菜ちゃんの護衛?」
和やかな雰囲気から一変して、真面目な話題へとシフトする。
「ええ。ですらか今日はこちらにお節介になりますね」
月菜が客質を宛がってくれたようで、今から寝床をセットする必要はないらしい。
ここではなんですからと食卓に掛け直す。
夏とは言え、床に座って話すのは流石に冷える。相手は風呂上りだから尚更であろう。配慮が足りないと薫は反省しつつ、会話を続けた。
「本題ですが、薫さんの報告書から社長経由で動かしていた別動隊から報告がありました。間違いないそうです」
「……薫」
じっとりとした視線がよこからびしばしと向けられているが、後回しだ。
「そうでしたか。……とりあえず良かったです。これでピースが揃いました」
「ええ。ですが、このことを彼女に伝えるのは……」
歯切れの悪い物言いで麻衣さんはこちらを見る。それに薫は頷いた。
「多分、落ち込むでしょうね。でもあの人は切り替えができる人だと僕は信じています」
確信を持って薫は言った。
麻衣さんは薫の言葉に頷くと、ほっと胸をなで下ろした。しかし、表情の陰りは去らなかった。
「嫌よね。こういう事件は」
「……はい」
完全に置いてきぼり状態の桜花だが、二人のテンションから察して何も聞かずその場で二人を見守ることにした。
細かいことは後で薫が話してくれるだろうから。
それからいくつか情報交換して、就寝する頃には午前一時を回っていた。
ようやく秘書ネタを取り入れることが出来ました。




