十二章2
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ぽつん、ぽつん、と頬に何かが垂れる感触がして豊川は目を覚ました。
瞼が重く、視界はまだぼんやりとしている。
次第に開くようになり、乾いた目を数回瞬きして潤すとようやく視界が晴れてきた。
しかし視力が回復しても、自分の状況がどのようなものであるかが把握できなかった。
と言うより、理解できないと言った方が正しい。
視線を下げる。
いつもの東星学院の制服を着ているのは分かった。
だが、今いる場所がどこで、なぜ自分は古い錆びた鉄パイプ椅子にベルトで固定されているのかは理解できなかった。
頭上には窓ガラスが並んでおり、空が見えた。
赤色に染まった空から大体の時刻が予想出来た。
視線を下へ向ける。
目に映る景色をそのまま伝えるとすれば、座っているものと同じで錆びついて折れたものや木製の腐った椅子、机など学院にあるようなものの残骸がざっくばらんに放置されていた。
良く見れば、昔多用されていた黒板? だっただろうか。その他にも豊川が見たことのない教材が多数見受けられた。
察するに、何処かの学院の倉庫だろう。
豊川はこれまでの記憶を探っていく。
……私は昨日までフロンティア用に魔術の練習をして、帰宅したのが九時頃だったわね。その日はすぐにお風呂に入って、後生徒会の雑務を終わらせてすぐに就寝した。
朝は一度学院に行って、フロンティアが始まってから午後に会場入りして――
「あれっ?」
豊川は自分の記憶がそこで途切れていることが腑に落ちなかった。
会場入りしてから記憶が一切ないのである。
これは異常なことだった。
薬を使うにしろ何にしろ、大抵は誘拐前の記憶があるはずだ。それがすっぽりと抜け落ちている。しかも記憶が抜けているにも関わらず違和感がないことが、冷静さを取り戻しかけた豊川の恐怖心を煽った。
「私は見もしない誰かに連れ去られた? ……いえ、違うわね。考えたくないけれど、記憶操作の魔術を使われたと思うのが妥当よね」
結論を自分に言い聞かせるように呟く。
そして彼女はこれまで受けてきた魔術の講義を思い出していく。その記憶が確かなら、相手に影響を与える魔術は数多く存在するが、特に行使するのが難しいとされている魔術が相手を操作するものだったと聞く。
昔から物語などでよく登場する乗っ取り系のスキルだが、それを現実で可能とする人間は未だ存在しないと教わった。
だからこそ、豊川の導き出した結論は半信半疑なものでしかない。
しかし、こうして体験している以上は術者がいてもおかしくはなかった。
「精神操作の使い手が現れた、か。フロンティアで使えば、誰もが驚くわね」
魔法省が公式に未発見と発表してはいるが、このように魔術をかけられた記憶がないとしたら、実は昔から使い手は存在しているが誰も気づかないだけなのかもしれない。
豊川は身体を揺らしたり腕を動かしたりして、せめて拘束が解けないか試してみるが、うんともすんとも言わなかった。
魔術を使うことは元から諦めている。
豊川が得意とする魔術は水属性であり、そのほかも使えるは使えるが、初級に毛が生えた程度である。
しかもこのベルト。外からだと分からないが、中に金属の類で芯が通っている。
つまり、炎を出して燃やしたとしても、外側の革しか焼けないだろう。
「とりあえず、誰かが来るのを待つしかなさそうね」
豊川はこれからの為にも体力を回復するべく目を瞑った。
*
薫と桜花の二人はM・L本社を出てまず向かったのは魔警だった。
大通りに面している一般入場口を通り、建物の中へと入る。
内部はシンプルに受付用のカウンター、観葉植物、長椅子がそれぞれ配置されており本部だというのに、受付に一人座っているだけで他には見受けられなかった。
受付に座っている女性はこちらに視線を向け、すぐに興味を失ったらしく手元の作業に戻ってしまった。
ピンク髪に魔警特有の制服を着ているためかなり派手な恰好だ。さらに、胸元が大胆に開いており、溢れんばかりの双丘が窮屈そうに主張している。
警察なのだから風俗がどうだとか、その辺の苦情が来そうな見た目をしていた。
薫はカウンターの前に立つと受付嬢に話しかけた。
「すみません。ここに収容されている“北の生徒”に面会したいのですが」
そう言って、許可証が表示されているデバイスを出して見せた。
彼女はゆっくりと顔を上げ、デバイスを覗き込む。
それを見て、横のPCにいくつか打ち込んでいく。
十数秒で作業が終わり、初めてこちらに視線を向けてきた。
「……地下二階、C-十二、二十三、四十五」
そう言うと、受付嬢はまた手元に視線を戻してしまった。
「分かりました」
薫は彼女の態度に文句の一つも言わず、桜花の元へ戻る。
彼女の目は冷ややかなものへとシフトしており、鋭利な視線は受付嬢へと向けられていた。しかし、受付嬢は意に介することなく手元に視線を向けたままだ。
仕方なく薫は桜花の手を引いて奥にあるエレベーターまで連れていく。その間、桜花は視線を受付嬢に固定していた。
見えなくなったことで顔を薫に向け、表情を緩ませた。
薫はエレベーター横の壁にある▼ボタンを押す。
そして桜花へ視線を向けると、何やら彼女は自らの胸を両手で持ち上げては落としてを繰り返していた。その度にボリュームのある胸は柔らかく不規則に弾む。
見られていることに気づいたのか、桜花は顔を上げた。そして視線が合うと、桜色の唇が開かれた。
「……薫は」
「うん、後にしようか」
何が言いたいのか手に取るように分かってしまったため、話題をそらそうとする。
「薫は胸が」
「はいはい、今する話じゃない」
諦めず続けようとするため、おざなりに会話を終わらせると両手で耳を塞ぎ、聞きませんよポーズを取った。
御馴染みのコントをやっているうちにエレベーターが到着し、二人は乗り込んだ。
エレベーターは静かに下がっていく。
頭上の数字ランプが2で点灯し、ドアが開いた。
目の前に頑丈そうなドアがあり、向かって右横にはボックス型の小さな部屋があった。
そこには窓があり、先程の受付嬢同様制服を着た五十過ぎのおじさんが暇そうに頬図絵を突いていた。
見張り番である。
薫は小部屋に近づくと上と同様にデバイスを掲げた。連絡が行っていたらしく、おじさんは頷いて、手元のパネルを操作していく。
すると、分厚い正面のドアが両側へスライドしていった。
薫は軽く礼をして中へ足を踏み入れる。桜花もそれに続いた。そこは人三人が並べるほどの狭い空間で、目の前には更に扉がある。
二十扉になっているので、後ろが完全に閉ると前の扉が開く仕組みだった。
後ろの頑丈な扉が完全に閉まり、前の扉の上に取り付けられているランプが赤から緑に切り替わり、扉がスライドした。
薫が足を踏み入れ、右を見る。
「わっ!」
視界に入ってきた光景に驚き、薫はたたらを踏んだ。
中に入っていきなり、裸のおっさんを目撃して薫のSAN値が減少した。
収容所は部屋ごとに仕切られているものの、通路からは特殊ガラスによって丸見えの状態だったのである。
中央一本道の廊下で頭上には監視カメラが全ての部屋へ向けられ、囚人たちの行動が一部始終監視されている。
一応男女別ブロックとなっているが、入場側に性別の制限がないため場合によっては着替えを覗かれる可能性を秘めている場所だった。しかし彼等が犯罪者である事実から、同情の余地はなかった。
後ろにいた桜花に支えられ、薫は恥ずかしさを覚えた。
桜花は気にすることなく薫に引っ付き、移動を促した。
男性ブロックを二人が進む中、セクハラまがいな行為をしてくる連中もいたが(一発目は偶然だが)、桜花は完全にシャットアウトしているようだ。
特殊ガラスは完全防音のため、中から声が漏れてくることはない。彼等と会話をする場合、部屋の前に取り付けてある対話用スピーカーでやり取りをすることになる。
二人は一般収容ブロック(A)を抜け、T字路に差し掛かった。
「こっち」
桜花が指で壁を示した。其処にはでかくCの文字がペイントで描かれている。反対にBの文字は無かった。
「Cは学生犯罪者のいる区画だから、もしかしたら村沢もいるかもね」
「別に会う必要はない」
興味がないとばかりに桜花は言った。
「そりゃあね」
その態度に苦笑し、薫は足を進めた。
この学生区画はAの一般区画とは違いガラス張りではあるが、ホログラムによって外から見られないように遮られている。対話システムを起動すると、自動的にホログラムが解かれて中が見える仕組みとなっていた。
「ここか」
ホログラムによってナンバーが表示されており、目的の場所はすぐに分かった。
C‐十二と書かれた壁を前に二人は並んで立つと、薫は対話システムに近寄って起動させる。
次第にホログラムが薄れ、中の空間が透けて見えた。
簡素で良く警察の取り調べに出てきそうな机と椅子が一つずつ置かれ、隅にはこれまたパイプで作られた簡易ベッドが置かれ、風呂とトイレも備え付けてあった。
その簡素な椅子に男子生徒は座っていた。
無気力そうに机を眺めていたが、ホログラムが解かれていることに気づき、顔を上げてこちらを見てきた。
『何か御用ですか? “双剣獣士”と”龍使い“』
「少し確認をしに来ました」
問われたところで桜花は話す気が無いので、自然と薫が受け答えすることになる。
「魔警の取り調べ履歴を確認したところ、貴方と他数名が我が校に侵入し、偵察していた事実に対して、全員が否定をしていたという点が気になりまして確かめに来ました」
そう言うと、薫はじっと、中に居る男子生徒と視線を合わせる。
彼もまた逸らすことなく見返してきた。
『魔警の人たちにも言いましたが僕はそのようなことをした記憶がありません。冤罪です』
力一杯否定してきた。
ふむ、と返答に頷くと御川のように熟考に入った。
彼がここにいる時点で、魔警によって魔術の類は解かれている。
不純物のない身体から出た証言であり、お互いに困惑していると言ったところであろうか。
薫はそのまなざしから、彼は嘘を吐いていないと確信する。
「では、今から言う質問に答えて下さい」
『ああ』
頷いてきたので、話を続ける。
「貴方はこれまでの行動を思い出せますか?」
『思い出せるが、魔警にも話した通り時間が食い違っている。俺が覚えているのは先週の頭。フロンティアが始まる四日前。俺たちがそっちに侵入したとされる前日のことまでだ』
これも魔警からの報告で会った通りに返答が返ってきた。
「そうですか。分かりました」
薫はそう言うと、対話システムを切る。
ホログラムが作動し、壁に見立てた映像の上にナンバーを表示した。
「彼は、白?」
桜花がちょこんと首を傾げて聞いてくるので、薫は頷いた。
「他の人たちにも一応聞いてみるけれど、多分同じ答えが返ってくるだろうね」
二人はその場を離れ、次の場所へと移る。
二人目、三人目と聞いて行くが、一人目同様記憶が侵入前日で途絶えている。
こうして聞いてみる限りではあるが、薫は一つの結論を導き出した。
「敵の中に精神操作の使い手がいる」
「そんな!」
その答えに、桜花は目を見開いた。
「驚く気持ちは分かるけれど、恐らく事実だ。となれば、辻占先輩と豊川副会長も同様に操られていたと見るべきだと思う。そう考えると、豊川先輩の奇行には納得がいく。だけど、辻占先輩のパワーアップは他の手が加わっているかもしれない」
薫はそう結論付けると、すぐに地上に上がり、御川に連絡する。
そして、二人は豊川の捜索を始めたのだった。
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