十一章10
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場所は変わり試合会場。
午前中最後のブロックということで、人はそこそこ埋まり始めていた。
観客たちの目的は一戦目でCランクの壁をぶち壊した辻占の存在だった。
薫は直接目にしたわけではないが、モニターで見ていた限り確かにCにとどめておくのは無理があるほど対戦相手と戦力差があった。
ランク付けは各学院の成績を元に厳選され、七月上旬に発表される。
そのため、生徒たちにはフロンティア開始から一月ほど鍛練する期間が与えられる。
その一月でどれほど成長できるかで今後自分たちのステータスアップに繋がる。
特に各ランクギリギリにいる生徒が当日にランクアップを果たし、ブロック優勝もしくは上位に君臨すること自体は珍しくないのだ。
だが、今回はツーランクアップの可能性を秘めているだけあって、大いに注目されることとなった。
先程審判控え室を訪ねてきた島本先生も、辻占先輩のランクアップが二段階に近いものであることの確認をしに来たのだ。
先輩たちも先生と同じくランクアップを確認しに来たものだと思い込んでいたが、雰囲気からして自分の勘違いだったのではと思っていた。
内容そのものは変わらないだろうけれど、何処か焦りが見て取れたのだ。
本来祝福される事象を前に、実力者の二人があれほど焦るとは一体どうしたのだろうか。
「あとで会長たちに訊いてみないと」
一年の審判が終わり、フィールドから降りた薫は控室に戻らず入り口横に備え付けてある簡素なベンチに腰を下ろし、次の試合開始を待っていた。
薫も辻占の力を見てみようと思ったためだ。
会場は早朝と違い、満席に近い状態となっていた。
所々では立ち見客すら現れている。
少し待つと、空中モニターに対戦表が映し出される。
辻占先輩の相手は西の戦術科で、近接戦闘を得意とする人のようだ。
ブロック開始のブザーが鳴り、選手たちがフィールドに姿を現す。
隣では東と西の対戦のようだが、選手たちは完全にアウェー感を漂わせていた。
注目株の横で試合をするほど気分的に複雑なものは無い。
審判長たちも配置に着き、開始の合図を待つだけとなった。
そしてその瞬間は訪れた。
試合開始のブザー音とともに、会場が沸いた。
薫は視線を辻占たちに戻す。
西の生徒は双剣使いのようで、薫は近親間が湧いた。左腰に本差が吊るされているので、右利きなのだろう。
彼は開始と同時に一気に距離を詰めた。
右手を柄に添え、間合いに入ったところで居合切りを放つ。鞘との摩擦で速度が増した一撃。
だが、辻占は刀を抜くタイミングで右に回避。刀は空を切った。
双剣士は諦めず視界に辻占を捉え、そのまま遠心力に任せ身体を捻って回転飛び。
辻占の頭上から振り下ろす。態勢的にきついが、遠心力により威力は居合ほどではないが当たればそれなりに有効打となる。
その直後、ガツンと何かに阻まれる音がした。
薫は目を凝らしてみると剣と辻占の間に分厚い氷が形成されていたのが見て取れた。
詠唱した形跡もなく、魔法陣の出現も見られない。
完全な魔術だった。
その現象に会場はヒートアップ。
双剣士は表情を歪め、無理矢理剣を氷から引き抜いて下がった。
双剣は片手で剣を振るために一太刀の威力が低い。そのため両腕の力以外に付加して威力を補う必要がある。
双剣における乱舞とは速度を落とすことなく流れた太刀筋で効率良く力を乗せられる技術であり、初手がとても重要である。それが阻まれると一気にペースが掴み辛くなってしまう。
ましてや相手は魔術師。
近接戦闘の天敵である。
Ⅾランク戦とは違い、一気に距離を離すことは無く、ステップを刻みながら間合いギリギリを保っていた。
すると辻占は右手を唐突に振り上げた。その手が一瞬光ったのを薫は見逃さなかった。
西の生徒は気づいていなかった。しかし彼は自分の足元を見て、即座にその場から全速力で撤退する。
そして、彼のいた場所に大量の氷塊が降り注いだ。
観客たちは驚いた。
薫はこの魔術に見覚えがあった。
入学早々の事件で長瀬が使っているものと同じだった。しかも、無詠唱ということは、長瀬よりも氷系統の扱いに秀でていることになる。
威力や速度、氷塊の量は長瀬の方が上だろうが今はCランク戦。威力は十分だった。
それで終わりにすることは無く、辻占は氷で槍を空中に形成して発射する。
飛んで来た槍を西の生徒は双剣で叩き落し回避。
そして彼は何とか間合いを詰めようと走り出した。
それに合わせるように辻占は槍を発射。
再び脇差で弾く。
このやり取りを何度か続けると、先程までのとは違い太い槍が飛んで来た。避けようとするが、三本並列で飛んで来たこともあり仕方なく剣を交差して槍を受け止めた。
その攻撃はやたら重く、フィールドの端近くまで飛ばされる。
地面に叩きつけるようにして槍を流し、前を見ると辻占は槍の投擲を止め、膝に手を突き、肩で息をしていた。
魔力切れか何かであろうと検討をつけ、今が好機であると踏んだ双剣士は間合いを一気に詰める。剣二本分の距離に差し迫った辺りで、辻占は顔を上げた。
瞬間、辻占はニヤリと暗い笑みを浮かべる。
そして双剣士は盛大に転倒した。
魔力切れと見せかけ、接近に気を取らせている隙に足元を凍らせていたのだ。無詠唱の魔術であるからこそ気づきにくい罠だった。
双剣士は本差を地面に突き立て、次の行動を取ろうと足に力を入れようとするもまた足元を凍らされ、再度転倒。
これを機に辻占は氷塊を叩き込んだ。
ほぼゼロ距離の魔術に双剣士は逃れる事が出来ず全身で喰らい、気絶した。
審判三人が旗を揚げ、試合が終了。
辻占も今度は魔力切れなのか、地面にぺたりと座り込でいた。
約三分弱の戦闘だった。
会場が一気に静寂へと変貌する。
「えげつねえ」
観客席の誰かが呟いた。
しかし薫はこの戦闘を見てもおかしな点はないと思った。
戦闘において相手の弱点を突くことは最善策だ。それが対応できないと今回のように泥沼に嵌まり、あまりいい光景に見えないが列記とした戦術で戦略的勝利と言える。
救護班が二人の元へと向かい、回収を始めた。
薫も次の試合のためにフィールドへ上がろうと階段に足を掛けた。
「きゃあーー‼」
突然の悲鳴。
何事かと、薫は叫んだであろう救護スタッフに視線を向ける。
すると、彼女たちは氷塊へと変わっていた。
「なっ⁉」
薫は走り出した。
座り込んだ辻占から魔力が放出しているのを肌で感じた。
「魔力の暴走かっ!」
審判長が叫び、詠唱する。
『光は万物を遮断する!』
高位結界を瞬時に展開してフィールドの凍結を妨げる。
その場にいた審判たちは次々と防御魔術を展開。
しかし、人が足りずフィールド全体を覆うには足りなかった。隙間から観客席に向けて氷が浸食して行く。
会場はパニックに陥った。
近くにいた規則委員たちは避難誘導を開始した。
薫は氷の地面手前で跳躍。加速度を利用して滑る。
「ごめんなさい」
凍ってしまったスタッフの塊に手を伸ばし、軸として直角の弧を描く。
そして辻占のもとに辿り着く。
自身の身体を抱き、苦しんでいた。吐く息は白く、肌は蒼白かった。自分にも魔術の影響が出てしまい、凍傷が始まったのだろう。
薫の足元にも氷が浸食して来るが、魔術による移動のため靴と地面を固定されるにとどまっている。
禍禍しく黒い魔力が今も小さな身体から滝のように溢れ出ている。
このままだと体内の魔力を全て放出して、生命活動に支障をきたしてしまう。
「……仕方ない。先輩、すみません」
聞こえているかは定かでないが、薫は辻占に一言謝るとその華奢な身体に抱きつく。そしてスカートからブラウスを出し、隙間に腕を侵入させて肌と肌を密着させた。肌が突き刺す冷たさを訴え、低温火傷を負ったが、薫は歯を食いしばって耐える。
薫の魔力抵抗体質を利用して、暴走する魔力を削っていく。
魔獣退治の際にもこの方法を用いて、術者の魔力を絶っているのだ。
徐々に不気味な色が薄れていく。
「間に合ってくれ」
思いを込めて抱く腕に力を籠める。
どれほど時間が経っただろうか。必死さゆえに時間を忘れてしまったが、ほんの二分程度だろう。
辻占の身体から完全に禍禍しい色が消え、肌に朱が差している。
腕の中にはぐったりとしてこちらに身体を預け、気を失っている辻占の姿があった。
そっと腕を抜こうとするが、氷と肌がくっついてしまい剥すことが困難だった。腕は痛覚が完全にマヒしているのが幸いした。
顔を近づけて呼吸があることを確認する。
「薫君、大丈夫かね⁉」
事態が終息したのを確認し、御川たちが駆けつけてくる。
「会長。僕よりまずあの人たちを助けて下さい」
そう言って、薫は氷漬けにされたスタッフに視線を送る。
「この威力ですから一瞬で凍結されたはずです。心肺蘇生を行えば助けられると思います」
「なら、私がやる」
桜花が名乗りを上げた。お願いと、薫は視線を送る。力強く頷いてくれた。
氷の上をおぼつかない足取りで歩き、スタッフの氷を溶かしにかかった。
「じゃあ、私も」
便乗して副会長も加わった。二人に任せておけば安心だろう。
「審判長、数人使って新しい担架を人数分確保してください」
「分かりました」
会長は場を仕切り始め、人を動かしていく。
「影里君! 至急委員会をメインフィールドに集めてほしい。君は生徒会室にて待機していたまえ」
『分かりました。校内放送を使います』
直後、緊急放送として規則委員の招集が言い渡された。
「御川くん、状況は?」
島本先生を始め、避難誘導をしていた教師陣が駆けつけてきた。
彼らに薫の腕を繋ぎとめている氷を溶かしてもらい、辻占との結合が解かれる。
腕は指を動かすだけで激痛が走った。身体全体から嫌な汗が出る。
「君は表面治療が利かないのよね?」
島本先生が訪ねてくる。
「はい」
「それだと、此処にいる人間では治療が出来ないの。すぐに病院の手配をするわ」
「いえ、せっかくの申し出ではありますが必要ありません」
きっぱりと薫は断る。デバイスを取り出すも、通話しようとする手が止まり島本先生の顔に驚愕の表情が浮かぶ。薫は島本先生からまだ作業している桜花に質問を飛ばす。
「桜花! 叔父さんに連絡して――」
「してあるわ」
コンマ秒の返答。島本先生に視線を戻し、
「というわけなので、じきにM・Lから人が派遣されますので問題ありません」
「……そうね。君が神奈崎理事長のお抱えであることを失念していたわ」
ちらりと薫の腕を覗き見る。肌が腫れ爛れ、無理に剥したために出血がひどい。
すぐにでも押さえて治療しなくては傷が残るかもしれない。魔術で解決できる問題が彼には通用しない。
それにも構わらず、薫が今も辻占を抱きかかえている光景に島本は畏怖した。
やがて複数の担架を抱えた審判を始め規則委員の面々が到着した。
彼等は真っ先に薫のもとへ向かい、辻占を乗せて医務室へと向かっていった。
「はいおしまい!」
氷が溶けたようだ。
長瀬のかけ声で周りが動き、八割がた溶けた氷塊から二人が引きずり降ろされる。
水が届いていない審判用のベンチにタオルを敷き、審判長と経験のある御川が心肺蘇生を始めた。AEDの技術は今でも受け継がれているが、感電の危険を考慮して人工呼吸による蘇生を決断した。
九サイクル目で巻き込まれたスタッフ二人は息を吹き返し、辻占と同じく医務室へと運ばれていった。
薫のもとに桜花が近寄ってきて、後ろ抱きをされ、寝かされた。
運ばれる光景を見送って数分後、頭上にヘリがやってきて降下を始めた。
轟音と強風をまき散らして誰も居ない場所に着陸し、スライド式のドアから救護班がやってくる。いつも薫の治療を担当している医師たちだった。
驚いたことに総一郎の秘書が同伴しており、薫(と桜花)は一度M・Lへと向かうことになった。ヘリに乗った直後、薫は意識を手放した。
午後の試合は中止され、今後の方針を決めるため臨時で運営会議が開かれることとなった。
これには運営側の南星教員、魔術省、各学院の生徒会が招集された。
協議の末、二日を復興期間とし、残りのスケジュールを消化する手はずとなった。
その日の夜、薫はM・Lの医療室で目を覚ました。両腕は包帯で巻かれ、わずかに行動が制限されていた。
ずっと側にいてくれた桜花にお礼を言い、デバイスに送られてきた報告を読むのを手伝ってもらった。
目を覚ました旨を生徒会メンバーに連絡すると、わざわざ御川が訪ねてくれ、実際の会議の報告をしてくれた。
状況を整理し、何か手伝おうと意気込むものの、医者、桜花、忍、なぜかいた秘書さんの四人に止められ翌日は休養日となった。
お読み下さりありがとうございます。




