十一章9
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審判控室はメインフィールドから徒歩二分とかからない場所にある。
しかし観客席から向かうと、まずは区画に入るためのゲートが臨時に設置されているため、やや遠回りになる。
今回審判を務める物と会場運営スタッフ、その他フロンティア運営関係者がゲートを通ることを許されている。
御川らは階段を進み、ぐるりと会場を半周。人通りが少ない時間帯で会ったことが幸いし、五分かからずゲート前に到着。
オートロックゲートの横には魔法省から派遣された見張り番の魔術師が一人立っていた。
御川は教養デバイスに生徒会発行の通行証を映し、魔術師に見せる。
魔術師は敬礼し、応答してくれた。二人は返礼し、ゲートの横に備え付けてあるカードリーダーに学生証を通す。
点灯していたランプが赤から青に変わり、軽快な認識音が鳴る。
スライド式の扉が開き、二人は中に入っていく。
ここから控室へはすぐだった。
通路はL字型の一本道で、通路の両端には道具を収納する倉庫がいくつも並び、会議室などもあるため、横幅は人四人並んで歩けるほど広かった。
二人は特に気にすることなく角まで進んでいく。
この地点で距離は半分ほど。
角を曲がると遠目に右側にドアが見え、使用中のランプが点灯しているのが伺えた。
そそくさと近寄り、カードリーダーに学生証を差し込もうとしたその時、扉が自動的に開いた。
「失礼しました」
そう部屋に告げ、立ち去ろうとする一人の女性が目に映る。
「おや、島本先生」
「あら、御川くん。それに長瀬さんも、どうしたの?」
中から出てきたのは二年の責任教師を務める島本先生だった。
教師陣も生徒同様ローブ調に見立てた制服に近いものを着る人が多い中、彼女はパンツルックのスーツを見事に着こなしていた。
女性にしては身長が高く、一七〇を超している。姿勢がいいのが拍車をかけ、きっちりとした印象を与えている。
その昔流行った働く女性の筆頭というイメージを沸かせてくれる凛々しい面を持つ先生だ。
それでいて、面倒見がよく、綺麗なことで生徒教師問わず人気である。
余りにお粗末な学校運営者が多い中、御川たちが学院内で信頼を置く一人でもあった。
木逆先生が顧問を務める前まで生徒会を率いていたらしく、御川も何度も生徒会運営に関して、彼女に相談させて貰っていた。
「薫君に用がありまして、こちらに立ち寄った次第です」
「そうですか。八城くんでしたら、中に居ましたよ」
「無駄足にならず良かった」
「ああ」
先生の前だろうと、自分のペースを崩さない長瀬。
「ふふ。わたしは業務があるのでまた」
立ち話を終え、彼女は二人の来た道を進んでいく。
その背中に二人は軽く敬礼をした。
彼女が角を曲がったところで、姿勢を戻す。
「さて、島本先生がここを訪れたということは」
「黒……なのかしらね」
長瀬は先程とは一変して浮かない表情で扉に視線を向ける。
御川は手にしていた学生証をカードリーダーに差す。
先ほど同様、軽快な音とともに扉が開いた。
長瀬は中に居た薫と目が合う。
「あれ? 会長たちどうしたんですか、ここに来るなんて?」
日中はデバイスでやり取りをするため、昼の定期ミーティング以外に会うことはない。
しかし、今回の案件は通信記録に残すのは躊躇われる内容であることから、直接訪ねたのだ。
御川ば失礼します、と一言言って薫のもとへ歩いて行く。
「すまないね。突然押しかけて」
「いえ、丁度休憩中ですので構いませんが、そう長くはいられませんよ」
「そうか」
「って、さりげなく僕を抱き抱えるのを止めてくれませんか」
いつの間にか長瀬は薫の後ろに回り、抱えられていた。
おお、と彼等を眺めていた他の審判たちからどよめきが起こる。
周囲に気を止めることも薫の問いにも答えず、長瀬は自分の質問をぶつける。
「率直に訊くわ。薫君、二つ前の試合見ていたかしら?」
「二試合前ってことは……ええと、それはもしかして会長たちも島本先生と同じ要件ですか?」
「恐らくは」
長瀬はもふもふしながら、御川は頷きを返す。
「では、僕より審判長に話を聞いた方がいいかと。もうすぐ試合が始まってしまうので、少し後になるんですが」
「もうすぐ一年の試合か」
「ええ。ですが審判長は一年の試合は二戦で交代しますので、十五分程度だと思います」
スケジュール的に巡回業務を減らせばいくらでも時間は取れるが……
御川はデバイスを取り出すとリストから影里の名前をタップ。
「ああ、影里か。緊急案件だ。すまないが私と真里亜が一時的に巡回から抜けるため、誰か回せないか?」
『本人たちの承諾次第ですが、聞いてみましょう』
「助かる」
『――交代承諾いただきました。会長たちは午後ぶっ続けで巡回をお願いします』
「ああ、了解した。後で、交代してくれたグループの名簿を送っておいてくれ」
『分かりました』
通信が途切れると同時にリストが送られてきた。
「仕事が早くて結構」
御川はデバイスを制服に仕舞うと、薫に視線を戻す。
「と言うわけだ。暫く待たせてもらう。……真里亜。いい加減離れたまえ」
薫を占領していたコアラ(真里亜)を引きはがす。にゃー、とジタバタしたのち、
「なに、嫉妬?」
振り向き様に言い放たれた。
長瀬の言動に呆れ、額を押さえた。
「前にもこのやり取りをしたな」
「あれ? そうだっけ」
御川は独占力が強い方ではない。それに長瀬のスキンシップには彼女自身のメンタルケアにも繋がっているため、余りに度が過ぎない限りこちらで止めることはしない。
まず、長瀬は誰彼構わずスキンシップを交わすわけではない。ある程度心を許した相手としかしないのだ。
ましてや御川ですら遊び道具(いい意味で)として利用している薫であればなおさらで、彼には怖い彼女がいることからなにも心配をしていなかった。あれこそ独占欲の塊だろう。
長瀬の内面については薫に話していないが、境遇が似ているために薫自身が理解してくれていると勝手に思っている。入学時と比べ、反応が薄くなっているのは耐性が付いたのと諦めたのと両方だろう。
「では時間ですのでまたお昼に。審判長には言伝しておきますね」
「ああ、よろしく頼む」
薫はいつも通りベンチに置いていた荷物を手に、他の審判たちとフィールドへ向かった。
待つこと数分。
二人の待つ控え室に審判長が姿を見せた。
二人はベンチから立ち上がり、軽く会釈をする。
「君たちと話すのは久しぶりだね」
「お忙しい所申し訳ありません。時間が勿体無いので本題ですが」
「ああ、二年の……辻占さんだったな。彼女の件について聞きたいと八城君から聞いている」
「はい。その件です。恐らく先ほど島本先生が同じことで尋ねてきたと思います。内容が重複して申し訳ありませんがお聞かせ願えませんか?」
「ああ。もし、事実であるなら祝福すべきことだからな」
審判長は笑顔でそう答える。
彼は辻占の内面を知らないため、これが異変であることに気づいていない。
やはり、生徒のことは知らせていないか。
一応、審判長は部外者だ。生徒のプライベートを教える必要はない。先生が流していないのだから、自分たちもそれに倣うべきだろう。
詳細を審判長から聞き終えると、二人はすぐに区画を後にした。
極度な成長であることが確実となったため、生徒会室へ急ぐ。
校内放送は利用されていないことから、まだ先生たちは辻占を見つけていない可能性が高い。
下手に生徒を呼び出すと、余計に広がってしまうリスクを避けたのだろう。
一旦外に出て生徒会室のある校舎前に立つと、影里へ窓を開けるようデバイスで指示を出す。
「時間が惜しい。真里亜、飛んでくれ」
「はいさ」
長瀬の細い腕が巨体を抱きしめる。
そして、彼らの足元に魔法陣が出現する。
『其れは反発する』
長瀬が軽く地面を蹴りつける。
すると二人の身体は勢いよく真上に飛び上がり、最上階にある生徒会室の窓から入室した。
「せめて飛んでいる間に靴を脱いでから着地してください。汚れます」
ほのかに香るコーヒーの匂いとともに、影里が言う。
「すまない。次からはそうする」
靴を脱ぐ時間が惜しいため、着地した場所から動くことは避けた。
「それで、誰を探しますか?」
恐らく薫から連絡が行っていたのだろう。
人名を書かない辺り、分かってくれている。
「二年魔術科八組、辻占加穂」
長瀬が抑揚のない声で言った。
「少々お待ちを」
影里はPCに身体を向け、軽やかなキータイプで検索を開始。
生徒会のサーバーから個人の身体データを元に、校内の監視カメラから現在地を割り出していくのだ。
学生に貸し出されているデバイスにはGPSが備え付けられているが、追跡には魔術省に申請しなくてはならない。
こちらとしても今は大事にするのを避けるべきだったので情報の専門家である影里に訊くのが一番効率的である。
「はい、発見しましたよ。三分前に選手控室3に入室しています。それからは出ていないので、もうすぐ試合なのでは?」
審判長との会話で一年の試合が終了していたから頃合い的に確かにそうだ。
教師陣は試合後に接触する気だったのだろう。その方が手間も少なく効率がいい。試合となれば本人も逃げることはないだろうから。
「了解した。この件については後で説明する」
「はい。いってらっしゃいませ」
今度は御川が長瀬をお姫様抱っこし、窓から飛び降りるとともに魔術を行使する。
『其れは抵抗する』
風が身体を包み込んだ。重力に引かれた身体は地面に近づくに連れて減速していく。
足裏と地面が拳一つ分の隙間を残して身体が停止するとともに、魔術が解除され、ストンと着地。
「ありがと」
ひょいっと腕から飛び降りて、走り出す。
御川も倣って並走し、会場へと向かうのだった。
会長ズ視点はいったんお終いです。次からは薫視点に戻ります。




