十一章6
ブックマークと評価、ありがとうございます。
ちょっと区切りが悪かったので、短めですが投稿します。
午後のプログラムが始まってから三十分が経過した頃。
桜花は相変わらず長瀬とともに巡回業務を行っていた。規則委員会の中で比較的人見知りの反動が少ないのが以外にも長瀬であった。
クラスであれば最近マシになってきた姫野に任せるところだが、彼女は規則委員に所属していないため頼めなかった。
薫の見立てでは長瀬の超越したコミュニケーション能力(スキンシップ含む)のせいで、反応しなければ後が面倒という刷り込みを彼共々された結果なのだろう。それと相手が同性という面も一役買っていた。
「……今日のシフトが屋内でよかった」
空気に溶けてしまいそうな声音で桜花は安堵した。
「んー? 桜花ちゃん何か言ったぁ?」
横でスキップでもしてしまいそうな足取りで、長瀬は問う。
昼の集まりで薫をいじり倒した興奮がまだ抜けていないのだろう。これくらいのテンションならまだ桜花の許容範囲だった。個人的な感覚ではあるけれど、平常通りに半分くらい足された辺りから近寄りがたい人間に変貌する。
前に薫経由で御川に訊いてみたところ、そのような認識でいいとお墨付きの情報だ。
今くらいのテンションを維持してくれるのであれば、避けることはしない。
そう考えると、昨日はより酷かった。
別に薫で遊んだわけではないが、外の警備であることを良いことに長瀬は端から端まで露店を巡っては何かしら買い物をして進むのだ。そのほとんどが食料関係であったが、一体あの細い体の何処にそれ程の量が入るのだろうか。この人の胃袋は四次元にでも繋がっているのではと理論派の桜花ですら疑問を持つほどの暴食だった。
桜花も三件目までは付き合ったのだが、すべて炭水化物の塊であったためにそこでリタイアしている。
こちらが報告するまでもなく、薫たちの耳に入っていたため、放課後に長瀬は男二人にこってりと注意されていた。
「いえ、何も」
相反するように冷たい声で桜花は答えた。その表情は無感情。
……本当に、薫君がいないと感情が出ないわね。
日中の薫成分を補給できなかったことを根に持っているのかと長瀬は逡巡する。それもありそうだが、単純に自分と組んでペースがくるっているのだと認識した。
従来大人しい人間とハイテンションな人間がともに行動する場合、どちらかが妥協しなくてはならない。この場合、大抵は自己主張の低い方が相手に合わせる傾向がある。
しかし大半はこの状態が長く続くわけもなく、大人しい側が爆発してしまい仲違いが起こるのがお決まりだ。
その点、桜花は何ごともなく過ごしているように見えた。彼女は表に出さないことに長けているのだろう。御多分に漏れず、桜花もどこかで爆発するのだろうが、それはプライベートの時、それも薫と共にいる時だと容易に想像が出来た。
元々重度の人見知りであった彼女が冷たい態度ではあるけれど、きちんと反応を返してくれる分こちらとしては有り難いわね。昔のような状態であったなら流石の私でも扱いに困っていただろうし。その場合は薫君の側から離れることは無いだろうから、かなり進歩しているのね。
今では知り合い以外から話しかけられても多少時間を置けばそれなりに返答が返ってくるようになっていた。
これは薫が前々からどうにかしたいと言っていた事案だった。
彼曰く、桜花と成るべく会話をようにしてほしいとクラスメート達に協力を仰いだ結果なのだそうだ。
わめき叫ばれた半年前を思い浮かべ、長瀬は自然と笑みが零れてくる。短い間に人は成長できるのだと後輩が証明してくれた。
……よく忍に言われているわね。もう少し落ち着けと。
確かに自分でもやや(・・)落ち着きがないことは自覚しているつもりだが、どうも辛気臭いものが苦手で、人と繋がっていないと心配になることが多い性格だ。
それは強大な力を持つために人から恐れられるのを避けるための防衛本能から来ているものであったとしても、そうなってしまったのだから仕方ない。
更に、このハイテンションは自分を構成する要素の一つであるし、周りからそう認識されている以上、下手に変えると返って変に思われる。
だから、真里亜は変化を恐れてしまう。
人間として見られない日がいつか来るのではないかと。
だからこそ、桜花の気持ちは別ベクトルだが十分に理解できた。桜花には薫が必要なように、自分にも御川が必要であるということ。
自分の欠点を相手に依存している。これが二人、いや二組の共通点だ。
それでもできることなら相手に掛ける負担を軽くしたいといつも感じている。
そしてようやく、桜花を見て自分も変われるかもしれないと最近期待を持つようになってきた。
そんなきっかけをくれた彼女だからとは言うつもりはないが、いつまでも仲良くしてほしいと思うのだ。
「……どうかしましたか?」
ふと声を掛けられ、長瀬は思考を止める。
目線を下げると桜花が上目づかいで見ていた。透き通った黒い瞳。サラサラでいて濡れ羽色の黒髪を揺らしていた後輩に思わず見とれてしまった。
……やっぱり、桜花ちゃんかわいい!
先程の考えはどこへ消えたのか、長瀬は桜花を抱きしめた。
「@なっ!;だdじれゃkたsけえて」
いきなりの抱擁に桜花はジタバタする。
しかし、彼女の力では長瀬を振りほどくことは出来なかった。桜花より大きい胸が顔を包み込み、酸素の供給を妨げてくる。それに気づいたのか、長瀬はやや腕を緩めたものの放そうとはとはしなかった。
ふと顔を上げると、長瀬の顔に影が差しているのを確認した桜花はいつもとは違う雰囲気を察し、其れ以上抵抗することを止めてされるがままの状態に徹した。
いきなりの奇行にギャラリーは驚いた。しかし長瀬の行動だと気づいた南星の生徒たちは何事もなかったかのように二人の横を通り過ぎていく。次第に他の生徒たちも奇異の目を向けつつ習うように彼女らの横を過ぎ去っていく。
それを確認した長瀬は桜花の耳元で彼女だけに聞こえる声で呟いた。
「ねえ、桜花ちゃん、私ってこのままでいいのかな?」
「……何を突然言うのかと思えば」
一度区切り、桜花は再度口を開く。
「いいもなにも現状を見れば訊くまでもないでしょう?」
南星学院の生徒たちは長瀬真里亜が往来の場で奇行を取ったとしても、今のように副会長がまたやらかしたぞという軽い認識でしかない。
彼等にとってそれはすでに日常として溶け込んでいる。
つまり、それこそが答えだった。
「……訊くまでもなかったわね」
我ながら何を思ったか。長瀬は珍しく自分の奇行に笑いが出てきた。
一体何が自分を不安にさせたのだろうか。
「それでいいんですよ――少なくとも私は、長瀬先輩が堅物になることなど想像できません」
「きっぱり言ってくれるわね、桜花ちゃん」
がくりと項垂れるが、桜花には見えていた。
その顔は今までの真剣な表情はなく、いつも通りの長瀬真里亜の顔だった。
「……そろそろ離してくれませんか」
「うーん、もうちょっとこのままで」
「私が恥ずかしいのと……流石にこれ以上留まるとさぼり認定されそうなので」
端末を握った右手を長瀬に見せる。
ディスプレイには影里からのお小言が刻まれていた。
どうやら規則委員会の誰かが長瀬の奇行を報告したらしい。相変わらずこの学院には――いや、自分の周りには生真面目が多いようだ。
だが、それくらいでちょうどいいのかもしれない。
「ありゃま。残念」
そう言って、ようやく長瀬は桜花を解放した。
ずれた制服を手早く直し、お互いにチェックし合う。
そして二人は巡回に戻ったのだった。
お読みくださりありがとうございます。
読んでくださった方はお気付きでしょうが、三幕ではちょいちょい薫の周りの内情を挟んでいきます。
本当はもっと早く出すべきだったのですが、その頃私はあまり意識してなかったもので……精進します。




