十一章5
お読み下さりありがとうございます。今回はあの人視点で行きます。
フロンティア二日目が始まった。
薫たち生徒会は早朝から準備のため会場を駆け回っていた。
六人だとどうしても手が足りないので、先日中に規則委員会から数人手伝ってもらうよう頼んでいた。その結果約半数が立候補してくれ、準備効率は格段に上がった。
皆の協力のもと、何とか時間通りに開始することが出来た。
今日はⅮランクの決勝までを予定しており、初めてポイントが出る。今後の作戦を考える節目であった。
メイン会場は先日よりもギャラリーが増え、朝から活気のある舞台となっている。
「ふむ、それなりに入っているな」
観客席の通路から下を見下ろして、御川は言った。
これから接待のため、貴賓室へ向かっているのだ。
来客は毎度決勝のある日にやってくる。Aランクである御川は後半に出場するため、その間は金西が変わりを務めることになっている。
あの男、一般常識がやや外れているがこういう接待には事向いているという微妙な能力を持っていた。
本人曰く、交渉術には会話が物を言う、とのことで年上との会話は日常茶飯事らしい。
しかし、今回は彼にすべてを任せる訳にもいかない理由がある。
企業のお偉いさんだけならまだいい。
どういうわけか天皇の側近が来賓しているのだ。
そのせいか、各学院の会長職の人間が集まる異例の形を取ることになってしまった。
「我々としても側近の来賓には驚いている。彼女は……就いてから三年だったか。戦闘好きという噂があるが、来るのは初めてだ」
御川の横を歩くのは霧林だ。年を感じさせない堂々とした井出立ち、それと魔術省の長という地位に思わず通行人は道を開ける。御川はやや恐縮しながらも譲られた道を行く。
会場前で偶然顔を合わせ、行く先が同じであったためこうして会話しながら向かっているのだ。普段薫などに見せる軽い雰囲気を出せない状況というものは会長職をしていれば当然あるが、今回はその比ではない。
「四年前、若干十八歳にして世界の頂点に立った戦乙女ですか」
霧林の話す側近について知らぬ者はいない。
「大戦以降、全国戦は控えていた。時が経ち、再開早々の大会で優勝を果たしたのが候補生を卒業したばかりの少女。大戦当時はまだ生徒ということで前線には出てきていない。そもそも当時はそれほど強大な力は有していなかったと聞く。一体彼女に何があったのかは分からぬが、今では我が国の優秀な戦力だ」
「そんな彼女が天皇のもとを離れて観戦など、よく許されましたね」
「ああ。天皇陛下が何をお考えなのか、我にも分かりかねる」
うなるように霧林は言う。
「それも本人に聞いて見れば解決するだろう」
通路をいくつか曲がり、途中で魔術省の警備員たちとすれ違う。霧林のおかげで顔パス状態なのは有り難いが、一緒になって怯える目線を注がれるのは勘弁してほしい所だ。精神的に疲れつつも目的地に到着。
オートロックのドアの前に二人は立ち、御川が生徒会のカードを脇のソケットに通し、セキュリティを解除する。
軽快な機械音とともにドアがスライドする。
「お待たせしました」
「うむ」
先に霧林を通し、御川は後に続く。
中には十数人の人がすでにいて、一面ガラス張りの窓から現在行われているⅮランク戦を眺め談笑している。
ここはメインフィールドの最上階に作られた貴賓室である。二面のフィールドを見渡せる中央に配置されており、ガラスはマジックミラー仕様となっているため、外からこちらを見ることはできない。
更には腕利きの魔術師数人が独自に結界を張っているため、恐らく一番安全な場所と言える。
霧林は社長の集団を見つけると、その一角へと混ざり、会話を始めてしまった。
見えぬ重圧から解放され、安堵の息を吐く。
そして改めて軽く見渡すと学院長を始め、大手の幹部たちが揃っていた。
それに交じり東の諸星と北の巻中(妹)の姿があった。
西の関係者はまだ来ていないようだった。
「やつら、来る気ないな」
榊やその取り巻きの性格を考えると、このような場に出てくるタイプではない。むしろいない方が有り難いタイプだ。
「一応、学院長が全員そろって居るから良いのか」
などと考えていると、巻中がこちらを発見し、とてとてと近づいてくる。
「やあ、おはよう」
と軽く手を上げて、巻中が言う。
「ああ、おはよう。君のところは相変わらずのようだね」
「そうなんだよ! あのバカ兄貴が仕事しないからこんな場所にも私が出る羽目に」
普段会議などで使う丁寧語とは一変し、ラフな口調で彼女はうんざりと言った。
「ついでに付け加えると西も出てこないわよ」
ぐいっと取り出した端末の画面を顔面に押し付けてくる。
どうやら早朝に西の会長から欠席のメールが来ていたようだ。
「むしろ出てこられてもこっちが困るわ」
「まあ、そこには賛同しておこう」
西にも左京のような秘書もどきを連れていれば色々とマシになるだろうに。トップだけでなく周りも戦闘狂の塊なのだからどうしようもない。
フロンティア合同会議に出向いたこと自体、奇跡に近いことで――いや、戦闘が絡んでいるから出たのだな。
「御川君、おはよう」
生徒会関連で話していたのが聞こえたのか、諸星も近づいてきた。
「おはようございます。諸星会長」
「うん、今日もよろしくね」
さわやかな笑顔とともにポンと肩を軽くたたいてくる。
四校の中でまともな会長職が揃った形となる。聞いた話、東の副会長もやや外れた所があるらしいが、どこもトップは変人を抱えなくてはならないジンクスなど有るのだろうかと真面目に考えてしまう。もしそれが伝統となってしまうと、生徒会の運営は困難を極めるだろう。
「ええ。全力でフロンティアを成功させるため、皆尽力しています」
「僕らで手伝えることがあれば協力するから、遠慮なく言ってほしい」
「気持ちだけ受け取っておきます。一応、我が校が主催ですので、最後までこちらで対処するつもりです。東も、北も……出来れば西もですが、非常時の際には協力を仰ぐかもしれません。その時はよろしくお願いします」
「そうかい? やっぱり、南は優秀な子たちがいるようで羨ましいな」
「ええ。私は非常に助かっています。しかし、東もそこそこいると聞きましたが?」
こちらの問いに諸星は苦笑する。
「もちろんいるが、半々といったところでね。手のかかる子が多くて来年が心配だよ」
潰れなければいいがと、諸星は遠い目をして呟いた。
――下がダメなタイプだったか。そう考えると、うちは恵まれたのだろうな。
おーいと、左京が諸星の顔の前で手を振っていた。どうやら一人の世界に入ってしまったらしい。暫くして、諸星は覚醒した。
恥ずかしそうに頭を掻き、すまないと首を垂れた。
「まあ、どこも大変だということで」
そう左京が〆た。
これ以上この話をすると左京も一人の世界に入りかねないので丁度良いだろう。さすがに二人同時は面倒見切れん。
「さて、私もお偉いさん方に挨拶しに行くとするか」
御川は二人と別れ、近場で話していた大手の一角に混ざり、中身のない会話を始めた。
一時間後。
一通り挨拶を終えた御川は仕事があるからとその場を離れようとした。
すると出口が開き、一人の女性が入室してきた。
出口を塞がれてしまったため、御川は足を止める。
彼女を目視した瞬間、その場の誰もが息をひそめた。
どこか貴族を思わせる軍服を身に纏い、まるで服が着せられているかのような美貌と体型を合わせ持った女性である。
やや短めのスカートから覗く足は黒のタイツで覆われ、綺麗な曲線美を描いていた。
井出立ちもそうだが何より目を引くのは彼女の髪だろう。日本では滅多に見かけることはない銀髪だった。
「――戦乙女」
ぽつり、と誰かが呟いた。
……国籍は日本だったはず。ハーフもしくはクォーターの先祖返りか。
御川は今後のスケジュールを思い浮かべ、暫く留まっても問題ないことを確認し、暫くの間初めて目にする強者を観察することにした。
彼女こそ、その若さで世界を制した魔術師だった。
視線を下げると細く引き締まった腰のベルトから刀が吊るされている。彼女の祖父が孫のために残したものだとか。
本来、この場に武器を持ち込むことは禁じられているが、彼女は例外であった。天皇の護衛にして武器の携帯を許されているのだ。本人が居ないとはいえ、彼女に命令できるのは天皇陛下以外許されていない。
誰もが口を閉ざす中で彼女は堂々と歩み、ガラスの外に視線を向ける。それ以降、一向に動く気配を見せなかった。
ぽつぽつと会話が起こり、彼女の現れる前の状態に戻っていった。
面白いことに誰もが彼女と話そうとしない。それほど彼女の存在は異質なのだ。
ふと、御川は彼女が何を見ているのかに興味を持った。
恐る恐る窓際に近寄り、彼女の視線を気づかれないように追う。
丁度対戦を終え選手がフィールドから控室に帰っていく様子だった。
しかし、彼女が見ているのはそれより端。
審判が集まっている場所だった。
咄嗟に御川は理解する。彼女が見に来たものは格下の生徒たちではなく――
「ねえ、あなたのところの彼。どうかしら?」
思考が言葉によって遮られる。
いつまでも響くような声音に驚き、声のする方へ思わず首を向けてしまった。
いつの間にか彼女は外から視線を外し、こちらを見つめている。
「恐れながら、戦乙女」
「それ止めて」
返答しようとした御川を彼女は遮る。僅かに殺気立った声音が御川の身体を震わせる。
御川は全身から嫌な汗が流れるのを感じた。
これは……薫君と似ている?
彼が本気で怒った時の視線に似ている気がした。
「私には九十九沙耶という名がある。呼ぶならそちらにして」
睨み付けるような視線を受け、御川は非礼を詫びた。
「失礼いたしました、九十九様。改めまして質問ですが、彼とは?」
こちらの問いに返答しなかったことが気に障ったのかさらに不機嫌な表情をして、白く細い指を審判たちのいる方へと向ける。
「八城……薫。彼はあなたの所属よね?」
「ええ、彼は私が率いる生徒会のメンバーで、間違いありません」
「彼、強いわね」
先程とは違い、確信した声で言う。
「確かに、彼は強いです。あれで魔力を持っていたならどれほど上を目指せたか」
「それ、貴方、本気で言ってるの?」
幻滅した、それでいて怒気を孕んだ目線を向けられる。御川は無意識に硬直させられる。近くにいたお偉いさんは耐え切れず部屋から出て行ってしまった。
どうやら失言をしてしまったようだ。
しかしそれ以上に彼女は自分をそれなりに評価していたという点に驚いた。
改めて彼女の怒りの原因を掘り起こすと、納得した。
沙耶は再度外にいる薫を見つめ、先程とは違う柔和な表情をした。
「彼の剣はどん底から這い上がるための手段であり、人間の極みに到達した数少ない人です。果たして、魔術が人並みに使えていたら、彼はそこまで到達出来たでしょうか」
答えは言うまでもなく否。
「貴方……御川忍だったわね」
再度、御川は驚かされた。まさか頂点が自分の名を覚えて貰えていたなんて誰が思うだろうか。
「私の名を覚えていただけているとは恐縮です」
「この業界で貴方は意外と有名よ。あとパートナーも。ついでな感じになってしまって彼女に悪いわね。長瀬真里亜もまた、期待の候補だわ」
「そう言ってもらえると、彼女も喜びます」
御川は首を垂れる。
「失礼ですが、九十九様。もしや、八城の実力を見にいらしたですか? それでしたら――」
続きを言い終える前に、彼女は軽く首を横に振った。
「この催しに彼が出場しないことは聞いています。ですから実力ではなく、本人に直接会いに来たのです。このような場でなければ、私自身が公の場に出ることが出来ませんでしたので」
やはり、と言うべきか彼女の目的は薫君だった。
「では、彼をこの場に呼び出しましょうか?」
そう提案するも、またもや彼女は首を横に振る。
「私個人の事情で彼を困らせるのは望みません。ですから御川忍。彼にこれを渡してください」
彼女は懐から細い携帯端末を差し出した。
「神奈崎社長に頼んで作っていただきました。これは八城薫本人しか開けないものだそうで、私の連絡先を入れてあります。後日でも構わないので連絡をしてほしいと伝えてください。私はもう出ますので」
「承りました」
恐る恐る、彼女の手から端末を受け取る。
では、と彼女はこの場から立ち去った。
気づけば、部屋の誰もが自分に視線を向けていた。
珍しく御川は慌てて、同じ生徒の二人を探す。
二人はすぐに発見出来たが、巻中は怯えて諸星の背に隠れていて小動物のようだった。
薫は日本最強すらも注目する存在なのだと認識し、御川は彼の行く末が気になって仕方なかった。
……しかし、桜花君の父上はサプライズが好きなことだ。
総一郎の手から渡さない辺り、出来れば本人から直接渡して驚かそうと考えていたのだろうが、予想以上に彼が多忙であった結果、自分に来てしまった。これは運がよかったと前向きに考えることにした。
前回対面した時から感じていたことだが、桜花の父上とは趣味が合いそうだ。
など思いつつ、御川は貴賓室を後にした。
だいたい中間地点……のはず。




