十一章4
フロンティア一日目は無事に終わりを告げた。
規則委員会は再び委員室へと集まり、軽く打ち合わせをして解散。その後生徒会も段取りの確認だけして帰路についた。
帰り道を桜花と二人並んで歩く。
学院から歩いて五分ほど進んだところにある商店街を通っていた。買い物時を過ぎた時間からか人通りは左程多くない。大型スーパーなども充実している南星市だが、このような老舗は地域に人気で今も存続している。薫たちもよくここに買い物に来る。ここにいる人たちは古くからの顔見知りであり、よく声をかけてくれる温かみがある場所だった。
そこから十分程度歩き、八城家に到着。
家に入ると漂う香りに食欲が刺激された。先に帰っていた月菜と麗が夕食を準備してくれていて、すぐに食にありつけた。
手早く食べ終えると次はお風呂だ。
先に入ることを勧められたが薫はあとでいいとやんわりと断る。向こうもそれを予想しており、月菜が準備していた着替えを手にお風呂場に向かう彼女たちを視線で見送る。そして視線を外すと薫は片付けを始める。残りを冷蔵庫に入れ、空いた食器を流しに突っ込んでいき、まとめて食器を洗っていく。
最後の一枚を乾燥機に入れ、蓋をする。スイッチは後で誰かにたの
先程のメニューから明日の弁当は夕食の残りに少し手を加えたものであると踏み、月菜のために朝の仕込みを始める。
月菜にはここしばらく家事の大半を任せていたので、少しでも負担を減らしてやりたいと思ったためである。
下ごしらえを終えると丁度廊下から話し声が聞こえてくる。
三人だというのに思いのほか早く出てきたのはこちらに気を使ってくれたためだろう。三人はリビングに入ってくると、薫を探す。彼女たちは色違いで御揃いのパジャマを着ていた。麗が住むようになってから四人で買い物に出た時に揃えたものだ。桜花は薄いピンク、月菜は黄色、麗は青で三者ともイメージカラーを意識したようで、よく似合っていた。
月菜の物はワンサイズ大きいものを買ってきたらしく、拳は袖で隠れており、下は裾をまくっていた。これからの成長を見越してとのことで実に微笑ましい。
いち早く見つけた月菜が、
「疲れているんだからお兄ちゃんも早く入ってきてよ……って、仕込みしてくれたんだ」
「うん、軽くね」
「お兄ちゃんがお風呂入っている間に三人でやろうって話してたんだけど、先越されちゃった」
「ここ最近手伝えないからね。これくらいはやらせてよ」
そう言って、薫は自分の部屋に戻り着替えを手に風呂場へ直行。一日の疲れを流し、部屋へと戻るとすでに三人は会話の花を咲かせていた。
今は午後九時を回った頃。
薫が加わり、今日の振り返りというか、月菜の感想に耳を傾けていた。
「最終戦まで見たのは初めてだったよ。あれで最低ランクだなんて思えないけれど」
今まで、薫とともに一般校に通っていたがこっちに来ても学年的に魔術に触れる機会はない。そのため初めてと言っていい戦闘シーンを見て、未だ興奮した状態なのだ。
「事実よ。月菜ちゃんたちは魔術をほとんど触れることがないから実感わかないだけだと思う」
月菜は来年から薫たち同じく南星に上がってくるが応援科であるため、戦線に出てくることはまれだ。
成るべく月菜には戦闘を避けてほしいという家族として願いがそこに含まれている。だから薫たちが戦っているという事実は知るものの、情報をかいつまんで話しているため、両名がどれほどの強さであるかを理解できていない。
戦闘知識は持っておいて損はないが、月菜の能力からして護身術を身に付けておく程度でいい。
月菜は回復魔術に秀でていることが分かっている。二学期が始まって時間が出来たら総一郎に頼んで魔術の訓練をM・Lでさせて貰おうと思っている。
「それに、毎日見ていけば嫌でも実力差が分かると思うわよ」
桜花は月菜を抱え、頭を撫でながら言う。
先ほどの副会長の反動がここに現れていた。どうやら相当我慢していたらしい。
月菜は一瞬不思議がったが、それを拒むことなく受け入れている。
容姿が似ているせいか二人は日ごろから仲の良い姉妹と勘違いされることが多い。そう言われたところで家族同然の二人は怒るどころか喜ぶことだろう。別れたとは言え、同じ血を引いているのだから外見が似ていてもおかしくはない。月菜は外では長い髪を両側で縛りツインテールにしているが、家では外しているためより顕著だ。
横で見ていて微笑ましい光景である。
家族とはやはりいいと、薫は何度も感じている。自分の支えであり、動力源である彼女たちを自分は守っていきたいと思う。
今日一日過ごして、やはり無魔力というものは異常だと感じた。
視線が冷たいのだ。
幸いなことに薫の周りには理解者が多い。だから窮屈な思いは今のところない。
だが、フロンティアによって、他校の生徒が増えるとやはりと言うべきか、蔑んだ視線や、あえて聞こえるように嫌味を言ってくる連中が後を絶たない。
審判をしている関係で横に誰も居なかったから良い。これを親しい人に聞かせて嫌な気分にさせたくはない。お互いに寂しいが、フロンティアが終わるまでは日中一緒行動するのは避けようと皆には先程提案し納得してもらっている。
こればかりは生きている限り一生付き纏う問題であり、今後とも隣に寄り添うであろう桜花に負担を掛けるが慣れてほしいことでもある。自分の事を本気で怒ってくれる存在は貴重だし有り難いとは思うけれど、沸点が低すぎるのはご愛敬とは流石の薫でも笑えない。実の父親にすらあれなのだから、赤の他人に牙を向いた時、どうなるか分かったものじゃない。と、内心冷や冷やしている。
しかし今は試験中であり、余計な負担を強いるのは避けるべきだ。
だから夏休みや今後時間の空いた時に人の多い場所で訓練しようと前もって言ってある。つまりはデートの先約であった。
「私はお姉ちゃんたちの活躍が早く見たい!」
くいっと頭を後ろに倒し、桜花を見上げて力一杯言う。
「後半だからまだ先よ」
「まあ、桜花は個人団体両方活躍してくれるだろうさ」
頑張るとグッと両手に握りこぶしを作る桜花に笑いが起こる。
「そうね。そう言えば薫って……ええと何だっけ、新しい団体戦――」
「騎馬戦だろ」
「そうそう、騎馬戦には参加できないの?」
麗が問う。
「確かに参加できなくはないけれど、僕がいると騎馬を組んだ人たちが能力使えないからパスかな」
「でも、身体強化だけなら干渉しないんじゃない?」
「そうなんだけれど、契約上選手としてフロンティアに参加できないから無理だよ」
「やっぱりか、残念」
薫の参加を期待していた麗はしょんぼりと項垂れる。
「来年は薫の参加できるものを団体戦にしましょうよ」
視線を戻して言う。
同感と、女性陣は頷いた。
「僕らがどうこう言って変えられるかは怪しいなぁ」
家族一の権力者である総一郎ですら通せなかった問題だ。一生徒の意見などはなはだ通る気がしない。まあ、騎馬戦という種目ではあるが、彼等も教育する立場として捨てたものではないと薫は内心感心していたりもする。
「とりあえず今は未来より目の前のことかな」
さり気に話題をずらす。
「今日は何もなかったけれど……」
「明日はまだしも、そのあとは――」
話題が一変して月菜を除く三人は暗い顔をする。
「後半に進むに連れてこちらの戦力が分散させられてしまう。魔術省の人たちが警備しているけれど、委員会とは連携していないから情報が入ってこない可能性が高い。勿論、向こうが片付けてくれるに越したことがないけれど。……それ以外にもひと悶着ありそうなんだよね」
「なに?」
ちょこんと首を傾げる桜花。
「聞いたところ、魔術省はプライドが高い人が多いらしくてね。委員会は僕が率いているからそれが火種になりそうで心配なんだ」
一応薫が率いているが、部隊の戦力としては何の問題もない。正直魔術省より優秀な人もいる。つまり、規則委員会とは南星学院の最高戦力の塊に等しいのだ。念のため喧嘩を売られたとしても無視してもらって構わないと言ってあるし、最悪報告してもらえれば春日さんに通達も出来る手配はしてある。
「薫の強さを公開してない分、そのしわ寄せがあるってことよね」
「そういうこと」
世間的に薫は魔力のない人間であり、舞姫を使っての戦闘が出来ることを知るのは魔術省でもごくわずかなのである。先に薫の強さを示しておけば諍いは減るかもしれないが、成るべく表には出さない方針で行くつもりだ。
薫の存在をS・Kに知られるのを防ぐためだった。人の口には戸が立てられないのは重々承知しているが、それでもすこしでも減らす努力をしている。しかし今回は別枠。薫が強いことを知れば逆にプライドを刺激しかねないという呆れた理由からだ。
「好きに言わせておけばいい。そんな奴に構うだけで時間の無駄」
吐き捨てるように桜花が言う。
そんな桜花の態度に月菜は目を白黒させる。それに気づき桜花は慌てるが、解決策が見つからないようで、苦肉の策として月菜の後頭部に顔を隠した。
裏事情など月菜に聞かせるものではないと反省し、話を戻す。
「ごめん、此処でする話じゃなかった。とりあえず、明日でⅮランクのトーナメントが終わるから明後日以降はもっとすごいのが見られると思うよ」
「そっか。じゃあ、楽しみにしてる」
「うん、月菜はいい子だね」
麗が月菜の頭を優しく撫でる。
来年から高等部になる月菜の精神年齢が小等部並みなのは家族全員が甘やかした結果なのかもしれない。純粋でいて頭はそれなりにいいし、家事などもできる万能さ。そしていつの間にか誰とも仲良くなってしまう。それだけ彼女は人を引きつける魅力を持っている。
今後悪い虫がつかなければいいが。
と、自他ともに認めるシスコンな薫は心配せずにはいられなかった。
周りが強大過ぎて、手を出す方が稀であることに家族誰一人気づいていないのはご愛敬と言うべきだろう。
「よし。皆、お疲れさま。そして明日以降もよろしく。今日はもう寝て明日に備えよう」
そう締めくくり、薫は月菜たちを各々の部屋まで送っていく。
三人を送ったあと、明日以降のスケジュールの確認のためデバイスを軽く見通していく。
自分の記憶と違わないことを確認すると、電源を切りデバイスを机に置いた。
「おやすみ」
各部屋にいる家族に向けて言い、目を閉じる。
やはり疲れているようで、睡魔はすぐにやってきた。
薫は其れに任せ、眠りについたのだった。
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