十一章1 フロンティア開幕
大変お待たせしました。
フロンティア当日。
南星学院は一般開放され、会場は人で賑わっていた。
校門から続く道の両端には、この日のために用意された露店が道一杯に並んでいる。
店員に生徒の姿はなく保護者や自治団体、教員が一体となって盛り上げてくれているため、部外者から見れば合同文化祭とすら思わせる空気を会場は纏っていた。
フロンティアに参加する生徒たちも自分たちの出番までは自由行動が許されており、四校すべての生徒が集結することが拍車をかけ、校内外は生徒で埋め尽くされていた。屋上からこの景色を眺めるとすれば、四色が混じり合いマーブル状の幾何学模様が描かれていることだろう。
全校生徒が集結してもなお広いと感じていた学院がやや手狭にすら感じられるのは不思議な感覚だった。
会場校となること自体数年に一度ということもあって、在学生徒の活気はうなぎのぼりであった。
その反面、薫たち規則委員と生徒会は一般生徒のように楽しむ余裕はなかった。
自分の番が来るまで校内の巡回業務に費やすからだ。
元々のスケジュールでは通行時間帯を制限し、その間だけ学院の結界を切るというものだったが、先の侵入でセキュリティに穴があることが発覚してしまった。
つまり結界そのものが機能していないに等しいのだ。そのため行使するだけ魔力の無駄と魔術省と学院の間でいつの間にか決議され、現状は切られて通行フリーとなっていた。
結界が張られない間、警備として魔術省から人を借りることになっている。
そして学院側はあろうことか、薫を筆頭に規則委員に対して警備指令を出したのだ。
自分たちの不始末を魔術省のみに任せるのはメンツが立たないと職歴だけは長い老教師が学院長に提案したらしい。
「生徒の成績を決めるための試験に生徒自身が警備をしなくてはいけないとはどういうことだ」と副学院長と理事長である総一郎は反対したそうだが、数で押され学院長を説得できなかったと暗い顔をしていた。
実際、教師陣を導入するよりも薫たち規則委員会の戦力が圧倒しているという開き直った意見に賛同者が募る形で決着がついたという。
結局、規則委員は相当な労働を科せられることになってしまった。
この決定には規則委員会代表である薫も反対しようとしたが、一定値の成績保証を盾に一方的に打ち切られる形となり、会議はお開きとなった。
学院長室に呼び出され聞いた御川、長瀬は反論どころか呆れてものが言えず薫を引き連れてせっせと退室した。学院長室から出た直後の長瀬がつぶやいた「どこ行っても変わらないじゃない」という言葉に薫たちは頷き賛同した。
この対立が切っ掛けで、生徒たちは学院の上層部は屑という共通認識を持つことになった。正確には学院長とその取り巻きだけなのだが、総一郎もそれに含まれていることに薫たちは納得がいかないが、今は彼等の汚名を払拭する時間が無いので後回しにするしかない。
今はフロンティアを無事に終えることが最優先事項である。
それが前日に起きた出来事であり、薫たちはフロンティア初日をろくに睡眠をとらず迎えることになってしまった。
薫は審判のためフィールドと控室を行き来している関係上、警備に参加できなかった。そのため今回は規則委員会の指揮を会長に任せる形で委員会のメンバーには了承してもらっている。
本番に桜花が薫の側を離れてくれるかが彼自身(と回りのメンバー)の懸念であったが、長瀬が無理矢理に引っ張る形で何とか仕事につかせることに成功はしたのだが、帰ってから何らかの仕返しが待っているので覚悟はしている。
フロンティアは高等部と大学部のみ開催が許可されている。そのため、小中等部はフロンティアが終わるまで休講とされている。
それもあってか月菜はいつも以上に食事当番の日は精を出すと張り切っていた。
月菜は麗とともに応援に来るというのだが、学内であっても女二人で大丈夫かと薫は心配した。
念のため総一郎が人を付けておくということで一応は了承したのだが、薫は二人の位置を持ち前の空間把握で常に特定している。
麗は前回、M・Lに狙われ敵の作戦に利用されてしまった。今回ももしかしたらという懸念がどうしても頭の片隅から拭い切れなかった。
それは家族たちも心配していたことではあるため、あらかじめ密かに護衛を付けておく旨を二人には話しておいた。
月菜は何も言わず頷いてくれた。
麗は一瞬暗い顔をしたもののすぐに普段通りの活発さを取り戻し、薫の提案を受け入れてくれた。
事件から三か月が経とうとしている今でさえ、彼女の罪の意識は一向に消える気配がない。たとえ家族のためにとはいえ、犯罪未遂なことをしてしまった責任はトラウマレベルでこころに住み着いてしまっている。
それはどんなに周りが言ったところで、麗は気持ちを隠してしまうことは明白であった。だからこそ気に掛けはするがこちらからは触れない方針で過ごすことにした。これは彼女にとって一生の壁であり、いずれは乗り越えなくてはならない。
これを乗り越えた時、彼女は一気に成長してくれると皆信じているからだ。
今の彼女には重い期待かもしれないが、むやみに成長の芽を周りが摘み取ることの方がよっぽど危険だと薫たちは考えている。
今後前回より危機的な状況であっても対処出来るように。
気持ちで負けたらどんなものにも立ち向かえなくなる。彼女が払拭出来るようになるまでは周りが全力を持ってサポートしてやればいい。薫もそうやって周りに助けられて今に至る。だからこそ、精一杯自分の出来ることをして、周りに恩返しをしていく。これが自分の生き方だと思うから。
自分の価値観を無意識に押し付ける行為ではあるが、彼女なら頷いてくれるだろうと信じている。親が子に向ける気持ちの中にはこのような思いがあるのかもしれないと薫は感じた。
夏が終わり次第、麗は南星学院に編入することが決まっていた。
五月の事件後、M・Lで検診して異常無しという診断を受け、そして精神安定処置として薫たちの家に一月居候する形をとった。
そして、一月経った六月に麗から南星学院へ編入したいと要望が出たのである。
これには家族全員驚かされたが、反対する者は有るはずもない。
総一郎が何とかしてやると意気込んでいたので、彼に任せることにした。その結果あっさり二学期から編入できることとなった。
時期的にフロンティアを追えてからの方が都合いい。下手に人数を増やすと、ランクから始まり、クラス分け、メンバー調整などの問題が山積みとなってしまうのを避けるためだ。
彼女の能力が呪術に分類され、対応しているのが応援科だった。そのため薫たちと同じクラスに突っ込むというごり押しがきかないのも一つの要因であった。
同じクラスになれないという点で彼女は残念がっていたが、無理言っているのは分かっているからと納得してくれた。
話は戻る。
薫は審判用の控室で他の人たちとは混じらず、一人で座っていた。
周りを見渡すと当然だが自分の倍は生きている人しかいない。
M・Lでもこのような状態だが、あそこはもはやホーム同然である。やはり見知らぬ人しかいない空間と言うものは人知れず緊張というか気疲れしてしまうものだ。
そんな彼のもとに一人の魔術師が近づいてくる。
薫はそれに気づき、すくりと立ち上がり右手を握り、胸に当て腰から三十度の礼をする。これが身分の上に対する敬礼である。
薫に片手を上げ、顔を上げるように指示してきたので目線を合わせる。四十前後だろう、落ち着いた雰囲気で口上は髭で満たされている。
背丈は薫より少し上。こちらがやや視線を上げる形となる。
左腕には女神が天秤を掲げる背後に剣が交差するように描かれている腕章をつけていた。剣を取れば弁護士のバッジと大差ないものになる。
これは審判全員が着用を義務付けられているものであり、薫も例に及ばず着用している。しかし、彼と薫の物では背景色が違い薫のものは青、彼は金であった。
背景色は審判の階級を表すもので、上から金、銀、銅、赤、青の順にクラス分けされている。銅までであれば魔術省で軽い資格試験を受け、合格すれば手に入る。初めは青からスタートし、場数と年数の合算で上がっていく。年数だけでないのは何もせず階級を上げるのを避けるためだそうだ。
銀から国家資格となるため、また別の試験が科せられるとのこと。大学やプロの魔術師たちの競技には必ず銀以上の人間が審判として着く決まりとなっている。本来、高等部の狭義には銀が一人いれば十分なのだが、四校が集って行う一大イベントであり優秀な人財が多い事もあり金持ちが出ることとなった。
薫はフロンティアのために急遽魔術省に相談して本来四月に執り行われる資格試験を特別に七月に受けさせてもらい、合格している。審判業務を言い渡されてから三週間、生徒会と規則委員両方の業務をこなしながらこちらの試験も通過しなくてはならないというハードワークを実は科せられていたのだ。
こればかりは流石の薫も時間が足りず、座学担当の教師公認で内職をしていた。その間のノートは桜花に取ってもらっていたので、安心して取り組めた。今後の参考にと会長が校則に急遽審判業務に携わる者のための措置をちゃっかり追加していたりする。
声をかけてきた男性が今回のフロンティアにおける審判の最高責任者である。春日副部長の同僚で、彼もまた魔術に秀でた人間だそうだ。春日とはライバル関係にあるらしい。
「ずいぶんと浮かない顔をしているじゃないか」
「やはり、そう見えますか? 顔に出さなくても雰囲気は注意していても隠せないものですね」
そう言って薫はうっすら自虐的な笑みを浮かべる。
「いや、君のような若さでこの境地まで来ている時点で、賞賛ものだがな」
「それで審判長。何か御用でしょうか?」
「ああ。これからのことで軽く打ちあわせをするから集まってほしいと言いにな」
「審判長自らですか? 光栄なことではありますが――失礼ですが貴方が指名すれば別の人が呼びに来たのでは?」
「本来であればそうするのだが」
審判長は視線を薫の腰――舞姫に向ける。
「どうも、彼等は君を怖がって誰一人近づこうとしないのでね。大の大人が情けない」
審判長は首を振り呆れたとばかりにため息を吐いた。
なるほど、だから部屋に入ってから誰も声をかけてこないわけだ。
薫はここに来てから視線だけはやたら注がれているが、誰も直接話しかけてこないことを不思議に思っていた。
「別に取って食ったりしませんが……」
「分かっているとも。私は春日から聞いているし報告にも目を通させてもらった。しかし、他の者は噂程度の存在でしかない魔術無効の使い手が目の前にいるのだ。困惑するのも無理はない。その点を君が気にすることではないよ」
「ありがとうございます」
軽く礼をする。
「なんの。これから一週間、私だけでなく部下たちとも良い付き合いをしてほしい。今後とも、よろしく頼むよ」
そう言って、審判長は握手を求めてきた。
「ええ喜んで。若輩ものですがよろしくお願いします」
薫は差し出された右手を強く握り返した。
「実を言えば君と直接話たかったというのが本音だ」
どうやら、見かけによらずお茶目な性格らしい。
『業務連絡です。開会式まで三十分を切りました。職員並びにスタッフは指定の位置にお集まりください』
影里のアナウンスが入り、控え室にいる全員が立ち上がった。
「よし、皆集まってくれ。スケジュールの最終確認をする。これが終わり次第舞台入りする」
審判長が張りのある声で集合を掛け、皆が集まってきた。
各々、支給された端末に目を通しつつ予定を確認していく。
「以上だが、質問は?」
審判長は集まったメンバーを見渡し挙手が無いことを確認する。
「よし! 皆一丸となり、無事に成功させることを心より願う」
そう締めくくり、審判長は背を向け部屋を出る。
彼を追うように他の審判たちはランク別に退室して行く。薫は最後尾にくっつき、海上へ向かうのだった。




