十・五章
薫たちは北の生徒を教師たちに引き渡すと、生徒会室に集まった。
北をおびき寄せるために使った情報は実際に予定されていたものであり、明日に繰り越してもいけないので、仕方なく集まったのである。
本来であれば騒動の報告書やら事情聴取やらがあるのだが、フロンティアを目前としている手前、そんな暇があるはずなく後回しとなった。
今回の件で大幅にスケジュールが遅れ、会議後には残っている生徒たちに指示を出し、明日以降の動きをスマートにさせるための情報を公開する予定だった。
それが遅れたことで準備時間が足りず、明日の作業に影響を与える状況であることに各々頭を悩ませていた。
重い雰囲気が生徒会室を渦巻く中、影里が口を開いた。
「それにしても……ずいぶんすんなりと捕まりましたね。あまり良い表現ではありませんが、研究専門であると分かっていても北の戦闘能力は国の基本水準を下回っています。開発や研究の道を行くとはいえ、彼らは魔術師の候補生であることに違いはないはずです。ですから私は、北の教育に問題があるような気がします!」
いつも冷静というか、感情を表に出さない彼女が声を荒げるのは珍しいことだ。フラストレーションが溜まって、愚痴の一つも零したくなったのだろう。ただ論点がずれているのは疲れからだろうと推測し黙っておく。
再び沈黙ののち、会長が落ち着いた口調で答える。
「彼らは武具の生産、研究に力を入れている学院だからね。比較的戦闘能力が低い生徒が集まるのは仕方ないとしか言えないな」
北星学院の生徒の卒業生の九割は魔術研究施設や魔術武具の開発関連の仕事についている。それらの仕組みを深く追求することで、自身の能力を機械に補佐してもらい、一般生徒と同レベルの戦力に調整している生徒も珍しくはない。
「しかしだ。私はそれと今回の件を一緒にするつもりは欠片もない」
それよりも疑問なのは、今までフロンティアに興味を示さなかった北星が、南星に実力行使に出てきたかということだ。
競技場の技術が気になるのであれば、今回建設に携わった業者に申請すれば、構造など喜んで開示してくれるはずだ。しかし、彼らはそれをしなかった。
「であるなら、彼らの目的は別にあるということだ」
「彼らにとって精鋭を送り込んできたのだろうが、少し甘かったな」
約一名、何か勘違いしているようだが、全員無視して話を進める。
「では、単純に北にフロンティア開催を阻止、もしくは延期させたい理由がある……と見るべきですか?」
薫が手を挙げて発言する。
「可能性の一つではあるだろうね」
薫の問いに会長は首肯を返してきた。
「どちらにしろ理由が判明しない限り相手に抗議すらできないので、各自この件は後回しだ。我々のするべきことは目の前にある」
そう言って会長は机に広がっている資料をトントンと突いた。
薫もこの空気をどうにか換えたいと思っていた手前、会長が話を戻してくれたことに感謝した。
「何がどうであれ、私たちはフロンティアを完遂させる必要がある。会場校である限りその責任を果たすことが第一だ」
「緊急会議前に委員の皆さんにはこの会議の情報を流すと伝えてあります。どれだけ遅くなっても問題ないと全員が了承してくださいました」
事件発生直後からやや精神が不安定な影里の代わりに薫が情報伝達を行なっていた。
「うむ、なら我々は一刻も早く情報を届けなくては。彼らの誠意に応えるのも、生徒会の仕事だ」
「はいはーい‼ 辛気臭い話はこれでおしまいっ! これからは楽しい会議はじめよっかー」
今まで黙っていた真里亜がハイテンションで高らかに開始宣言をした。
なんともマイペースというか、この状況でも普段と何ら変わらない真里亜を見て、薫は苦笑する。彼女が居るだけで、何とも居たたまれない雰囲気を吹き飛ばしてくれるのだから、迷惑を掛けられている反面不思議と頼もしいと思えた。
ちらりと影里の方を見ると、彼女はやや俯き「そうですね」と呟いているのを確認した。そして上げた彼女の顔には先程の曇りは見えなかった。こういう気持ちの切り替えが速い所は生徒会メンバーの唯一の共通点と言っていい。
今まで興味を示さず(関わることさえ面倒だという鉄面皮をしていた)薫の肩にしな垂れかかっていた桜花は、ようやく普段の柔和な表情へと戻してくれた。
正直、ああなった桜花を戻す術を薫は身に付けていないので、何とか機嫌をとれる方法を見つけなければと、内心決意する。
「では現状確認しよう。薫君、報告を」
「はい。今日までで建設予定の箇所は午前中に終了しました。あとは内装と、機材の接続がいくつか残っています。障壁耐久度は以上ありませんでしたのでそのまま行きます。そして空調ですが、魔力石が思いのほか作用せず、大半の機能が使えない状態にあります。原因不明とのことで明日に持ち越しとなりましたが、使えなさそうなら新しいものを即席で生成する必要があるとのことでした」
魔力石とは、今日の生活を支える動力媒体で、個人の持つ魔力を込めると石に組み込まれた術式を発動するものだ。家電や、日常品といった生活用品に使用されている。魔法具などにも使われているが、こちらは石のサイズを小さくする影響から生産が少なく、値が張るものばかりだったりする。
ちなみに、薫の持つ舞姫は魔力石を両方に埋め込み、さらに魔力循環装置を取り付けたハイスペックな魔法具である。本来であれば、魔力循環装置ではなく演算補助装置を取り付けるのが基本である。
「予定の七割を消化した計算になるわね。見事に遅れているわ」
フロンティア開催が目前に迫っているというのに会場が整っていないのでは話にならない。これでは学院の評価に大きな影響が出てしまう。
「細かいところに構っていられるほど時間は残されていない……。薫君。明日以降の進行に妨げになりそうなところをピックアップしておいてくれ。まずはそこを重点的に仕上げる」
「分かりました」
「まとまったら私のところにデータを送ってください。集計し、各分担別にしたものを作業する生徒に送っておきます」
「有難うございます。桜花、手伝って」
ぽんと、隣に居る幼馴染の肩をたたく。
薫の一言で桜花が離れると自分の机に備えつけてあるPCを起動。画面に膨大な資料が映し出された。
薫もまた自分のPCの資料をスクロールし、該当箇所を挙げていく。
各々、作業は夜中まで続き、生徒会メンバーは学院に泊ることになった。




