十章5
忍は再びアリーナへ戻ると薫の姿がないかアリーナを見下ろすとすぐに見つかった。
彼は戦闘場で魔術障壁の調整を続けていたようだ。傍らには真里亜と桜花の姿も見える。
忍は通路で作業している生徒の邪魔にならないように避けながら進み、途中右折して階段を降り、戦闘場へと出た。
近場にいた生徒に挨拶されるのでそれを返しながら進むと彼らも忍に気付いたようでこちらに顔を向けていた。忍は駆け足で彼らに近づく。
「あら、どうしたの?」
つい先ほど別れたばかりの幼馴染に当然の反応をされる。
「管制室に行く途中で薫君宛の伝言を頼まれてね。通信では話し難いものだったため戻ってきた」
忍の台詞に全員の表情が強張った。
「誰からですか?」
「姫野だ」
「姫野さんから?」
不思議そうに薫は首を傾げる。
とりあえず忍は先の会話を伝えることにした。
「それを彼女が……?」
「薫君に伝えるようにと言われたのだが? 心当たりはあるかね?」
薫は首を横に振った。
姫野に周辺警備を依頼していなかったようだ。
未だに首を捻っている薫。
気づけばその場の視線が薫に集中していた。
薫の服装も自分と同じく軽量化された夏服だが、彼の額にも大量の汗がにじみ出ていた。
薫は手の甲で滴る汗を拭うと口を開いた。
「やはり変ですね。姫野さんはクラス委員ではありますが、規則委員会に所属申請書類を提出してはいません。今日は休日で、関係者以外の立ち入りを一切禁止していますから学院に彼女がいる理由が思い当りませんね」
規則委員会が成立する以前は風紀委員を兼ねてクラス委員会がまとめて受け持っていた関係上、クラス委員に所属するものは申請さえすれば規則委員と掛け持ちすることが出来る。しかし、彼女は申請を出していないという。委員長の薫が言うのだから間違いないだろう。
そうなると、先程自分が想像していたことは外れていたということで……
忍は自分で抱いた予感に身震いした。
「つまり、彼女は……」
「侵入者を手引きしていたとでも言うの?」
真里亜に薫は頷く。
「その可能性は有ります。が――」
「それだと、薫に教えるのは変」
薫の肩にしな垂れかかっていた桜花が重そうに口を開く。彼女もこの暑さに参っているようで、汗で前髪が顔に張り付いていた。それが妙に艶めかしい印象を与えてくる。
密着して余計暑いだろうにという野暮なことは口にしなかった。
情報を与えて混乱させるのが目的であるというのなら筋は通る。この忙しい状況でさらに侵入者の対策を検討しなくてはならないのだ。ただでさえ学院長の無茶ブリで建設が遅れているのだ。とてもじゃないが人員不足でそちらに手を回している暇はない。
「そうだな。ならばここに来る理由があったとみていいだろうか」
「警備員さんに聞いてみましょう。もし姫野さんが何らかの理由があって入ってこられたのであれば記録
が残っているはずですし」
そう言って薫はインカムで通信を始めた。
その姿を三人は黙って見つめる。
「はい……ええ、そうですか。すみません、お手数掛けました」
薫は通信を切ると、顔を上げた。
「姫野さんは白です」
ほっと、その場で安堵の息が漏れた。
「彼女は規則委員のルームメイトに荷物を届けに来ただけのようです。今しがた校門を出たそうですよ」
南星学院の生徒は全国各地から集まっており、大多数が寮生である。だからと言って全国から実力者を引きぬいているわけではない。それどころか表立った宣伝すらしない学院である。学院の理念が生徒の自主性を育むとされていることから、行事運営などもすべて生徒会が担っている。生徒会が、と言うより御川たちが薫を引きぬくこと自体初の試みだった。しかし、彼の場合は特例であり、下手をすればどこにも進学できない状態でもあったからで仕方のないことでもあった。
そして何の偶然か、大体の生徒会メンバーは自宅からの登校している。珍しいことではあるが、それ以外に何かあるというわけではなかった。
「では薫君。彼女が言うことが真実だとするならば、君の言っていたことの裏図けがとれたことになるな」
気のせいだと主張していた人物はここにはいないわけだがまあそれは置いておいて。
「だとすれば、学院の機密情報が外部に漏れている可能性が出てきてしまう。一大事だぞ」
南星学院は育成機関であると同時に独自機関だ。世間に公になっていない情報も少なからず存在する。
「それはどうでしょう。ただ外から眺めているだけであれば機密は覗かれないと思いますが。基本的に学内は魔術の使用禁止。もし魔術の発動が確認されれば僕らに情報が来ます。そうでなくとも、先生方が出てくるでしょうし」
姫川の魔術が隠形であることから魔術の発動形跡がなく、報告されなかったのではないかと思いつつ、薫は会話に耳を傾ける。
「今週は学内での魔術を行使されたという情報はないわよ」
「学内では魔術ではなく機械が監視しているのでまた別系統の話になってきます。監視機器がハッキングを受けた形跡もないようですし、そんなに心配する必要はないでしょう」
先ほどの通話で機器の異変が無いことも確認している。第一薫自身も魔力感知器であるので、彼が感じられないのであれば何かしら隠蔽工作を行っていると考えるのが妥当だろう。
「どうするかね? 我々は専門家ではないから手伝いが主な仕事だ。切り詰めれば見張りの人員確保は可能だが」
会長の提案に、薫は首を横に振った。
「こちらから仕掛けることは得策であるとは思えませんが、ある程度は予防線を張っておきましょうか」
ニヤリと、わずかに口の端をあげる薫だった。




