十章3
M・Lから帰宅後、夕食中に薫は桜花たちに選手としてフロンティアに参加できない旨を伝えた。
二人の沈黙により八城家のリビングは暗い空気に包まれた。
桜花は黙ったまま、薫の顔を見ては俯く仕草を繰り返す。月菜は薫と桜花の顔を交互に見て、なんて声をかけたらいいか迷っているという表情をしていた。
数分間沈黙が続いたが、二人は腑に落ちないという顔をしつつも、仕方ないと納得してくれた。その後も桜花は心底落ち込んでしまい、どうリカバリーすればいいか薫と頭を捻っていた。
「で、お兄ちゃんが参加できない場合、お姉ちゃんはどうするの?」
「クラスメートに頼んであるから大丈夫だよ」
薫自身、出場できないことは予測できていたので、代理として姫野に出てもらうことになっている。桜花には口が裂けても言えないことだが、自分がフロンティアに出場できるのは夢物語だと思っていた。
「それ、お兄ちゃんが出たらその人出られなかったんじゃ……」
「会長から特例出してもらったから問題なし。もともと三人で交代しながらやることになっていたから」
最悪、姫野さんは一人で出ると冗談半分で言っていたけれど、流石に申し訳ないので今度何か奢ることで承諾してもらったことも言わないでおいた。
「ほらほら、お姉ちゃん。いつまでも落ち込んでないで元気出す!」
月菜が完全に落胆している桜花の励ましにかかる。
「……だって、月菜ちゃん……薫と出られないのよ」
「そんな世界の終わりだみたいな顔されても……」
上目使いで両腕を掴まれた月菜は困惑し、薫に視線で助けを求める。
「ごめんね、桜花」
結局どうすればいいか分からず、ただ謝るしかない薫だった。
数分後。
「ううん、薫は悪くない。私も薫と一緒に出られない可能性は十分理解していたの。そのはずなのに……一人で落ち込んじゃった」
「まあ、仕方ないよね。お姉ちゃん相当楽しみにしてたし……というか、お兄ちゃんが審判なんかして大
丈夫なの?」
「それについては僕もおじさんも心配しているんだ。仮に僕ら南星が優勝した場合、いちゃもんをつけられかねないって」
「やっぱり、そうだよね」
「それでも、上は僕を審判に選んだ。多分……相当のVIPでも来るんじゃないか?」
ありえない話ではない。もともと、フロンティアは学期末試験を称してはいるが三年生が自分の実力を売りこむ場であり、一種の入試に等しい。年に一度、企業のトップが集まる場所だ。警戒しておいて越したことはない。
「それに、僕らはS・Kに二度も接触している。こんな美味しい場面に彼らが出てこないはずはないだろうし……」
「それでも、薫が対処する必要はないじゃない。それこそ、大人たちの仕事でしょう? 私たちが戦争に参加していたわけじゃないのよ。確かに私たちの両親が戦場に出ていたことは否定しようがないのは事実よ。だけれど、私たちは何もしていないわ」
いつの間にか桜花の感情は爆発寸前にまで至っていた。今日は特に変化が激しいな。
「まあ、上も戦争ネタまでは持ち出していないから。気にしないでよ」
「薫はそれでいいの? こんな雑務ばかり押し付けられて」
本気で心配してくれる人が近くにいるだけで、僕は安心できる。なら、それに応える言葉は――
「桜花。こればかりは仕方ないよ。僕が誰とも同じ、魔力を持っていたならこんなことにはならなかった。僕自身、どれほど思ってきたか分からないよ……でもさ、それは産んでくれた両親や、今までお世話になった人に申し訳ない。こんな僕を受け入れてくれたんだ。少なくとも、上は僕を生かしてくれているんだ。なら、その分は働こうと思う。これからも、桜花の側にいるためにも、ね」
最後の一言に、桜花はかぁっと頬を染めた。
「……バカ……」
桜花は恥ずかしいのか、俯いてしまった。
「あー、ご馳走様」
月菜はテーブルに頬杖ついて、こちらにジト目を向けてくる。
ここに会長たちがいたら、きっとお互いを扇ぎ出したに違いない。
「はい、この話はおしまいっ」
薫は逃げるように話を切ると、食器を洗いにキッチンへと向かった。
「あ、月菜。風呂洗ってきてくれる?」
「はーい」
テレビをつけようとリモコンを手にしていた妹を制して、薫は自分の作業を進める。
桜花はひとり、気まずさゆえかリビングから出ていってしまった。
「それと、風呂湧いたら桜花と入ってきちゃって」
リビングから出ようとする月菜の背中に声をかけた。
「分かった。ちゃんとフォローしておくよ」
「よろしく」
薫の意図を察してくれたようで、頼りになる妹だった。




