八章6
紅葉館の厨房裏、物置が存在するここは中庭と隣接していた。
といよりは、壁によって通路を遮られているので、実質通り抜けることは出来ないのだが。
「しかし、こうまで成功するとはな」
厨房の勝手口近くに寄りかかり、サンドールは不敵に笑った。
先ほど、桜花たちが追っていったのは獏に作らせた等身大の幻影だ。
部屋から飛び降りる寸前に発動し、自分が指定した……麗の一つ下の部屋に逃げ込んだのである。サンドール自身、これは賭けだった。第一に魔術の発動を悟られないこと。第二に飛び降りるときに自分と幻影が不自然にならないようにすること。そして、自分の借部屋が麗の部屋の真下であること。この三点のうちどれかがばれてしまえばまず作戦を遂行できなかっただろう。
「さて、最後の仕上げに行くか」
そういって、サンドールは壁の上。ちょうど薫の部屋の位置を凝視する。今回の目的は無魔力者の連行。もしくは排除である。さすがに、人を抱えて脱出することはもうかなわないだろう。幻影は倒されたようだから、旅館にも連絡がいっているに違いない。よって、サンドールに残された選択肢は一つだった。
「奴にかけた魔術は健在。周囲に魔力反応なし。仕掛けるなら今か……」
そういって彼は壁に手をつくと、そこから魔法陣が広がった。
『素は材質へ返る』
呪文を唱えたとたん、魔法陣を展開した部分はさらさらと砂のように流れていく。固まっていたコンクリートは支えを失い、地面に積もって小さな山を作っていった。
サンドールは口の端を上げると、身体をかがめて穴を通る。
そして振り返ると再び腕を上げ、壁の虚空で止める。魔法陣を穴に丁度重なる形で止めると、
『壊れしものは戻る』
属に言う復元魔法である。主に、戦闘後の施設の復元に用いられる魔術である。先ほど、サンドールの起こしたシーンの逆再生が始まった。ものの数秒で復元が完了する。
余談だが、この魔術は魔術学生のほとんどが使用できる魔術である。主に魔術の発動媒体として想像力が用いられるが、完璧に描写できる人は少ない。本来は想像することのみを行うため、鮮明に描写できているのだが、そこに魔力コントロールが入ってくると集中力が途切れてっしまってまともな思考をすることが困難なのだ。しかし、今まで見ていたものは鮮明に表現することができる。ゆえに基本魔術のカテゴリに含まれているのである。
穴がふさがったことを確認すると、サンドール両足に足に力を込める。途端に足先から魔法陣が展開し、
『重力は我を妨げない』
その場で三階まで跳躍した。窓の淵に足をかけると、サンドールは鍵のかかっていない窓を開ける。あらかじめ、鍵を開けた状態で出てきたのだ。もし誰かがかけ直したとしても、穴をあければ済む話である。
「ここの欠点は魔術障壁が館を覆っていて、本館自体にはかかっていないことだな」
靴を履いたまま、中に入る。目の前にはターゲットである薫が横たわっている。
「さて、君と会うのも最後かな?」
不気味な笑みを浮かべ、サンドールは懐からサバイバルナイフを抜きとった。
抜き足で徐々に近づいていくと獲物に狙いを定める。
そして、なんの迷いもなく一気に振り下ろした。
「な……」
本来なら肉を裂く手ごたえを感じる――はずだった。
しかし、その銀の軌道は見事に布団を貫いただけだった。コンマ数秒で、薫が寝返りを打ったのである。しかも、それは一回に留まらず、立てかけてある刀の前まで移動したのだ。
そして、サンドールにとって最悪な展開へと発展していく。
「ふー。危ないじゃないですか、サンドール・アレクさん」
むくりと起き上がった薫は朝一発と言わんばかりに文句を言う。
「な、なんで起きてるんだよ! 呪術にはまったんじゃなかったのか⁉」
「そー、そこですよ。本当に苦労しました。まさか、体内に直接かけてくるなんて思いもしませんでしたから」
そういって、にこりと笑う。しかし、いまだに薫の身体にはびっしりと紋様が浮かんでいた。
「僕も驚きましたよ。体内に魔術が入ると効果を受けるなんて初体験でしたから。ですが、効果は薄いようですよ?」
立てかけてある相棒を手にしながら、薫は淡々と続ける。
「ついでに、疑問に思っているでしょうから種明かししますけど、あなたの作戦は最初から知っていました」
「な――」
「あなたが来る前、叔父さんから二本、連絡を受けています。一本目がM・L宛にSKからの手紙……予告状が届いたこと。次はサンドールさんが犯人である可能性が強いことです」
「そんな、ばかな」
薫の告白に絶句するサンドール。
「そして、先ほどあなたが出ていったすきに叔父さんと情報交換をして確信に変わりました」
「いつから、お前は意識を取り戻していた?」
「麗にやられてから一時間ほどです」
「……ならば、私の行動は……」
「すべて、百合花さんが防犯カメラを使って確認してくれていました。あなたの行動は一部始終録画されているはずですよ」
そういって薫は苦笑した。
「ならせめて、お前を屠ってから捕まるしかないな」
サンドールは再びナイフを構えると、一気に加速する。
「魔術が利かないなら物理でってな‼」
薫は住んでのところでよけると、抜いていない刀で胴を打つ。
サンドールはベクトルを曲げられ、壁に叩きつけられた。
「僕に何か恨みでもあるんですか? 少なくとも、顔を合わせるのは初めてでしょう」
「うるさい‼」
うずくまっていたサンドールが起き上がると、召喚魔術を唱え、獏を出す。
「また術を使います?」
「少なくとも、利くことはわかったからな」
「そうですか」
薫は冷淡に返すと両の刀を腰に吊った。
「戦うにはここは狭いな」
そういうとサンドールは壁に向かって蹴る。瞬時につま先に魔法陣が現れ、壁を粉砕した。
「さあ、行こうか」
「ああ、せっかく金西が直してくれたのに……」
なんて謝ろう。戦闘のさなか、薫は巨体の同級生の怒る顔を思い浮かべていた。




