七章4
薫たちは部屋に戻ってみるものの、やはり暇を持て余していたので備え付けてあるテレビを見ていた。
普段テレビを見る事が少ない二人はこれと思えるものがなく、仕方なくニュースを見ることにしたのだが、すぐに飽きてしまった。やはり事前に下調べをしておいて、どこかに行く予定を立てておくべきだった。薫はニュースをぼんやりと眺めながら、改めて後悔する。
はじめは桜花と会話をしていればいいかとも思っていたのだけれど、いざ話そうと思うとなぜか言葉が出てこない。ちらりと桜花の顔を覗いてみるとあちらも同じような境遇に陥っているようだ。
「ねえ、薫」
「うん?」
なにか話題が思いついたのか、桜花はこちらに身体を向けてくる。
どうしたのだろうか。今の桜花の表情はどこか影が射している気がする。
「…………」
彼女はただ黙って、こちらをそっと見つめている。
そしてようやく口を開いたと思ったら、
「やっぱり薫、怖い顔してる」
「へ?」
桜花の発言に薫は素っ頓狂な声を上げた。
何時そのような顔をしただろうか。今、今なのか? 僕はそんなに怖い表情をしているのだろうか。普段通りだと思うのは気のせい?
「それと……私に何か隠してない?」
「そんなことはないぞ」
反射的に嘘をついてしまった。
「ほんとう?」
さらに問い詰めようとにじり寄ってくる。
「じー」
「…………」
蛇ににらまれた蛙とはこういうことだろうか。じわりじわりと迫ってくる桜花。
そしてピトッ、と身体を密着させてきた。布越しからでも桜花のほのかな体温が伝わってくる。
居心地がいいのか、桜花はスッと目を細めた。だけれどもその表情は変わらず曇ったまま。
「あまり……思いつめないでね」
「えっ?」
「ここに来てから、薫は楽しんでいないような気がする」
「そ、そんなことは……」
別に楽しんでいないわけではなかった。しかし、朝の電話でこの旅行に危険が混じっていることを知ってからはずっと、周囲に気をめぐらせている。今のところ異常は感じられないが、用心するに越したことはない。出したくはなかったのだが、一応舞姫を壁に立て掛けている。
「桜花は……本当に僕を良く見ているんだな」
「私には、薫が必要で……大切な家族だもの」
頬を赤らませて桜花は言う。
「なっ!」
このタイミングでは反則でしょう! こっちまで恥ずかしくなってしまうじゃないか。
「ふふ。照れてるの?」
「だって、急にそんなこと言われたから……」
「じゃあ、もっと言ってあげましょう。私は今後一切、薫から離れないわ」
しれっととんでもない発言をする桜花。この場に会長でもいたら、野次のひとつでも飛んできそうだが、今この場には薫と桜花の二人きりで……だからこそ、桜花がこんなにも暴走できるのだけれども。
桜花は薫の背に手を回した。薫もならうように、そっと抱き上げる。
彼女はすっと自らの頤を上げ、目を閉じた。ほんのりとした桜色に朱が混ざった唇を彼に晒す。「……桜花」
「薫……」
そっと口付けを交わした。ほんのりとした甘みが口いっぱいに広がっていく。お互いの息が荒くなっているのを直に感じ取れてしまう。
部屋は次第に魔力で覆われていく。
「「契約」」
二人の身体を囲むように朱の魔法陣が展開され、ほのかなベールが彼らを包み込んだ。次第に不仮は球と成し……弾けた。
そっと瞼を開ける二人。
「これからも、よろしくな。桜花」
「うん」
契約――本来、魔術師は二人一組のペアで動くことが理想とされていた。前線で戦う戦士と防御や付与といった補助スキル、魔獣召喚などを駆使してサポートをする後衛。これが成り立つことで、魔術師は本来の力を発揮することができる。しかしその反面、契約した相手とはプライバシーの一部を共有することになる。居場所の把握、魔術の使用などを感じ取れてしまう。だけれども、それがあるからこそお互いを信頼でき、最大限の力を発揮することができる。血はつながらずとも家族同然の二人にはうってつけでもある。
すると、備え付けの固定電話が鳴ったのである。
「あっ」
今までの雰囲気を切り替えると、薫は受話器を持ち上げた。
「はい」
『ああ、薫。休憩中ごめんなさいね。桜花は一緒かしら?』
電話の相手は百合花さんだった。
「ええいますよ。替わります?」
『いいえ、ちょっと桜花を貸してくれません?』
「ひとを物みたいに……いいですよ」
『じゃあ、厨房に来るよう伝えてください。人手が欲しいの』
「了解です」
そっと受話器を置くと桜花に振り返る。
「百合花さんから、厨房に来て欲しいって」
「うん、わかった」
二つ返事で桜花は部屋から出て行った。
「さて、何していようかな」
桜花がいなくなったことで、さらにやることが減ってしまった。ふと、麗のところに行くのも手かと思ったのだが、行方をくらませた彼女を探す気にはなれなかった。
「そういえば、部屋の番号すら聞いてないや」
これは本格的に寝に入るべきなのでは。そんな煩悩をしているときだった。
「コンコン」
ドアをノックする音が聞こえたのである。
「誰だろう?」
腰を上げ、玄関へと移動するとドアノブに手を掛けた。
「はーい、どなたですか?」
そっとドアを引くと、
「やっ」
そこには行方をくらました幼馴染2ndの姿があった。
「や、じゃないだろう。どこ行っていたんだ? 急にいなくなって心配したんだぞ」
ほんの少しだけだが。
「ふふ。ごめんよー、さびしかったー?」
そういって飛びついてくる。
「お前は猫か!」
「ごろにゃーん」
取り付く島もなかった。
「という冗談はこのくらいにして」
「切り替えはやっ!」
「ふふーん、お姉さんは賢いのだ」
誇らしげに胸を張る麗。
切り替えと賢さの関係はない気がするのだけれども。あえて突っ込むほど子供でもないのでスルー。
「それよりも、何か用事?」
「もうっ、せっかちなんだから!」
「どっちなんだよっ!」
薫の反応に気に召さなかったのか、頬を膨らませた。猫の次はリスか。
「はいはい」
「はあ」
「で、用事っていうのはねー」
何かをためらっているような瞳で麗は薫を見ると、
『我、汝を深き眠りへと誘う』
「なっ!」
首にまわされた手から濃い紫色の魔法陣が展開される。すると、薫の身体は糸が切れたかのように脱力したのだった。
膝の折れた薫を麗はそっと抱き留める。見かけによらず、薫の身体はズシリと重い。線が細く、同性から見ると華奢に思えてくる容姿。しかし、触れてみると確かに鍛え抜かれているのがよくわかる。
「私には、薫の背負っているものを和らげてあげられない。だから……」
夢の中に落ちた薫を布団に寝かせると、無防備な唇に麗はそっと口付けた。
顔を遠ざけると、麗は何とも言えない感情に襲われる。
「……私、ずるいよね」
彼女の頬に一筋、涙が流れたのだった。
今回は珍しく長いです。そして、いまだにバトルシーンが現れないのはなぜなのでしょう?
ですが、今回の部は会話がメインのためどうしても少なくなってしまいますことをご了承ください。
次回もなるべく早く出せるよう努力いたします。長らくお付き合いいただければ幸いです。




