七章3
薫たちが部屋に戻る少し前のこと。
麗は桜花と談笑した後、密かに自分の部屋へ戻っていた。
一人部屋なので薫たちのよりはやや狭いが、ゆったりとくつろぐことができる。
後ろ手にドアを閉めると、麗はそっと息を吐いた。ここに着いたのは昼前で、荷物は到着時のまま何も手をつけていない。
靴を脱ぎスリッパに変え、玄関横の引き戸を開けて備え付けのハンガーに上着を掛けた。
玄関と部屋の仕切り戸を開き、部屋へと入る。
ひんやりとした空気が麗の頬をなでた。
「うー、春とはいえ、まだ冷えるなー」
彼女の部屋は朝方から昼前までは日に当たらない位置にあるため、室内温度が上がりにくい。夏場は快適なのだが、季節の変わり目は快適とはいえなかった。
「うん、換気をしよう」
と窓を開けようとしたとき、グシャリと足で何かを踏み潰してしまった。
「ん?」
視線を下げると、足裏に白い封筒が踏みつけられていた。
「……どういうこと」
ここの鍵はカード式で麗の持つものと、百合花が持つマスターキーのみで開錠される。もし百合花が私に用事なのであれば直接か、携帯にかかってくるはずだ。ここに手紙――ましてや封がされているのは明らかにおかしい。可能性があるとすれば……
「転移魔法……だよね」
皺になった手紙を拾い上げると、裏返す。差出人はおろか、宛先すら書かれていない。ますます怪しい。そうは思いつつも、麗は手紙を開けた。
綺麗に三つ折にされた手紙の中央に一文だけ書かれていた。
『太陽が下り始めるころ、裏庭に来られたし』
***
午後二時過ぎ。
紅葉館の中庭に麗の姿があった。それともう一人、頭から全身をすっぽりとローブで包んでいるものがいた。
「この話、信用していいんだよね?」
先ほどの手紙を掲げ、麗は問う。
「ああ、もちろんだとも」
「じゃあ、私が実行すれば薫は……」
麗は、ぎゅっと指輪をしている手を包み込むように握った。
「では、手はずどおりに」
差出人はニヤリと口を吊り上げたように見えた。
ローブのせいで目元が隠れていて顔が見えないが、口元ははっきりと見える。
「う、うん」
こちらが返事をするや否や、ローブをまとった人間の足元に赤銅の魔法陣が形成され、たちまち姿を消した。
転移を見届けた後、麗は澄み切った空を仰ぎ見た。
「大丈夫……だよね」
春の心地よい風が、彼女をすり抜けたのだった。




