七章1 来訪者
生徒会一行は各々の仕事を終え、フロント前のソファに腰掛けていた。
今回は全員、業務員服――空色で法被風の着物を身につけている。
『短期間とはいえここで働くのだから着なさいな』と手渡されたのである。
先ほどの市場にもこの格好で行ってきた。慣れない着物で外出するのは少し恥ずかしかった。
「はてさて、正直に言えば外に出たい気分なのだけれど、今回は温泉目的。しかも宿泊代、食事代がタダなわけだから持ち金が少ない。そして見慣れない土地というダブルアタック。手伝いがあるとはいえ手持ち無沙汰ではあるな」
会長は感触を確かめるように、掌を開閉していた。
「確かに、学生としては動き足りない……とでも言うべきか」
図体のでかい金西が同情する。
「かといって、案内役もなしに外に出るのはいかがなものでしょう。旅館の方たちは今、休みの折り返しでピーク状態。古株の神奈崎さん、茂野さんも詳しくないですし」
なんでPCを持ってこなかったのだろうと後悔する影里。
「あー、期待させちゃってごめんね。私もここの住人じゃないから」
「いいえ、なにも訊かずに期待した私たちが悪いのだから」
「しかし、目の前に海があると言うのに、七月じゃないのが残念です」
「いや、さすがに海水浴をするには寒いですよ。浜辺ぐらいなら使えると思いますが……」
「ならば、季節はずれのビーチバレーでもしてみるかね?」
「それ、楽しそう!」
会長の提案に備え付けのテーブルに突っ伏していた副会長がガバッと起き上がる。
「でも今日は予定入っていますから、やるとしたら明日ですよ」
「ふむ、それは仕方ない」
「えー」
「今日は客入りがいいですから余計に忙しいわよ」
「百合花さん」
彼女はフロント奥にある小さな一室から出てきて微笑んだのだが、すぐに曇った表情へと変えた。
「ごめんなさいね。忙しいばかりで」
「いいえ、とんでもない」
「職業体験だと考えればなんともない」
「こら元也! 少しは空気を読みなさい」
「無理せずともいいですよ。若いのだから仕方のないことです」
「百合花さんも十分若いですよ」
「ふふ、ありがとう。真里亜ちゃん」
「色々と気を使っていただいてすみません。ですが、我々のことはお気になさらず。無から有を作るのはいい経験ですので」
うん、と会長の言葉に便乗する一同。
すると、来訪を知らせる入室音が鳴った。
生徒会メンバーは即座に移動。旅館の制服を着ているので、お客さんに変なところを見せるわけにはいかない。各々、アドリブで仕事を見つけ、始める――のだが、それは杞憂に終わった。
「おー、やっとるやっとる」
その体型に見合わない何とも府抜けた声を出しながら、スーツ姿の男性が入ってきた。その背後には同じ柄をしたスーツのうえに白衣を羽織った青年が窺える。
百九十近くの長身と百七十前半くらいのアンバランスなペアである。
彼らの襟元にはM・Lの文字が彫られているプレートをつけていた。
二人を見た百合花さんは居を衝かれたような顔をした。しかし、それは一瞬のことで、すぐに戻った。
「来るなら連絡ぐらいしてください、お義兄さま」
そう。来訪者はここのオーナーである神奈崎総一郎と――見慣れない男性だった。
総一郎は電話を掛けてきたときとは一変して、いつもの表情をしていた。
「あれ? おい、薫! 今日ここへ来ることをこと伝えてなかったのか!」
「あのですねー、そういうのは自分で連絡するべきじゃないですか?」
「でも、私には伝えても良かったと思う」
横からぼそりとえぐる一撃が飛んできた。
「そ、そうだね。でも忙しかったから……」
「電話したのは朝だぞー」
「うっ」
ここぞとばかりに総一郎からの反撃が飛んできた。すると、どこからともなく痛い視線を向けられた。
「だがまあ、確かにそうだわな。すまない、今度からは気を付けよう」
「ええ、是非ともそうしてください。今日は一段と込み合っておりますので」
百合花さんは営業スマイルを浮かべ、念押しする。
「込み合いは関係ないだろう」
「ええ、確かに部屋自体は問題ありませんが、何せ人手が足らなくて」
「ここにいるのを使えばいいだろうに?」
「もちろん使わせていただいておりますわよ。本当に良くやってくれています」
「それでも、か」
「ええ、お義兄さまの分だけ足りません」
「おい! それはどういうことだっ!」
「言葉通りですが?」
「…………」
「…………」
しばらくの沈黙。
すると二人はふっと笑みをこぼした。
「相変わらずのようですね」
「それはこっちの台詞だよ」
そういうと、視線を桜花に向け、
「お前たち三人はどうも似すぎていかん」
「あらあらなぜ自分の娘に厭らしい視線を送っていますのこのひとはもしかしてロリコンかなにかでいらっしゃいますの? ああ、桜花はロリではありませんね。では――ドウターコンでいいのかしら?」
「すごい言われようだな!」
さっと、桜花は薫の背に隠れる。総一郎はがっくりとうなだれた。
「本当にあのひとが、M・Lの創設者――社長なの?」
いつの間にか薫の横に立っていた長瀬が耳元で訊いてきた。直にかかる息にくすぐったさを感じながら薫は肯定する。
「そうですよ。見ての通り変わり者ではありますが」
「……バカ」
「ええ。そうみたいね」
「ですが、副会長は人のこと言えませんからね」
「えー」
「何ですかその抗議体制は?」
「なんでもなーいですよー」
「明らかに怒っていますね」
「ふーんだ」
まったく、この人はスタイルとは裏腹に精神年齢が低いのだろうか。
「君、今失礼なこと考えたでしょ」
「まっさかー」
ははは。つい乾いた笑いが出てしまった。
「さて、部屋に荷物を置いてくるか……」
「私の紹介はいいのですか?」
今まで口を開かなかった青年が問う。
「おおー、そうだった。こいつはML技術開発部顧問の――」
「倉杉・サンドール・アレクと言います。どうぞサムと気軽の呼んでください。以後、お見知りおきを」
自己紹介を終え一礼すると二人は奥へと消えて行った。
さーて、始まりました。七章目です。




