六章6
「や、やっと……ついた」
「お疲れ様でした」
ふふ、と影里は微笑みながら疲労している薫を労った。
平坦な道が続いていたのだが、最後に旅館へと続く坂が待ち構えていた。
「この坂がなければなあ」
上ってきた坂を振り返る。
「ぼやいてないで、中に入りましょう」
「う、うん」
二人は正面玄関ではなく、直接厨房に入れる勝手口に向かおうとしたのだが、
「か~お~る~!」
「へ?」
声のするほうに振り返ると何者かがジャンプ。
段々と薫は影にのまれ――
「う、うわああアアア!」
ガシッと首に手を回され抱き付かれてしまった。
その衝撃で背中から倒れこみそうになってしまおう。
「な、なんのぉー!」
全身の筋肉をフル活用し八十度曲がった上半身を無理やり起こした。
「おおー」
横で見ていた影里はパチパチと軽い拍手をしていた。
「見てないで手伝ってくれてもいいでしょう!」
「いやいや、これは見ているほうが面白い」
「どうして会長目線なんですかっ!」
「して、八城君。その驚異的ジャンプ力っ娘はだれですか?」
ジトー、とぶら下がっている少女を凝視していた。
「ああそうだった」
今度は顔をすりすりと胸にこすり付けている少女を見る。
黒髪が揺れるたびに甘い香りが鼻腔を刺激してくる。
ボブショートの髪は黒く、太陽の光を反射していた。身長は百六十くらいだろうか。首にぶら下がれるのだからそのくらいだろう。
ボーイッシュなわりに肉付きは薄いのだが、並みの人間よりは鍛えられているのが伺えた。
「ん~、堪能したっ」
「じゃあ降りてくれ」
「はいさ」
ストンとその場に着陸。そしてにこりとする。
「久しぶり。二年ぶりだ、薫」
「うん。元気そうだね、麗。
紹介するよ。こっちは影里さん。で、これが茂野麗。俺と桜花の幼馴染の一人だ」
「これいうな」
ぽこ、と肩を軽くはたいた。
ん? 硬い……?
ふと彼女の手を見てみると、小さな宝石のようなものがついている指輪を嵌めていた。
「こんにちは。影里清華です」
「うん、よろしくね。清華ちゃん」
「さ、入ろうか。中に桜花がいるはずだから」
「うん」
三人は厨房へと向かった。
***
厨房内に入ると桜花はすぐに見つかったのだが、作業中だったので話しかけるのを後回しにした。
「ただいま帰りました」
「お疲れ様です。薫くん」
厨房長の佐波さんが駆け寄ってくれた。
「いえ」
「ごめんなさいね。今日はお客さんが多くって、誰も手を離せなかったものだから」
「気にしないでください」
「そうです。お手伝いをすると言い出したのはこの人ですし、存分に使ってもらって結構ですよ」
「おい」
「ふふ。ではお言葉に甘えさせて貰います」
「えー」
毎度思うのだが、この館の従業員は対応力に長けている気がする。もちろん営業する上で対応力は必要不可欠な のだが、ここはその上を行っているように思えるのだ。
「えっと、買ってきたものをどこにしまえばいいですか?」
「はい。それじゃあ……あなたたち、これをお願いね」
彼女は近くにいた見習いを呼び、二人の荷物をまかせた。
テキパキと荷物を運んでいく。魚介類を持ち上げ、去ろうとしていた二人を呼び止める。
「一応、魚介類の中身は傷ついてないか確認してください」
「分かりました」
そういって彼女たちは奥へと入っていった。
「八城君。さっきの……」
「う、うん。そう……」
「? どうかした?」
ことの元凶様は首をかしげていた。
……はあ。彼女の反応に二人はため息をつかざるを得なかった。
「え……麗?」
振り向くと仕事を終えてきた桜花が目を丸くしていた。
「やあ。久しぶり」
麗は軽く手であいさつする。
「うん、去年は……夏以来かな」
「だね」
そういって二人はにっこりと笑みを浮かべた。人見知りの彼女にとって、数少ない同性の親友である。月菜は妹ポジションをマークしているので、親友と言うよりは家族のくくりとなっているらしい。
久々に桜花の明るい姿を見られた薫はひそかに笑んだのだった。




