六章1 ひと時の休息
女性陣はそれぞれ着替えた後、フロント前のロビーでくつろいでいた……のだが、
「……帰ってこないわね」
時計を見上げるとこちら側の終了から三十分が経過していた。
慣れた人間がする場合は一時間足らずで終わらせている。しかし、三人は始めてなのでいたるところに使用時間変更の張り紙をして多めに時間をとってはいた。百合花の見立てではそろそろ終わってもいいはずなのだ。
「もうそろそろお湯を張りたいのだけれど」
百合花は頬に手を当て、困ったわねと呟く。
すると影里がちょこんと手を上げ、
「私がお風呂場へ見に行ってきます」
言うが早いか彼女は立ち上がると肢体を反転させるのだが――
「ふふ――行かなくて大丈夫みたいよ」
「え?」
向かおうとする身体は百合花の一声で止められてしまった。
見れば彼女は眼を閉じ、背筋を伸ばした姿勢で座りなおしていた。
影里はならうように耳を傾けてみる。
すると、フロントの奥側からああだこうだと口論を繰り広げながらこちらに向かってくる気配がはっきりと感じとれた。
「ほら、行かなくてもよかったでしょう?」
小さな子供をあやすかのように、百合花は微笑んだ。
***
ほどなくして、男性陣は戻ってきた。
「待たせてすまない」
御川はまず遅れてきたことに謝罪する。それにつられるように、後ろの二人も腰を折る。
女性陣は彼らの姿に目を丸くしていた。
彼らの衣服は所々濡れて染みとなっている――風呂掃除をしていたのだから、少し濡れているぐらいであればさほど気にはならない。
しかし、彼らのそれは広範囲に渡っていた。
特に薫は、服を着たまま湯船に浸かったかのように、全身を濡らしていたのだ。
「……えーと、君たち。変なことを聞くようだけど、お風呂掃除をしていたんだよね?」
長瀬は今にも吹き出してしまいそうな顔で問う。
「本当に変な質問だな。もちろんそうだとも。それとも何か別のことをしてきたように見えるかね?」
「……あれが掃除と言えますか!」
御川が返答し、薫がそれに突っ込んだ。
「だいたい、水獣を召喚してお風呂場を洗わせること自体おかしいですよっ! 床が洪水状態だったじゃないですかっ!」
そう。御川が使ったのは召喚魔術である。水の精霊――妖水霊を召喚し、掃除させてみたのだが、見事に失敗。威力の加減を無視し、浴場を破壊寸前まで持って行こうとしたのである。
すかさず薫がキャンセルしにかかり、ウンディーネと対峙した結果、成功はしたものの代償として全身びしょ濡れとなった。
魔術を無効化できる薫でも自然の万物である水はどうにもすることができない。
「薫。怒るのも分かるけれど、そのままだと風邪を引きますよ……そうだわ。今からお風呂に入ってきたらどうかしら? みんな一緒に」
「は……い?」
「折角掃除してきてもらったんですもの。一番風呂入ってきても誰も文句言わないわよ」
百合花は子供に戻ったかのようにとても楽しそうな顔をしていた。
「そ、それは混浴場を使えと言うことですか?」
不意を衝かれ、狼狽する一行。
「もちろんそうよ。『一緒に』って言ったじゃない。今の時間なら混浴を貸し切りにしても困るお客さんはいないだろうから気にしなくて大丈夫よ」
笑顔で太鼓判を押されてしまった。
「ほらほら、桜花もそんなところで寝てないで、一緒に温まってきなさい」
よほど疲れていたのか、今までずっとソファに突っ伏していたようだ。
重そうに身体を起こすと、うつろな瞳を周囲に向けた。そして見回すと、ある一点で止まる。
「桜花、何?」
「薫、濡れている」
「う、うん。そうだね」
がっくりとう傾れる薫。
今までの会話を聞いていなかったのだから当然の反応だろうが、どことなく悲しかった。
「じゃあ行こうかみんなっ!」
切り替えが早く、副会長はのりのりだった。
まあ、彼女の性格からして、この手のものに乗らないほうがおかしいのかもしれないが。
ブルッと薫は身を震わせた。髪は乾かしてきたものの、服を濡らしたままではいくら五月とは言え山の中。身体が冷えても不思議じゃない。暖めようと両肩を抱くようにさするが、ぐっしょりとした服の感触が逆に気持ち悪かった。
「皆さんは先に行ってください。僕は着替えを取りに行ってきます!」
そう言うと、薫と自室までダッシュしたのだった。
「……行っちゃった」
「ならば、こちらは向かうとしましょうか」
そう言って長瀬は先行しようとするのだが、くるりと反転した。
「あれ? 混浴場ってどこだっけ」
「はいはい、急がんでよろしい」
御川は苦笑しながら彼女の横に並ぶ。
「ほら、行くぞ」
「う、うん」
上級生はすたすたとロビーに背を向けた。
それを眺めていた下級生はというと、
「何だか、二人とも楽しみにしていたように見えるのは気のせいなのかしら?」
「あながち間違いじゃなさそうね」
二人の背を見て確信する。
「私たちも行く?」
ソファに座らず、立っていた金西の前に移動すると、上目使いで訊いた。
「そ、そうだな」
と言って、金西は目をそらした。
「ふふ。ほんと、みんな若いわねー。でも、何か思っていた反応とは違うわね」
猛反対されるリアクションを想像していたために、この年で混浴に抵抗がないのもいかがなものかと思い始める百合花。
そんな百合花を眺めていた桜花は皆の反応を見ているだけで飽きることはないだろうと、密かに思うのだった。
六章に入りました。




