五章7
「そろそろ、お風呂場が終わりそうかしらね」
百合花は事務室の壁にかかっている時計に目を向け、奮闘しているであろう三人のことを思っていた。
薫たちが作業を始めてから二時間が経過しようとしていた。
女性陣には旅館の掃除や厨房で夕食の下ごしらえなどを手伝ってもらっている。こちらはというと、旅館仕事が始めてとは考えられないほどスムーズに動いていた。桜花は毎年のこととしても、三人の働きはとてもいいものだった。もともとスペックの高い長瀬は意外なことに台所周りにも強いらしい。
影里は三人姉妹の長女らしく、よく家の手伝いをしていると言うことで、手際が良かった。
もう少ししたらロビーの床掃除を終えて戻ってくるだろう。
彼女の予想はみごとに的中する。
「お仕事終わりましたよ」
両手にバケツを提げた長瀬とモップを抱えた影里が帰ってきた。
「ご苦労さま」
百合花は彼女たちに微笑むと、掃除用具を受け取って棚にしまう。
「お風呂のほうは?」
「まだ、帰ってきてないわよ」
「ほら、こっちのほうが早かったじゃない」
長瀬は影里を振り返ると満面の笑みを浮かべ、自慢げに豊かな胸をそらした。
影里は一瞬視線を胸元に向けるとため息をついた。
「私の勝ち~」
「分かりましたから! そんなに誇らないでください」
「なになに、賭け事?」
「まあ、そんなところです」
影里は長瀬のテンションに追いつけず落胆していた。
掃除をしている間に、自分たちと御川たちのどちらが早く帰ってくるかと言う予想をしていたのだった。特に何か金銭のやり取りをしているわけではない。掃除中に長瀬の口が暇を持て余したことからどっちが先に終わるのか競争しようとしただけの単なる会話だ。
「桜花ちゃんは?」
「もうそろそろ厨房から帰ってくるんじゃないかしら。今日はそれほどお客さんがいないから、仕事は少ないはずよ。でも……あの娘は人気だから、いじられているかしれないけれど」
昔から手伝いをしている桜花はこの館のマスコット的存在となっているようだ。
うわさをすれば何とやら。曲がり角から普段では見ることがない重い足取りの桜花がこちらに向かってきているのを2人は見た。
顔を伏せているせいで長い髪が垂れ下がり、活力を感じない。まるで貞子のようだ。
「あらあら……お疲れさま」
これには一同苦笑を浮かべずにはいられなかった。
「な、にを……笑っているの?」
気力のない声は髪を通じてくぐもって聞こえる。
「ごめんなさい。あまりにも変わり果てていたからつい」
実際、顔を上げた桜花はげっそりとしていた。
「兎に角、みんなお疲れ様。今日の分は終了よ。薫たちを待ちましょうか」
百合花の一言に三人は頷くのだった。




