序章3
薫は美術室がある少し複雑な廊下を小走りに進んでいく。
丁度昇降口前に辿り着く。そして、視線の先には一人の少女が壁にもたれかかるように立っていた。
整った顔に、腰まで届く癖のない綺麗な黒髪。明かりの少ない場所のため分かりにくいが、日の当たる場所に出れば彼女の髪はなお美しく見えることだろう。皺のない同じく真新しい制服をこれでもかと完璧に着こなし、いかにもお嬢様みたいな容姿をしていた。
というか、お嬢様だけどね。
「桜花」
と、横から声をかける。彼女は肩をびくつかせ、おそるおそる振り返った。桜花は薫を見るやホッと安堵の息をついた。
そして、とてとてという表現が適切であろう足取りで薫に近づき、ぽすんと頭を胸に預けてきた。
やはり、人見知りの桜花には一人でいると不安なのだろう。
薫は甘えてくる彼女を優しく抱き、尋ねた。
「来る途中、彼を見た?」
緊張をほぐすようにやわらかく問う。
「ううん、誰も通っていない。やっぱり授業中だから?」
と、細い首を横に振る。はらりと髪が揺れ、蛍光灯の光が当たる場所によって艶色が変わった。
ホント、桜花は可愛いな。桜花のしぐさを見てついニヤついてしまった。容姿が綺麗な反面、自分へ向ける行動が小動物を連想させる。
「なんで笑っているの?」
桜花がちょこんと首を傾げている。
「ううん。なんでもないよ。それより」
「なんで話そらすの? 質問に答えて」
うーん、困った。本当のこと言うと、桜花怒りそうだし、何とかしてごまかせないかな。
「……」
「ねえ、なんでなんで?」
僕に言い訳を考えさせてくれる暇すらあたえず問い詰めてきた。
「……」
さて、どうしよう。適当にごまかしても、桜花はすぐ見破ってくるしなぁ。
「……」
「……」
じっとこちらの返答を待っている桜花。薫は見つめられる黒い瞳から視線を逸らせずにいた。
二人の間で沈黙が流れる中、ポケットの通信機が音を立てる。
助かった。と心の中で感謝しつつ、通信機を手に取る。
かすかに、ヘタレと非難の声が聞こえた気がするが気のせいだろう。
『お二人の近くに目標が接近しています。どうぞ』
ついさっき通信していた女性からだ。
声音が冷ややかなものであることに疑問を持ったが、顔を上げるとその答えがあっさりと解決した。天井に取り付けてある防犯カメラがバッチリとこちらに目を向けているではないか。
薫は苦笑いとともに、内心通信者へ謝罪する。
「今、どのへんにいます? どうぞ」
『校舎裏、職員駐車場です。そこから校門にまわると思われますね。……学校から逃げる気ですね。どうぞ』
「了解。あとはこちらに任せてください。以上」
通信を終え、無線機をポケットに戻す。
「しかしこのやりとり、どうにかできないかな?」
「あの先輩のことだから、変える気はないんじゃないかしら」
「ですよねー」
「もう、防犯カメラだけで追いかけられないだろうか……」
「町中だとそれが難しいから訓練も含まれているって言ってたじゃない」
「それで捕まえられなければ本末転倒じゃない」
「まあ、そうなんだけどね。会長たちには」
今回の任務は参加している全員が初となる。そのため、任務ついでに場に慣れるための訓練を取り入れていた。要は各自散開して情報を集めるというものだ。
なんて古典的な手法だと思ったが、一般学生に防犯カメラのデータを好き勝手使えることなど稀だ。ましてや、魔術などといった科学を覆すものが相手となると尚更各自の力が必要となるだろう。
昇降口を二人で出る。一度桜花を見ると彼女は頷きを返してきた。
「よし、それじゃあ」
「うん」
二人は右手を前に突き出して紡ぐ。
『我が契約し龍よ、闇よりその姿を現せ!』
召喚呪文を唱えると突き出した二本の右手の前に青紫色の魔法陣が浮かんだ。
グゥラァアアッッッ―‼‼
咆哮が響き、その魔方陣を突き破るようにして異界より魔獣が姿を現した。
全長(頭部から尻尾まで)二十メートルほどの赤と黒の龍。薫が召喚したのは赤龍で、名を〝ダウゼス〟という。よく中国の絵に書かれるようなスタイルをしているが、どちらかと言うと西洋の龍のイメージが強いシルエットであった。腕の後ろに二対四枚の翼を生やしている。桜花のは黒龍〝ガウゼス〟。〝ダウゼス〟とは違い、背に六枚の翼を生やしているのが特徴だ。
魔獣の登場で、校舎の窓が開けられ、なんだなんだと生徒たちが身を乗り出して龍を物珍し気な眼差しで見る。
二人と二体は校門に向かって走り出した。
お読み下さりありがとうございます。これにて序章終了です。