五章3
朝日が昇りはじめ、うっすらと明かるみ出したことで、薫は目を覚ました。
いつものように視線をそらすと、時計ではなく襖が見えた。ここは家ではなく、紅葉館であったことをぼんやりと思い出した。
「そうだ、携帯……」
と、またいつもの感覚で脇に手を伸ばそうとするが、あるなにかに進行を阻まれてしまった。
「ん?」
そう。何かである。そこには携帯はもちろん置かれているはずもなく、
「もしかして……」
視線をそれに向けると、
「……またですか」
案の定、桜花がぐっすりと眠っていた。薫の布団で。
奥を覗くと布団はきれいにたたまれていた。
「僕のとなりは寝心地がいいのだろうか……」
最近思う疑問であった。
傍らに眠る桜花を起こさぬよう、そっと布団からはいでる。
「携帯は……」
昨日は着替えたあとそのまま寝てしまったので、おそらくズボンのなかだろう。
「……うわぁ」
もちろんたたんでいるわけでもなく、荷物と一緒に散らかっていた。
そこには桜花のも含まれていた。
とりあえず服をたたみながら自分のズボンをさぐりあてて、携帯を出す。
「六時か」
習慣がしみているため、よほどのことがないかぎりは寝坊をしない薫である。
「どうしようかな」
まだすやすやと眠る桜花を横目に服をたたみ終える。
事前に百合花さんとスケジュールの打ち合わせたところ、今日は午前中フリーで、午後は旅館の手伝いとなっていたはずだ。無償で泊まらせてもらうからそれくらいはさせて欲しいと薫が持ちかけたのである。
「かおる~」
「うん?」
ごろん、と寝返りを打ち、彼女は寝ぼけ眼をこちらに向けていた。
「おはよう」
返事は頷きで返ってきた。
布団からはいでてくると、こちらにずるずると移動してきて、
「……ねむい」
ぽふと頭を肩に乗せてくる。自然と桜花を抱きかかえる姿勢となった。
「まだ寒いから布団で寝てればいいのに……」
「薫の近くにいたい」
恥ずかしいことを平然と言ってくれる。
「それはうれしけど、風邪引くぞ」
「大丈夫だよ。薫が温かいもの」
寝ている間に暖房は切れていた。
「まったく……しょうがないな。桜花は――」
甘えん坊だなとは口に出さず心の中で呟く。
少なからず、自分にもそのけがあるのだから、人のことは言えないのであって。
薫はかけ布団を手繰り寄せると壁際に背中を預け、桜花の背中から自分までを包み込んだ。
「もう少しだけ、だぞ」
耳元で囁いてやると、嬉しそうに、
「うん」
とだけ返事をした。
桜花と掛布団の温かさで二人は眠ってしまったのであった。
***
場所は紅葉館食堂。
貸し切りではないためもちろん団体や個人客なども朝食をとりにくる。
指定席ではないため、空いている席を陣取るシステムと旅館としては珍しい。
生徒会一行は席を確保すると、ある問題について話し合いをする必要があった。
「さて、なぜ薫君と桜花君がいないのかについてだ」
そうなのだ。まだ二人が時間になってもロビーに現れないのでしかたなく食堂に向かったのである。
「基本的に彼らが時間を守らないことはありませんから――」
「と言っても、この前の戦闘でも遅刻してきたがね」
そうなのだ。放火事件の戦闘中に薫は盛大な遅刻をしているのだが、
「まあ理由は笑えたな」
「ええ」
皆に村沢の発見を知らせた薫はそのまま降下したらしいのだが、上昇時に真上でなく斜めに昇っていたらしい。
そこから急降下するとどうなるか。
「誰もいないグラウンド突っ込んだと」
「何と言うか……天然の気でもあるのかもね」
「それは八城ではない気が……」
「うーん……じゃあ、まだ寝ているのかもしれないわよ」
「ありえなくないですね。現に、こうして寝ている人がいますので」
影里の横に座る? いや寝ている木逆先生を見て全員納得する。
「しかし、もうすぐ朝食が運ばれてきてしまうぞ。誰か様子を見に行くべきでは?」
「じゃあ、見に行ってくれるかね?」
会長の振りに、うっと言葉を詰まらせる金西。
「第一、鍵がないでしょうに」
「部屋の場所もわからないわ」
「女将さんに頼んでみるのはどうでしょうか」
「それが無難だろうな」
「でも、百合花さんは忙しいんじゃないの? さっき厨房で見かけたのだけれど」
頼みの綱がいないのではどうしようもない。
そんなやりとりをしている間に料理が運ばれてきたのだが、
「あれ?」
出てきた数がぴったりなのだ。すると、運んできた女性から、
「残りの注文品はあとでお部屋にお届けいたします」
と言われた。
詳しく聞いてみると、百合花さんからの言伝だという。
「まあ、後で当人たちに聞けばよかろう」
と会長が締めくくり、二人のいない朝食が始まったのだった。




