五章2
正直、月菜一人を置いて旅行に行くのには不安があったので連れて行こうとしたのだが、彼女は休み中も部活があるということで断られてしまった。
少々過保護なところがある薫は現地に着いてもそわそわしていた。念のため、おじさんに頼んで誰か配置して貰うようにはしてきたので、大丈夫だと思いたい。
表情から察したのか、桜花が苦笑していた。
「薫、心配なのはわかるけど大丈夫だよ。お父さまも同じくらい過保護だもの。きっと鶴岡さんを派遣している気がするわ」
「おじさんはあの人を使い過ぎている気がするのだけれど……それなら安心ではあるが、なんか複雑だ」
誰が来てくれていたとしても、後でお礼をしなければな。
もうじき迎えが来るというのだが、車ひとつ走っていない大通りを見ていると、疑い深いものがある。
しばらくして、薫たちの後ろにある駅前のトイレから金西、影里、木逆先生の三人が帰ってきた。
「まだ来てないみたいね」
「そうなんですよ」
「これでは流石に冷えてしまうぞ」
5月とはいえ、山は都心より冷え込みが激しいので、なるべく固まって暖を取るようにした。
それから十分くらいして、桜花に電話がかかってきた。
どうやら夜間工事で道が塞がれていたようで回り道を許容されていたらしい。
もうじき、到着するとのこと。
しばらくして、物静かだった道からエンジン音が響いてきた。
小型の運用バスのようだ。バスはロータリーを回り、薫たちの前に停車する。
すると、スライド式の扉を開け、
「ごめんなさいね。随分待たせてしまって」
運転席から降りてきた女性は申し訳なさげに言ってきた。
「いいえ、道の工事はお姉さまのせいではありませんから、謝らないでください。それに無茶を言ったのはこちらですから、顔を上げてください」
珍しく、真っ先に対応したのは桜花だった。この二人が並ぶと本当の姉妹に見えてしまう。
彼女――百合花さんは桜花の母親の妹で、叔母にあたる。続いて薫も挨拶をした。
「お久しぶりです、百合花さん。突然の訪問で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「ええ、薫君も大きくなって。本当に久しぶりですね」
と、ほがらかな笑顔を見せてくれた。顔立ちは本当に桜花に似ている。
相変わらず洋服の上から和服をはおっている姿だった。
「皆様、初めまして。砂峰温泉のひとつ、紅葉館の女将をしております。神奈崎百合花と申します。ここは寒いですから、どうぞ中に入られてくださいな」
一行はバスへと乗り込んで、旅館を目指したのだった。
***
砂峰の温泉宿、紅葉館に着いたのは一時を回ったころだった。
外見はホテルのようだが、中に入ってみると和洋折衷の造りになっている。
「もう、遅い時間ですので今日はお休み下さい」
と、百合花さんは部屋の鍵を四つ渡してくる。
「桜花、任せましたよ」
「は、はい……」
どうやら部屋の案内は僕らがしなくてはならないようだ。
「部屋割りどうしますか?」
「まず、男女別……ああ、君らは同じで構わないとも。と、先生でいいだろう」
「了解です」
まだコミュニケーションに欠ける桜花を引っ張りながら、薫は部屋の方面へと歩きだした。
会長たちの部屋へと案内した後、薫と桜花の二人は別に割り当てられた部屋へと向かっていた。和室で薫が以前、泊まったことのある部屋である。
冷え切った身体は暖を欲していたので、入室するとすぐに暖房を入れた。
荷物は部屋の隅にまとめて置いて、部屋をぐるりと見渡す。ふつふつと、懐かしさがよみがえってきた。
奥の障子を開けると、窓は霜で覆われていた。この向こうには中庭があり、秋になると紅葉を堪能できるベストポジションでもある。
霜を見るのは入試前以来久しぶりだった。
「何も変わってないな」
寒くなってきたので障子を閉める。
そして、いそいそと布団を敷いている桜花を眺めることにした。
こちらの視線に気付いて、桜花はむっ、と顔をしかめる。
「見てないで手伝って」
「分かったよ」
彼女にならうように自分のを桜花の横に敷き終え、持ってきたジャージに着替えると布団にもぐりこんだ。
まだ冷たいが、身体をやわらかく包み込んでくれた。
これなら、すぐにでも眠れることだろう。
手元のリモコンで照明を消すと部屋は月の薄明かりに照らされた。
「おやすみ」
「おやすみなさい」
二人はそれ以上言葉を交わさず、次第に襲ってくる睡魔に身を任せたのであった。
次の投稿は年明けとなります。




