五章1 唐突な旅行
「と言うわけで、真夜中にはじけてみようか!」
「ご近所の迷惑になるのでぜひともやめてください。副会長」
放って置くと今にもはじけ飛んでしまいそうな長瀬に、薫は釘を刺した。
今丁度、午前零時を回ったところなのだ。こんな時間に騒がれたらご近所さんから苦情が来るに違いない。
「だってだって、さっきまで春の暖かな空間が、いきなり秋のような寒さに一変したんだよ! こんなことがあって普通でいられますかっ!」
駄々をこねる子供のように副会長は暴走を始めた。飛び跳ねる度にその双丘が揺れているのが目の毒なので視線を逸らす。がらりと変化した気温に副会長のテンションは急上昇したようだ。
確かにこの場所の空気はひんやりとしていて、まだ冬の名残があるように思える。
「あなたはもともと普通じゃないですよね?」
「む、ひどいな薫君は。ねー桜花ちゃん、私って普通だよね?」
「……変ですよ」
寒さを逃れるように薫に密着している桜花はボソッと呟く。
みごとなダブルアタックが炸裂し、長瀬はあんぐりと口を開いて固まっていた。淑女としてあるまじき表情をしているが、誰も突っ込むことはしなかった。
黙っていれば誰もが目を引くほどの美貌とポロポーションを兼ね備えているというのに、薫からすれば残念美人代表でしかない。
「う――うわーん。忍ぅ、皆がいじめるよー」
後輩二人に相手をしてもらえず、幼馴染に助け舟を請うが、
「うーん、こればかりは俺もフォローしがたいな」
駅の改札口付近の柱に背中を預けるように立っていた会長は、僕らのやり取りを苦笑しながら見物していた。
そう、駅なのである。
ここはいつもの南星市ではなく、二県ほど跨いだ先にある砂峰市という街。そのなかの某駅のロータリーに生徒会一行は来ていた。
話は少し戻って、一週間前。
事の発端はいつものことながら長瀬真里亜の一言である。
***
村沢の事件から一週間が過ぎた。
新入生は徐々に高校と言うものに慣れ始めていき、校舎内がざわめきだす頃合である。
その放課後、生徒会メンバーはいつも通りに業務をこなしていた。徐々に業務も慣れ始めたのだが、やはり会長たち2人に多くの負担を強いてしまっているのは申し訳ないところだ。
全員が作業をしていて、なおかつ特に話す事もないため生徒会室は無言の空間が広がっていた。
作業場が静かなほうが薫としては作業がしやすい状況なのだが(多くの人が当てはまるだろう)、ふと視線をそらしてみると約一名、この雰囲気を好まず落ち着きのない人物がいるようだ。
そして、こういう空間をぶち壊すのも大抵この人だったりする。
「みんなー、親睦会やろうよ!」
と、前置きもせず欲求を投げてきたのは我らが副会長様、長瀬真里亜先輩である。
そして、静かだった空間は彼女の一言によって誰もが手を止め、瞬く間に静寂へと変貌したのだった。
こう突然振ってきた場合、誰かが反応しないと自己完結して行動を開始してしまう恐れがあるため、薫は話を繋げることにした。
「親睦会をやること自体には賛成ですが、何時、どこで、が抜けていますよ」
「それはみんなで決めるから言わなくていいの」
今回は元から自己完結するつもりはなかったようだ。
「そうですか」と相槌を打つと、視線を他のメンバーに向ける。ほかの人たちは薫が相手をしているのをいいことに自身の業務を再開していた。
雰囲気からしてほかの人たちはこちらから話を振らなければ無干渉らしいので、無理やり巻き込むことにしようか。
「だそうですよ。皆さん、どこか候補あります?」
薫の問いかけにまたも各々の手が一瞬止まったが、再び作業に戻っていった。
皆、冷たいです。誰でもいいから反応してくれると思っていたのだが、今回は無干渉を貫くようだ。
薫が寂しい表情を浮かべた。
「そうだな……ならば温泉などどうだろうか?」
それを見てか、先陣切って参加してくれたのは会長だった。作業机を見てみると、処理済みの入れ物に書類がどっさりと積まれている。どうやら彼の仕事は落ち着いたようだ。
会長もこういうイベント系は好きだから、うまく話の終着点を見つけてくれることだろうと期待する。
「……温泉ですか」
少々高校生としては渋いチョイスだが、会長は案外さまになっているのではなかろうか。
「うむ。先日の事件で皆疲れているだろうからね。休息もいまひとつとれていないだろう?」
確かにそうだ。この前の事件以降、魔警の方に事件の詳細を報告したり、学院用に報告書を作成していたりと、せっかくの土日も潰れてしまっていた。
ちょっとした慰安旅行としては確かにいいかもしれない。
「では異論が出ないようですので、煮詰めていくことにしましょう。八城君の言うとおり、何時、どこで、を決めましょうか。目的は分かっているのですから、皆さんの日程も踏まえて早めに決定しておくべきです」
キーボードを打っていた影里さんはこちらを向きはしないものの、話をまとめるように動いてくれた。
「そうだな。して、会長。あなたが提案したのだから、どこに行くのか候補はあるのだろう?」
電卓を操作しながら金西は問う。それに対し会長は首を振った。
「残念ながら、今回は私も当てがある訳ではないのでね。ただの思い付きだよ」
だそうだ。温泉の場所事態はネットを使えば調べられるので後回しにしてもいいのだが、
「いつにしますか?」
親睦会なのだから全員参加でなければ意味がない。日時だけは合わせる必要があった。
「薫君、来週からゴールデンウィークだよ。休みは短いから課題とかもないし。そこにしようよ!」
と、副会長から提案が出た。
「……ふむ。私は依存ない」
会長に続いて「ああ」「問題ありません」と会計及び監査も頷いた。
薫は最近の処理に忙殺され、すっかり忘れていたが、来週末からゴールデンウイークに入る。週末のよりはゆったりした日程で計画できることだろう。薫は桜花に視線を向けると頷いてきたので、特に予定を入れていないことが分かった。
「僕らも大丈夫です」
そうして、長瀬の親睦会案は全員一致で可決されたのだった。
「さてと……あとは行くとこを……」
薫が言い終わる前にツイと袖を引っ張られた。
横を向くと、桜花がなにやら言いたげな顔をしていた。そして、すぅっと小さな頭を上げ、耳元で、
「砂峰温泉」
とだけ告げた。
「砂峰……ってあの?」
薫の脳裏には幼いころの記憶の断片がよぎる。
「そう。うちの所有地だから、お金もかからない」
正確には所有地ではなく資金提供した施設であり、自由に使用が可能という意味なのだが。学生にとって、費用を最小限にできるのはありがたい。
それに県外ではあるが、自分たちの知らぬ土地ではないため、安全性がある。
「うーん、もうっ! 見せつけてくれちゃって!」
副会長が横槍を入れてきた。
外から見ると二人の顔の距離は触れるか触れないかのギリギリなところだった。
しかし、長年一緒にいた二人にとってこの距離は必然であって、特に気にすることではなかった。
「別に見せつけてはいませんが……」
「仲のよろしいことで」
影里さんが冷たい目を向けてくる。
あれ? 何か悪いことでもしたのだろうか?
会長なんか夏でもないのに「暑いねーここ」と、手で自分を扇いでいた。
金西は無言で俯いている。
「で、何を相談していたのか我々にも話してほしいのだが?」
「あっ、はい。県外にある砂峰市の温泉宿はどうでしょう。そこは神奈崎の顔が利くので――」
机からがたいのよい身体を乗り出して、こちらに詰め寄ってくる。
「それはつまり、無料! タダなのかっ!」
あまりの行動と声量にビクッと桜花が震えた。慣れてきたとはいえ、唐突に迫られたりするのには抵抗があるようだ。
「元也」
影里は熱くなった幼なじみを一言で諭す。
「む、すまん」
金での一時的興奮が治まったようで、席に戻っていった。
んっ、と会長が咳払いをしたことにより場が落ち着いたところで、薫は説明を続ける。
「という訳なので、会長と副会長両名の要望をかなえられるのですが、どうですか?」
一応は問うてはみるが、彼らの表情からして異論はなさそうだ。
代表として、会長が答える。
「申し分ない提案だ。ぜひともお願いしたい」
とのこと。
「桜花。叔父さんのとこに連絡入れておいて貰える? こんな直前だと部屋空いていないほうが多いだろうし」
「分かった」
かくして、生徒会の親睦会は幕を開いたのである。
さて始まりました。五章スタートです。




