四章8
薫とダウゼスペアは屋上でガウゼスの咆哮を聞くや、下を見渡す。
近くに村沢がいるのだ。
『いたぞ。あそこだ』
いち早く発見したダウゼスはクイと、顔で東側を示してくれた。
「よし」
うっすらと肉眼で確認し、頷くとダウゼスの背にまたがった。
「作戦通りに」
『了解』
もうじき村沢は校門までたどり着くだろう。
桜花たちが足止めをしてくれるので、その間に全員をこちら側に集めて包囲網を形成する。
ダウゼスは足裏で屋上を蹴り上げ、一気に飛び上がった。
この身体こそ、村沢が発見された証となる。
ダウゼスを確認した生徒たちは一度、影里に合図を入れてこちらに向かうよう支持してある。空からでは人は点のようにしか見えない。それでも彼らの動きを見られることに薫は驚愕した。
ある程度上昇したところで止まり、下に視線を向ける。どうやら、桜花が戦闘をはじめたようだ。
こちらからでは詳しく様子を確認することはできないからだ。
村沢の魔法攻撃に対して、桜花は結界魔法で対処しているようだ。お互いに高レベルであることが証明されるかのように、周囲のものが次々と被害を被っていた。
すると、学院全体にアラーム警報が轟いた。
『緊急事態発生! 緊急事態発生! 職員は速やかに生徒の誘導をお願いします』
「まあ、これだけドンパチすれば、いくら広くてもばれちゃうよな」
校舎では生徒たちが面白半分で窓から現場を眺めていた。
遠くて、さっぱり見えないだろうに……。
生徒の避難を眺めていると、腰の携帯端末が震えた。
「はい」
『影里です。たった今、全グループがあなたを確認しました。三分以内には包囲網が形成できますよ』
この報告は作戦が最終段階に入ったことを表していた。
「了解しました。これより、八城薫……双剣獣士は龍使いに参戦します」
『御武運を』
「この別名、どうにかなりませんかね?」
『私に聞かないでください』
「ごめん。じゃ、行ってくる」
通信を切ると同時にダウゼスは自由落下を開始した。
一方、桜花対村沢の対決は硬直状態が続いていた。
お互いが同レベルであることを認識したようで、魔法攻撃を止め魔力温存を図ったのである。桜花側にとっては皆の捕獲準備の時間に余裕が生まれたこととなる。作戦が滞りなく進んでいるのであればもうじき包囲網が完成するてはずとなっている。
みんな、うまく動いてくれているかな――
ふと、桜花は思う。
「ふう、ここまで追い込まるとはな。さっきから周りにうじゃうじゃいやがる」
周囲を覚ったのか、村沢はため息をついた。どうやら気付かれたようだ。
「まあいい。どのみち、長瀬に追いかけられた時点で、逃げ場が無くなるのは解っていたからな。あいつの性格、ねちっこいからな」
そう言って、スッと右腕を桜花に向かって突き出した。
『我が契約し魔獣よ、闇よりその姿を現せ!』
突如、紫がかった魔法陣が出現し、至るところから咆哮が轟く。そして魔法陣より、狼型の合成獣が顕現したのだった。
「まだ、魔獣を呼び出すだけの魔力がありましたか」
桜花は素直に村沢を感心していた。戦闘を続けるらしい。
「そうですか……ですが、あなたが魔獣を召喚したところで、この戦闘が終わるとでもお思いで?」
「いや、思わねえよ。あんた見た目より強えからな。魔獣出したまま俺とやり合ってるんだからよ」
「なら、降伏して下さい。これ以上戦ってもあなたに利益はないと思いますが……」
「かもしれないな。ただ、ここで捕まるわけにはいかないんだよ!」
そう言ったとき、村沢の身体から黒いオーラが発生した。
『深淵なる闇よ、我、地に降り立つ戦人なり』
村沢は魔術詠唱を紡いでいく。
『汝らを滅する風よ、我の前に吹き荒れたまえ!』
「闇と風の混合結界魔法!」
そんな――二重属性だなんて。
魔法には多くの属性が存在する。
六大元素とされる、炎、風、地、水、光、闇の六属性に無理やり分類させている。
これは人類が分かりやすいようにしているだけなので、いまだに正体不明なものも存在する。
『我、天に賜りし戦士なり。女神よ、罪人を焼き払いたまえ!』
正体に気付いた桜花は彼に向けて雷魔法(これも属性が分からないものの一つだ。M・Lの発表だと、光と風の間らしい)を放つ。
が、途中で閃光は黒い霧に阻まれてしまった。
「残念だったな。これがあるかぎり、俺に魔法は届かないし、他の攻撃も通さない。」
「くっ、ガウゼスっ!」
『おう』
後ろで門番をしていた黒龍は長い尻尾を捻らせ、村沢に打ち付けようとするが、やはり阻まれてしまう。
「うそでしょ物理攻撃も届かないなんて」
「だから言ったろ。通らないって。ミュレット、焼き払え」
口に炎を咥え、一気に放つ。
『光は人を守る!』
咄嗟に盾を形成し、直撃を免れるが爆風にやられ華奢な身体は吹き飛とばされた。地面に叩きつけられ、バウンドしながら転がる。
「くうっ」
いくら鍛えているとはいえ、キツいものがある。
「おら、もう一発……」
「全員、撃てぇぇぇっー!」
突如、会長の号令とともに数十もの閃光が村沢に向けて放たれた。
「さっきから何もしてこないと思ったら、不意打ちかよ。だがなあ……ムダだムダだぁっ!」
両手を広げ、その場で一回転する。
彼の周りに渦巻いていた霧がだんだんと濃くなっていき、村沢を包み込んだ。
魔法は霧に触れると霧散し、無力化されてしまった。
「ミュレット、火炎祭」
主人の声を聞いた魔獣は一度咆哮し、身体を発光させる。次第に顔前に魔力が溜まっていく。
「やれ!」
先ほどのを真似るように、炎を吐きながら回転させる。
「防御魔法を!」
「「「「うわっ!」」」」
指令より速く、炎が到達してしまった。委員たちは吹き飛ばされていく。
しかし、彼らはやけど以外の傷が増える事はなかった。
『土は我らに恵みを授ける』
委員たちは地面に打ち付けられることはなく、すっぽりと包まれる感触を得た。アスファルトで固められた地面はまるで腐葉土のように柔らかな存在へと変化していた。
「……金西……くん」
桜花は煙の立ち込めるなか、彼の存在を把握した。
「すまない、遅くなった。防御は私にまかせろ」
彼の一声は吹き飛ばされた戦意を呼び戻した。
止まっていた攻撃が再開される。
「真里亜、あれを破る方法、何か無いのかね?」
学院トップに君臨する長瀬ならば分かるのではと聞いてみるが、
「分からないわ。発動前に止められればよかったのだけれど……私、食らったことないから」
とのこと。
「しかし、方法がないとまた逃亡されてしまうぞ」
「彼の魔力切れを狙うのはどう?」
「いや、難しいだろう。あの霧は一度発動してしまえば永遠と守り続けるタイプのようだ」
対処のしようがなく、黙りこんでしまった。
「なんだよ。もう終わりか? 威勢の良い割りにはこんなもんか?」
と、不敵な笑いを見せている。仮にも学院元二位の実力者なのである。長瀬とは魔法詠唱のスピードの差で劣ってはいるが、それ以外はイーブンなのである。
魔法を連続発動させることで足止めをしている。
「我々では手のほどこしようがない」
会長の言葉は、重く暗い沈黙を引き起こした。
「そう言えば……薫くんは?」
「うん?」
長瀬の疑問はもっともだった。この場にいるべき人物が戦闘に入ってから姿を現していないのだ。
「そう言えば、さっきからいないね。皆、彼の龍を見て集まったというのに」
「ああ静華、俺だが、八城がどこにいるか知らないか?」
『えっ……まだ来ていないの?』
情報屋もビックリのようだ。
「ああ。一体、どこをほっつき歩いとるんだ?」
まるで、迷子の生徒を探す教師のように、金西は言う。
『最後に私と会話したのは屋上だから、随分たってるわよ』
「ははは、まったく、どこに行っているのかな。彼は……おや? 着いたみたいだね」
そういって会長は空を見上げた。それを聞いた金西たちもならって見上げた。
時刻は二時をまわろうとしているらしく、若干西に傾き始めた太陽の中から黒い点が見えている。それは次第に大きくなっていき……赤龍の姿がはっきりと見えるようになったとき影が二つに分離した。
「切り裂け、舞姫!」
それらは着地とともに、結界を切り裂いた。
「なっ!」
突然の空からの襲撃に目を丸くする村沢。
すくっと立ち上がり、九十度回転。両手の刀――舞姫を鞘に戻し、
「遅くなりました!」
見事なまでの謝罪であった。
そして、薫はまだ立てないでいる桜花のもとへ駆け寄ると、抱き起こす。
「ごめん、遅れた」
申し訳ない気持ちを顔に出して謝る。
「……間に合わなかったのには怒ってる。でも、来てくれたから、そのぶんは引いてあげるよ。でも、ゼロじゃないからね。後で覚えておいて」
怒っているようなそれでいて喜んでもいる顔をして言った。
「それで十分だよ。ガウゼス、桜花をよろしく」
と、いままで門番に徹してした黒龍に向けて言った。
『ふん、遅かったな。さっさと行け。そして仕留めてこい。それが絶対条件だ』
「わかった」
傷ついた桜花を黒龍に任せ、薫は村沢の方へ歩いていく。
そしてくるり、と村沢に向き直ると、
「村沢さん。放火現行犯、施設破損の罪であなたを拘束します」
「はっ、やれるならやってみな……ミュレット!」
村沢はすぐに立ち直り、攻撃命令をする。
「ダウゼス。魔獣の相手、暫く頼んだ」
『了解』
そういってダウゼスはミュレットに掴み掛かる。
魔獣たちが戦闘を始めるのを確認し、腰に吊ってある相棒を抜き放った。
刃こぼれ一つない刀は昼間の太陽光を浴びて、凛と輝いている。
「お前……どういうことだ? なぜ、結界をき、切れた?」
まだ結界が破られたことに狼狽している村沢は薫に問う。
「その問に答える必要はないな」
薫は冷たくあしらった。
彼は僕の大切な存在を傷つけた。それに先輩たちにも危害を加えた。……切る理由としてはそれで十分だ。
「さぁ、始めましょうか―――無魔力戦闘を!」
そう言うと、薫は足にぐっと力を込め、地面を蹴る。一気に加速し、村沢に迫る。
『闇よりい出し絶望よ、我に力を授けたまえ』
またもや黒く光りだす村沢。だが、今回は両手に魔力を集中させ――誘っているのか?
刀を構える。すると、こちらの攻撃範囲手前で魔力を放ってきた。
二発ともよけるが、さらに二発飛んでくる。
薫はそれを、左手を持ち上げて一閃する。
弾は見事に切られ、消滅した。
「どういうことだ?なぜきかん!」
諦めが悪いのか、何度も投げてくる。そのたびに薫は打ち落としていく。
「そろそろしつこいですよ」
「知ったことかっ!ミュレット、こいつの相手をしろ!」
今までガウゼスと戦っていたミュレットは炎弾でガウゼスに距離を取らせると、飛び上がり、薫にタックルを仕掛けてきた。
咄嗟に刀でバツをつくり、受け止める。ガキンと、金属と歯がぶつかりあう。
そのまま、顔前に魔力を溜めていき、放たれた。
「薫君!」
足止めをしていた会長らが叫んだ。
炎弾は地面をえぐり、砂煙を撒き散らす。
すると、煙のなかからバキッと、何かが折れた音がしたのだ。
次第におさまっていく砂煙。
ボフンと、煙から回転しつつ、何かが飛んできて地面に突き刺さった。
その正体は歯である。
「もう一本!」
右手を斜めに振り下ろす。スパッと、歯を切ると支えが無くなり再び魔獣がタックルをしてくる。薫は右に転がることで、タックルを避けた。
「ミュレット、音速波」
主人の命令を聞き、咆哮をあげる。すると、凄まじい風が薫を襲った。
「がっっ」
物理的な広範囲攻撃に防ぐ間もなく、後方に吹き飛ばされる。
『おらよ』
薫の背中をがっちりと、ゴツゴツした腕が支えてくれた。
「ありがと」
赤龍に礼を言うとさらに、「ダウゼス、極炎弾!」
『おう』
炎弾より大きい炎を赤龍は放った。
ミュレットは回避ができず、直撃をくらった。
「この戦闘、終わらせましょう」
凛、と冷徹で低い声が一帯に響き渡る。
普段は聞くことのない怒りに満ちた声音だった。
ミュレットはもう、先ほどの威勢を持ち合わせていない。村沢も、顔色が優れていなかった。
攻めるなら今だろう。
だらり、と地面すれすれに刀を構え、腰を落とし前傾姿勢をとる。
目を閉じ、身体が熱くなっているのが分かる。
不敵な笑みを浮かべ、カッと、一気に開くと駆け出した。
「でぇぇぇい!」
ゼロ距離まで詰め、一対の刀を振るう。
双の刀は、まるでなにか旋律を奏でているような、それでいて、剣と身体はそれを知っているかのように流れ、怒りと哀れみの交差するその場所で……紡いでいく。
薫はその事を意識しているだろうか?
否。
自然と本能が身体を動かし、両の刀を振るっているだけ。脳内は、怒りと哀れみだけが混じり、ただ目前の魔獣を切り倒す事だけが広がっている。
すぐ傍では、桜花とその相棒が逃げないよう見守り、御川と長瀬は今までに見せたことのない惚けぶりである。
魔獣の体力は召喚者の魔力に比例しているため、村沢の顔はすでに疲労で満ちていた。
ミュレットは右腕を振り降ろす。
と同時に風圧が薫を襲った。
しかし、薫は腰を低くして重心を移動させることで持ちこたえ、剣で受け流し、爪を地面に突き立てさせる。分かりにくいが、ミュレットの表情が歪んだのを薫は見逃さなかった。薫はすかさずミュレットの懐に潜りこみ、両手の剣を柔らかい腹に真っ直ぐに突き込んだ。
致命傷である。
ミュレットは声を発することなく、崩れ落ちた。
「貴方の負けです。村沢鉄さん」
そう言うと、倒れたミュレットの下に魔法陣が展開された。身体が淡く光りだし、粒子となって存在が薄れていく。
魔獣が戦闘で負けた場合、魔力で構成された身体はその場で分解され、魂は魔界へ帰るというシステムだ。
村沢は地面に倒れた。
魔獣が召喚者の命令なしで消えるということは召喚者の魔力が無くなったことに等しい。
「くそがっ」
村沢はなんとか立ち上がろうとするが、そのたびに地面に突っ伏している。やはり魔力も体力も限界のようだ。
「さて、村沢鉄さん。今回、我々は貴方を魔警に引き渡します」
いつのまにか、会長が村沢のそばに立っていた。
「村沢さん」
魔獣を帰した桜花が声をかける。
「今回の行動により、M・Lは貴方に魔術の使用制限をかけると思います。
ですが……どうか、貴方の魔……ミュレットを大切にしてあげて下さい。彼は貴方に戦って欲しくなかったのでしょう。魔力の使い方を間違えば召喚した本人が死に至る場合があります。いくら魔力量に長けているからと言っても、身体に無理をかけ過ぎています」
桜花が魔獣の表情や声から悟ったのだろう。
確かに、戦闘中の表情はいいものではなかった。そりゃあ、斬り付けられたり、刺されたりすれば、少なからず表情は険しくなるが……きっと、魔獣と長く付き合ってきた桜花だから分かることなのだろう。
会長が連絡していた魔警が到着し、村沢は拘束された
規則委員会の初仕事は無事に幕を閉じることとなった。




