序章2
国立南星学院。
南星市にある国立校のひとつであるが、他の国立校とは違い特殊な場所だった。現代において基本的に学院と付く場所は魔力を持ち、なおかつ将来国を担う存在となるであろう有望な生徒を集めて養成する教育機関のことを指す。
だが、そのなかでもこの南星学院は異色であった。有望な学生を求めてはいるが、学院の方針として来るものは拒まずとなっている。そのため、入試試験に合格しさえすればどんなに落ちこぼれだろうと入学を許可されるという破格な校風を持っていた。とはいえ、入学後に努力を怠ることがあれば、学生生活を欧化することが難しいだろう。
贅沢にも周りは桜で囲まれている。新入生たちはこの桜を持って迎えられることとなる。校舎は私立よりも清掃が行き届き、公立とはとても思えないほど綺麗だった。中学から大学までエスカレーター制で、中高生は白と青を基調とした制服、大学生は私服とよくあるパターンである。全校生徒は6千人を超えるマンモス校であった。
その昔、生徒たちから「もはや全員私服でいいじゃないか」という抗議の声が挙がった。元学院長がその抗議に断固拒否したのである。そのせいか、「多分、校長の趣味だろう」と生徒の間で噂されるようになった。それを聞きつけた一般教師が学院長に伝えたせいで、午後に全校集会なんぞを開いて「自分の趣味ではない」と否定の意見を述べたという。だがそのせいで授業が二時間分無駄となった話は有名で、生徒たちや教師にとってはいい迷惑である。勿論、このことは教育委員会に伝えられ、その一月後にクビとなったのはもはや笑い話である。今はまともな人間が学院長を何代か続け、一躍進学校として発展した。そんなエピソードを持つ学院である。
昼食後の授業は生徒たちにとって気力を無くしてしまい、教師たちにとっては苦しい時間帯である。
4月だというのに空気がじめじめとしているのは温暖化の影響が強まったせいなのだろう。そんな中、八城薫は掃除用具棚の中にいた。
身長175センチと高校生としては平均よりちょい高いくらい。まだ幼さが残るその顔にはしっとりと汗が浮いていた。用具棚の中でずっと待機していたのだから当たり前ではあるのだが。
今年入学したばかりで、制服も皺が少なく新しい。しかし、他の生徒とは似ても似つかないものがあった。彼の腰には一対の刀が腰から吊るされていたのである。黒を基調とした柄と鞘の長刀、もう一方は白を基調とした短刀とほぼ一色ずつしか使われていないシンプルなデザインをしている。柄の部分にはMLと書かれたロゴが刻まれている。この二本は今まで彼とともに歩んできた相棒達だ。
なぜ武装をしているのかというと、ある任務の最中なのだった。
薫は棚のわずかな隙間から廊下を覗き、周りの様子を観察していた。
「本当に、ここで待機していて標的がくるのかな?」
薫はごく普通の疑問を浮かべた。許可が出ているのだから堂々と校内を徘徊すればいいのに、こうしてとどまっているのは先輩からの指示だからだ。
薫はこの指示が先輩が面白半分に出したものに違いないと思えてならないので、後で抗議することを決めた。棚で待機すること二十分、制服のズボンポケットで通信機が着信を告げてきた。クソ狭い中、薫は器用にポケットから小型の通信機を取り出して、小声で話し出した。
「こちら〝双剣獣士〟。 どうぞ」
自分で言うのも恥ずかしいが、今回の作戦は個人名を使わないとのことなので仕方ない。これもあまり意味のないことだが、付き合うほかないだろう。あの二人がそろって始めると、誰も止められないのだから。
ザザザとノイズが漏れ――続いてソプラノの声が返ってきた。
『T3が目標と接触し、逃げられたそうです。どうぞ』
「そうですか……じゃあ、T3には引き続き目標の捜索をするようにと伝えてください。どうぞ」
『……了解です。では、〝龍使い〟と合流してください。彼女は今、1F美術室前に移動してもらいましたので。そこで待機していてもらえますか? どうぞ』
「了解。通信終了」
通信機の電源を切ってポケットに押し込む。
そして棚のドアを蹴り開けた。ガシャと金属がきしむ音が廊下中に広がるも、ここに標的がいない以上音を立てても問題は……あった。今は授業中であり、教鞭を振るっていた先生が教室のドアから覗いてきて非難の視線を向けてきた。
薫はすみませんと頭を下げ、そそくさとその場を後にした。
薫は身体をかがめて一気に走る。そして音を立てずに階段を降りて美術室前へ移動を開始した。
「はあ、なんで授業サボってこんなことを。先輩、よく進級できたな」
入学早々の授業を抜け出してわけなので少し心配になってくるが、先輩が特権とか言っていたのできっと大丈夫だろう。
授業中の三年校舎に新入生が一人でいる光景は実にシュールであった。
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