三章2
一人と一体は南星市北部の空を徘徊していた。
空が赤く染まり始めたため、下を見ればぽつりぽつりと電灯が灯り始めてきている。
街には夕飯の買出しのためか人で溢れており、とても穏やかな時間が流れていた。
『いたぞ』
そんな景色を見ていた薫の脳に渋い男性の声が響いてきた。
薫は驚いて声の主を探すが、ここは上空であり自分たちの他に飛行している物体は見当たらなかった。
「ああ、そっか」
薫は目下に視線を注ぐと、ごつごつとした皮膚を撫でる。
『……どうした?』
「……そういえばお前、話せたんだな」
『忘れていたのか?』
単調だがはっきりと話せている。なんだが日本語を覚えたばかりで片言の外人とコミュニケーションをとっている気分になる。
召喚士と魔獣は魔力を通して繋がっており、言葉が通じずとも漠然と気持ちが伝わっている。しかし、薫は魔力を持たないため桜花が横にいなければ話せないと思っていた。
「ああ。まあ、ごめん。ダウぜスを召喚することがあまりなかったし。……で、どこらへん?」
『その下の商店街を走っている男だ』
微妙に会話がかみ合っていないが、通じるからいいか。商店街に視線を向けるとこの季節には不釣り合いなローブ姿の人間が走っていた。商店街には不釣り合いな姿で走っていれば目立ってもしかたない。
「先回りして道をふさぐぞ」
『了解』
ダウゼスが返事をすると同時に翼を少し折りたたみ、着陸態勢に移行。降下する。あまり人がいない商店街の出口付近に着陸すると、薫はダウゼスの背から飛び降り、着地する。商店街の人々は突然空から現れた魔獣に驚き、逃げ出す。この街では普段魔獣を見ること自体少ないので当り前である。
ローブを着た犯人は、薫たちの姿を見ると、背を向けて走り出した。
「待てこの!」
薫も走り出す。赤龍は驚いていた人々に『申しわけない』と言って、再び羽ばたこうとしたが、主が少し先で立ち止まっているのを見ると、ゆっくりと歩を進めて薫の後ろで止まった。
龍の視界には主人の薫と犯人だと思われるローブが映っている。それまではいい。
その先を見ると、犯人の通り道をふさぐように一人の女が立っていたのだ。
……誰だ? とダウゼスは思う。その答えは犯人が言ってくれた。
「……長瀬、真里亜。な、なぜここにいる」
震えた声でローブが言う。どうも声からは男っぽい。彼女は犯人など気にもせず、薫に向かってぶんぶん腕を振っていた。
「やっほー、薫君。どうしたの? 魔獣なんて召喚しちゃって。かっこいいね!」
そう。犯人の前に立っているのは南星学院最強と言われている魔術師であり先輩の長瀬・真里亜だった。
彼女の腕には二つの腕章がついていて、一つは生徒会のもの。もう一つは――なんだろう?
僕の視線に気づいたのか、自分の腕を見て、ああこれねという顔をして摘む。
「〝規則委員会〟」
「え?」
それって、まだ出来ていない組織のはずでは……?
犯人と思われる男は調子を取り戻したらしく、クツクツと笑いを堪えていた。
「なんだよ! その規則委員って。固苦しいなぁおい! ……そんで、あんたらは俺を捕まえにきたってことか?」
「ええ、そうよ」
背筋がぞっとするほど冷たい声で副会長が言う。さらに続けて、
「あなたは前に二件、家を破壊したわ。これについては一般の放火という件で勝手に処理されてしまったけれど」
「知るかよ」
男は否定するが、それに構うことなく長瀬は続けた。
「それだけじゃなく、私の可愛い後輩にまで手を出した。この罪――重いわよ!」
言葉が早いか、手が早いのか。
突然、男の頭上にいくつもの氷塊が現れた。
当然重さのあるものは重力にしたがって落下していく。そして氷塊は地面に勢い良く突き刺さっていった。
「……すごい」
あっけにとられていた薫は感嘆を漏らす。何がすごいって、詠唱がないのだ。気づくと魔法陣が浮かんで魔術が発動していた。氷塊が着地し、轟音を立てた。突然のことに商店街の人たちは逃げ出して、周囲は閑散となる。
音が収まると、野次馬も声を出せずしばらくの沈黙があった。
それを破ったのは魔術を行使した副会長だった。
「うっそー。逃げられちゃった」
てへ、と可愛げに舌を出し苦笑いをしていた。
「えっー!」
に、逃げられた?
あれだけの速度の攻撃を? ローブの男は詠唱していないのにも関わらず逃走したというのか。
「失敗だったなー。あの速さで対氷系魔法を使って来るなんて。予想外にも程があるわよ!」
いや、上から氷降ってくることは予想できるのだろうか。
暢気に解説しないでください! というより逃がしてどうするんですか!
「ということはだよ。相手もかなり高レベルのようだな。しかし対氷系ともなると村沢とは別人のようだ」
僕の後ろからまたも聞き覚えのある声がする。
「いたんですか、会長」
振り向けば、我らが生徒会長、御川忍が立っていた。
「ああ。学校帰りのついでに街を捜索していたら、なんと魔獣が空を飛んでいるじゃないか。これは何かあると確信したので、追ってきたのだよ。そしたら君がいるじゃないか。あの龍は君のかね?」
会長が問う。
「ええ」
「うむ」
『……』
どうやらダウゼスは言葉をかけるつもりはないらしい。
「そうでしたか。……じゃなくて! 犯人逃げちゃいましたよ!」
「それなんだよねー」
向こう側にいた副会長がいつの間にか僕の横に立っていて、相槌を打つ。続けて、
「さっき、黒フードが言っていたけど……」
黒フードとは、たぶん犯人のことだろう。
「私が事件について問い詰めた時、彼さ。『知るか』って言ってたのよねー」
「村沢とは別人だろう」
「うん、黒フードは村沢じゃない気がする。まともに話したことないから声分からないけど」
「では、模倣犯ということですか⁉」
「落ち着きたまえよ」
声を荒げた僕に割って入ってくる会長。
「別に真里亜は君の家を襲ったのが彼じゃないとは言っていない」
「……そうですか」
と薫は呟いてから、二、三度深呼吸をする。心の中で落ち着けと自分に言い聞かせた。そして、
「ダウゼス」
自分の背にいる魔獣の名を呼んで振り向く。
『なんだ?』
首を傾けて僕と視線を合わせてくれた。
「近くに黒フードの気配はあるか?」
『……黒フードとは何だ? 』
「そうだった。えっと、さっきの男のこと!」
『そうか。……ふうむ、確認できないな』
「そっか」
言葉とともに重い溜息が出た。
ここで捕まえていれば、この事件は解決したも同然で。……なのに逃がしてしまった。また犠牲者が出るかもしれないのに。そんな思いがぽつぽつと出始めた。
「ふむ。どうやら転移魔術のようだね。ここに魔術を使った形跡が残っている」
と会長が爪先で地面を指しながら言う。
「ほんとだー。対氷系魔術じゃなかったね」
え? と思って振り返ると、二人は現場検証をしていた。
会長がしゃがんで、地面を触っていて、副会長は会長の周りをぐるぐると回っていた。相変わらず良く分らない人だ。
さて、と会長が前置きし、話始めた。
「ここでどうこうしていても時間が減る一方だ。だから……今日は諦めて帰ろうじゃないか!」
「「ええっ!」」
僕と副会長が声を揃えて驚く。
「だってそうだろう? 転移魔法でどこ行ったんだか分らないのに、探すのは時間の無駄だろう? それに、事件が起きてくれた方が逆に追いやすい。一応ランクの高い生徒には再度注意喚起するとして、一度学院へ戻って村沢がどんな魔術を使えるのか再度確認する必要があるな」
というわけで、今日は家に帰ることとなった。
続きです。




