序章1
初投稿となります。
四月に入ってから一週間が過ぎた月曜日。
桜が咲き乱れ、風が吹くたびに花弁が空に舞う。花弁が路面いっぱいに広がり、敷き詰められた石畳がかすかに見える程度の桜の絨毯を作り上げている。開花宣言から1週間経った桜並木のなかには、早くも花がすべて落ち枝だけのもある。しかし、それを除いたとしても幻想的な景色を堪能できる場所として地元では有名である。
ここは”南星学苑”という、ちょっと特殊であるが名の知れた進学校だ。先週に新入生を迎えて賑わいを見せていたが、今はまた別の騒動が起こっていた。
校門から校舎までの道のりに桜が並んでいる。その数多くの桜を利用して、身を隠している少年がいた。白と青を基調とし、右肩には桜を意匠した刺繡がある制服を身にまとっている。春先で気温は上昇してきてはいるが、まだ肌寒い季節であるというのに彼の黒髪は汗でしっとりと濡れ、あまり手入れをしていない寝癖立った髪も今は萎れていた。
少年は肩から息をしつつ、目を鋭くさせながら周囲の様子をこまめに確認している。彼の眼には桜とその脇にうっすらと駐車場が見えるだけで人影はなかった。それもそのはずで、今の時間帯は授業中。完全に通らないとは言えないが、圧倒的に人通りの少ない期間であると言える。
人影が見えないことを確認するや、彼は少しだけ身体の力を抜きその場に座り込んだ。
「くそっ……何で学校に逃げこんでいるのがばれたんだ?」
地面に落ちた花びらに八つ当たりの視線を向けながら愚痴る。
数分もすれば呼吸が落ち着き、冷静に思考できるまで回復した。下手に町から出るよりはしばらく身を潜めてから出ていく方がいいと踏み、学園に身をひそめることに決めたがそれは間違いであると今なら確信できる。
その時は妙案だと思って決行した自分に嫌気が差す。現に奴らと鬼ごっこをする羽目になっているのだから、やはり数日前の自分を殴ってやりたい気分だった。
やや自暴自棄になり始める少年の耳に、駐車場から声が聞こえてきた。
「いたぞ、こっちだ!」
「今度こそ捕まえてやる!」
少年同様、制服を着た三人がこちらに走ってくる。彼らは〝規則委員〟と書かれた腕章を左腕に巻きつけていた。
「チィッ、もう来やがったか。雑魚がわらわらと増えやがって……」
実際に彼はそれなりの実力を持っている。万全の状態であれば遅れをとることはないだろう。しかし、今は逃走中の身であり体力も魔力も底を尽き掛けている。だからといって素直につかまってやる義理はない。少年はただ逃げるしかない道を選んでしまったのだから。
少年は僅かな休息を終える。
「ここで戦闘はしたくはないんだが、仕方ねえ」
少年はその場で立ち上がると、向かってくる彼らの方向へ右手を突き出し、呟いた。
『我が制約し魔獣よ、闇よりその姿を現せ』
静かに紡がれた旋律とともに、突き出した右手から青紫色の光が溢れ出る。上下左右に散らばった光は弧を描き、円を形成すると中に幾何学的な図形を描き始めた。わずか1秒足らずで不気味に光を放つ円――魔法陣が浮かんだ。そして、ゴォッ! と地面を揺さぶるほどの咆哮がどこからともなく響いた。
木々に止まっていた小鳥達が驚いて一気に空へ飛び立った。敷き詰められた桜が一層舞いあがる。その瞬間、魔法陣を突き破るように巨大な爪がズルリと突き出てきた。さらに牙、頭、身体と抜け、黒い獣が地面に降り立った。
大きさは10メートル前後であろうか。狼を思わせる灰色の身体と、この世のものではないと主張しているかのごとく特徴的な鋭い牙を持っていた。それは口の先から地面すれすれにまで届く程長い。まるで、刃のような牙である。
「ま、魔獣だ!」
規則委員の一人が叫んだ。
魔獣とは、魔術師が異世界から召喚できる生物の総称である。召喚できる種類は召喚者の魔力に依存しているため、千差万別と言える。
「ミュレット、焼き払え」
魔獣にむかって少年が命令すると、魔獣――ミュレットがもう一度咆哮した。
それだけで彼らは震え、一歩後ずさる。
途端、ミュレットの全身を包み込むように淡い緑色の光が発生した。
この正体は魔力である。
魔獣が口を開くと、その先を中心として光が集まって球体を作り出していく。その魔力の塊は一定にまで増幅するや、ボッと爆発して炎の塊に変化した。僅か1秒未満の出来事だ。
炎が規則委員会たちに放たれる。
『光は人を守る盾』
三人のうち唯一の女子が前に出て呟くと、手の平に黄色の魔法陣が浮かんだ。魔法陣から光が溢れ、球体を作り出す。
彼女は光を炎に向かってがむしゃらに投げつける。すると、光玉は空中で厚い壁へと変化したのだ。
光の壁は炎弾と衝突し僅かに魔力が反発する。しかし、炎に押し負け、壁は割れてしまった。
「えい、えいっ!」
少女はがむしゃらに光球を投げ続け、炎をせき止める。
そのたびに爆発し、周囲の桜を散らせていく。
爆破の反動で砂煙が発生し、ついには地上の四人を包み込む量になった。
彼らの視界は完全に薄茶色だ。
「いったっ! 何も見えないよ」
「おい、風を起こせ!」
「チッ、わかってるよ。『風よ! 我が配下となれ!』」
もう一人が両手の平から緑色の魔法陣を展開し風を操っていく。砂煙は風に流され、視界が段々と回復していった。
「「「ああ!」」」
砂煙を取り除いた先、目の前に立っていたはずの少年と魔獣の姿はすでに逃走していた。
「くそっ、逃げられた! あいつ、これを狙ってやがったな」
「……仕方ないよ。委員長に報告だね。」
「……うん」
「今の戦闘でこの場所に気付いた人がいるとは思うけど、それでも一応ね」
少女は少年の消えた場所を見やると、腰にぶら下げている無線機に手をかけた。
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