僕、死んじゃう!
森は静かで薄暗かった。
この森はいつも何かを秘めている。
そう、いつだったかお父さんが言っていた。
山に続く森を抜けるための道がこの村には存在しない事になっている。
けれど、本当は一つだけある。
母さんの所へ行くためにお父さんがこっそり印を残してくれていたのだ。
少し大きめの杉の根元に僕と父さんしか分からない傷がつけてある。
等間隔に続くその木をたどりながら歩く。
息が上がる。
一時間ほど僕は歩き続けた。
下ばかり見ていた僕の足元に光が射す。
ほのかなぬくもりが首の辺りを撫でていく。
「お母さん!」
顔を上げる。
乱立していた木々の隙間が広がり緑色の絨毯が広がる。
僕はいつの間にか走り出していた。
「お母さん! お母さん!」
何十キロも続く森の真ん中に突如として草原が現れている。
そこが僕の目指していた場所。
段丘のあるそこを叫びながら走り回る。
丘の一番高い所まできて、
「お母さん、出てきてもいいんだよ! 僕しかいないんだから! お母さん! 僕しか…いないんだから」
悲鳴に近い声で叫び、息が切れて足がすべり膝を着く。
「…僕だけなんだよ?」
涙が浮かびダダをこねるように地面を両手で叩き転がる。
何度来ても、お母さんはどんなに呼んでも現れてくれない。
一人で来れば自分だけにでも姿を見せてくれる気がいつもしていた。ラビエルド、と名前を読んで抱きしめてくれる。
それは、いつも村の子供達がしてもらうように。
たったそれだけの事なのに僕はしてもらった事がない。
「お父さんもお母さんも僕の事が嫌いなのかなぁ」
泥と草の混じる涙を汚れた掌で擦る。くしゃくしゃの顔と髪のまま起き上がる。
「もっと、いい子じゃなきゃ…会ってくれないの?」
立ち上がると、下のほうに広がる森へと続く草原と、白い沢山の花が見える。
僕は下へ行くためなだらかな所に足を向けた。
けれど、それは上手くいかなかった。
本などが沢山入ったバックが大きく揺れて僕の背中を押す。
ぐらり、と体が傾いて気付いた時には僕は大きく空に向かって飛び出していた。
体がどこかにぶつかるのが怖くてぎゅっと目を瞑る。
「僕、死んじゃう!」
けれど、そんな痛いことは起きなかった。
僕の体は何か柔らかい物に包まれている。薄っすらと体温も伝わってくる。恐るおそると瞼を開く。
「大丈夫?」
知らない女の人が僕の体を抱きとめてくれていた。
けれど、僕はビックリして返事が出来なかった。
そこは、見たことも無いところだった。辺りがすべてとってもお天気のいい日の空みたいだった。地面が無かった。浮かんでる。
「僕、大丈夫?」
もう一度女の人が尋ねる。
「うん。僕死んじゃったの?」
思わず、訊ねてしまった。
いつか本で読んだ、死んだ人が行く世界に似ていたから。
「どうして死ぬの?」
女の人はクスリと笑い訊ねた。
「だって僕、高い所から落ちたよ」
「そぉう? 怪我してないわよ」
ふわりと体を外して女の人は僕の両手を握る。そうすると体が浮いて自分の体が見れた。
「本当だ。じゃあ、ここはどこ?」
「うーん。私には分からないわー。でも、私も誰かに呼ばれてきたのよ」
にっこり笑うと彼女はウインクをした。
金色の髪がふわふわと舞っていてとてもお茶目な感じがする。
「お名前は?」
「僕、ラビエルドっていうの」
「まぁ。ラビエルド…」
彼女は驚いて僕の顔をまじまじと見つめた。
そして一層笑みを広げる。
「いい名前ね。私の息子も確かラビって言うのよ。まだ、小さいんだけどね、かっわいいのよ~」
「なんでつれてきてないの?」
僕は思わず訊ねる。
小さいのにお母さんといられないなんて。
「…一緒にいたかったけど、残念ながら連れて行ったらダメ!ってダーリンに言われちゃってさぁ~私は大事に育てたかったんだけどね」
その言葉はショックを受けた。その子が可哀想だ。
この人は子供を置いて来たんだ!
「酷いよ! その子はお母さんといたかったのに! お母さん居ないと寂しいのに! どうして置いて来たの!」
彼女の手を払いのけて僕は叫んだ。
「…ダメなの。連れて行ったら、ダーリンも周りの人も悲しいわ。私が居なくなるだけじゃなくてあの子まで連れて行ったら…」
彼女は凄く悲しそうな顔で微笑んだ。
「居てあげればいいの! 寂しいの!」
「それは出来ないの。ごめんね。でも、大事に育ててもらえたらいい子になるわ。優しい子になるわ。」
凄く悲しくて僕はまた泣き出していた。
再び彼女の手が伸びてきて僕は彼女の腕の中に包まれる。それは味わった事無い優しさで、僕はしがみつく。
「あなたは私の誇り」
静かな声が降りてくる。
「優しい子ね。優しい人に育ってね、周りの人も大事にしてくれてるわ。一人じゃないのよ、ラビ…一人じゃない。」
彼女がオデコにキスをくれる。
「…お母さんなの?」
「ええ。そうみたい」
にっこり笑っていたずらが成功したみたいに笑う。
「どうして、いつも来てくれないの?」
「今、あなたに会えたことの方が奇跡なのよ。でも、これだけは言っておくわ。いつでも見てるからね、いつでも愛してるからね」
キラキラした笑顔がふっと変わった。
「まぁ、いけない。もう私行かなきゃいけないわ」
「どうして」
おどけた様子で腰に手を当てると、お母さんはおちゃめな威厳たっぷりに言った。
「神様がもう時間よ! って急かしてるの」
「やだ僕も行く!」
縋り付くと、そっと離される。
「だめよ。あなたはまだ来ちゃダメ。ダーリンがカンカンで私を怒るわ。だから、いつかその時が来たら迎えに来るわ」
「でも…僕、寂しいよ。弱虫だもん」
「あら、ダーリンと私の子供なんだもの絶対かっこよくなれるわよー。保証つき!」
ウインクをするとお母さんはぎゅーっと僕の体を抱きしめて僕の顔はお母さんでいっぱいになる。
「会えてよかった。周りの人を支えてあげられる人になるのよ。愛してるわ、ラビエルド」
眩しい光が急にやってきてラビは瞼を開けた。
先ほどまでいた水色の世界は高い高い所にあり自分は緑の上にいた。
「?」
「大丈夫?」
上から降ってきた声に顔を向ける。
「どうして?」
「あぁ、ラビを追いかけて森を歩いてきたらちょうど君が丘から転げ降りる所でさ、間一髪」
僕は顔をしかめた。
だってシンの顔は泥だらけで沢山傷が出来ていたから。
「違うでしょ」
僕が手を伸ばすとシンは穏やかに笑う。
「ラビが無事ならいいのでーす。それより、ラビはここに来たかったの?」
僕は体を起こす。
少しだけ体が痛かったけど、掠り傷のようだった。周りを見る。白い花が一面を埋め尽くしちょうど僕がいるところ中央に白い板が地面に突き刺さっている。なんだか少し曲がっているけど。
「悪いなぁ。ここに眠る人に思いっきり突進しちゃって助けてもらったんだ。怒ってないといいけど」
シンがそっと板を元に戻した。
「怒らないよ。笑ってたもん」
「? そうか、ならよかった。ここはとても綺麗なところだね」
お母さんの為に僕とお父さんがこの花の種を蒔いた。
大好きな花だから、ハニーも喜ぶさ。
少し、顔を赤くして言っていたお父さんの顔を小さかったけど覚えてる。
「シン、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして」
素直な言葉に眉を上げながらシンは笑った。
「お母さん、僕、こんな弱い人じゃなくてキフィやお父さんみたいなカッコいい人になるね!」
「え? 今のなんだよラビ」
シンが少しいじける。
「だって、お母さんの保証付だもん」
そういうと、シンが困った顔で天を仰いだ。
「僕って…」
つられて僕も空を見る。
優しくてカッコいい人になろう。
優しいお母さんと、かっこよいお父さんの子供なんだから!
おわり。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
2話完結です。
ラビエルドは家庭の事情ってやつで父とも暮らせていません。
本人も納得はしようとしていますが、幼い心には少し辛いのだろうな…というところから書いた話です。




