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10の短編

姿を変えて


 学校からの帰り道。突然、雨が降り出した。

 でも、遠くの空は明るかった。

「げ。傘なんて持ってないって」

 目の上に手をかざして、頭上の暗く分厚い雲を睨みつけながら太一は唸った。

「たぶん、通り雨だよ。近くで雨宿りしよ?」

 雫の提案に、太一は頷く。

「そうだな。――あ、そこのベンチなんていいんじゃないか」

 そう言い終わるかしないうちに、我先にと、太一は走っていってしまった。

 一人だけ残された形になって、ほんの少し、雫はため息をついた。

 小さな公園。あるのは、赤いブランコと青い滑り台。

 彼の指したベンチは、それらより少し奥にあった。公園の隅。ちょうどその上にある木々の、青々と濃く茂った葉が雨を凌ぐにはぴったりだった。

 雫が小走りで太一に追いつくと、彼はベンチの前でしゃがみこんで何やらブツブツと呟いていた。

「……どうしたの?」

 不審に思って訊くと、フフンと太一は得意そうに笑った。

「大丈夫だ。どこも汚れてない。制服でも普通に座れるぞ、雫」

 なんだ、そういうことかと、雫は笑った。

「わざわざ気にしてくれたんだ?」

「尻が濡れるのは嫌だろ、誰だって」

 ほい、と太一は手持ちのタオルをベンチにかけた。

 ギリギリ二人で座れる大きさだった。

「念のため、と。よし。これでOKだな。雨、すぐ止むといいな」

「そうだね」

 太一の隣に腰掛けながら、雫は頷いた。


 遠くの空を見上げる。

 雨は、まるで自分たちを避けるように降っていた。


(なんだか、わたしたちだけ取り残されたみたい……)

 たった二人だけの世界。

 心細くて、雫は両腕を掻き抱いた。

 視界に、誰もいない。ただ、太一が隣にいるだけ。

 すぐそばに。肩が触れるほど近くに。

(少しはドキドキしたっていいのに)

 こういうシチュエーションはあまりない。少女マンガでいう、すごくおいしいシーン。

(幼なじみで付き合っちゃうのって、現実ではありえないよね)

 まず、異性として認識できない。小さい頃から常に一緒にいる仲だから、何でも話すことはできる。

 でも、それとこれとは話が違う。


 自然と沈黙が降りた。

 さっきまで歩きながら喋っていた、他愛のない会話。

 なんとなく、それをするのは躊躇われた。

(だって、雰囲気違うんだもん)

 微妙に気まずくなっている。たぶんそれは、太一も同じだ。

「雨、止まないな」

「――うん」

 ただ、前だけを、空だけを見つめる。

 ふーっと、雫は息をついた。

 そして、目を閉じる。

(なんだか肌寒いかも)

 吐く息が白っぽい。

 ぽっかりと広がる青空に、思わず吐息がこぼれた。低い雲は眼下にあって、空にへばりつくような雲は遥か向こうにあって――

 地上と山頂では景色が違う。

 気が付くと、雫の頭上は青だけだった。

(あれ?)

 いつの間にか、周囲は非現実的な風景に様変わりしていた。

 綿飴のようなふわりとした白雲の隙間から、山の緑がいくつも見える。

 雫のいる場所は、それらよりも高い所にあった。

 どこかの山頂。どこかの展望台。初めての場所だ。ここがどこだかわからない。

(わたしってば、いつ、リフトに乗ってここまできたんだろう?)

 全然覚えていなかった。

 代わりに、というか妙に、今自分はここに立っている、という強い実感だけがあった。

「これって……現実、なんだよね?」

 意識ははっきりしている。夢じゃない。それでも夢ではないかと疑ってしまうのは、余りにも心が解放感に満ちていたからだった。

(なんだか、体がふわふわして気持ちいいな)

 雫は眠るように目を閉じた。

 視界が平らになる。

 次に気が付くと、雫は草を食べていた。

 青々とした爽やかな草原の中。すぐ隣の雄馬と同じように、しっぽを振って食べていた。

 ムシャムシャムシャムシャ。おいしいな。

 そう思っていると、隣の彼が思い出したように口を開いた。

「こうしていていいの? 日没までに帰らないと、もう二度と目覚めなくなってしまうよ?」

(帰る? どこに?)

 彼の言っていることが、雫にはさっぱりわからなかった。

 自分は馬。彼のそばにいることが一番の幸せ。

 拒むように首を振ったが、彼は急かすように鼻先で雫の胴を小突いた。

「僕の後についてきて。さあ、こっちだ!」

 彼は勢いよく駆け出した。その後を、必死に雫は追う。

 走って、走って、走って、走って。

 心臓はドクドクと早鐘のように打ち、肺は荒い息のせいで鈍く痛み、脚は鉛のように重くなった。何度か転びそうになったが、雫はそれでも走ることを諦めなかった。速度を全く緩めずに、まっすぐまっすぐ駆けていく。

 彼の白い背を懸命に追いかけた。

 雫はジリジリと、原因のわからない焦りに胸が焼かれていくのを感じていた。しかし何よりも彼を見失ってしまうほうが怖くて、絶対に離れたくなくて、力の限り走った。

 やがて太陽が地平線まで傾き、空は赤々と燃えた。

(あんなに綺麗な青だったのに)

 赤は次第に、二頭の馬の前に大きな門を形成した。よく見るとそれは鳥居で、奥にいくつも重なって道を成していた。

 その先にはあるのは、赤いブランコ。青い滑り台。

 公園だ。でも誰もいない。

「ここを潜って帰るんだよ」

 彼はペロペロと雫の顔を舐めた。

 まるで最後の別れみたいだった。

 堪らなくなって、雫は泣いた。

「一人はイヤ! 一緒に来て! 離れたくない!」

 大丈夫、と信じられないくらいのやさしい声音で彼は微笑んだ。


 きっとそばにいるから――……



「……おーい、雫」

 耳元で呆れた声がした。

 薄く目を開けると、太一の白いワイシャツが見えた。

「重いんだけど」

「……重いって言うな」

 思いきり太一の肩に体重を預けて眠っていたことに、雫は赤面した。

(そうだ。ブレザーを貸してくれたんだった)

 寒いとも何も言わなかったのに、太一は自ら上着を脱いで自分の肩にかけてくれたのだ。

『これ着ろよ』

 とても温かくて、ついウトウトと、雫はいつの間にか寝てしまっていた。

(……なんか余計に恥ずかしくなってきた)

 雫は自分の反応を誤魔化すように、太一の背中を抓った。

 いてててて、と彼が声を上げるのもお構いなしに、ふと目線を前に向けた。

 自分を囲む、木々の日陰の向こう。陽光にキラキラと光る地面の近くに、小さな虹を見つけた。

(わたし、帰って来たんだよね?)

 まだ少し現実と夢が混同しているのか、胸がドキドキしていた。


 それにしても。


 ぷぷっと、雫は苦笑した。

(「僕」だって。白馬の王子様か、つーの)

 秘めた想いに気づいてしまったことへの、戸惑いと恥ずかしさ。

 そして、ちょっぴりの安堵感。

 夢の涙に、雫の目は少しばかり潤んでいた。

 でもそこに映る虹の輝きは、はっきりと恋の色だった。

「――太一ね、馬になって夢に出てきたよ」

「は? 俺が馬? 何だそれ?」

 幼なじみでその気ナシと見ていた男は、おかしそうに笑った。


 雫は、太一に気づかれないように、そっとブレザーの前を引き合わせた。

 助けてくれてありがとね。

 その言葉は、心の中で呟くことにした。



読んでいただきありがとうございます!


本当は最初、雨宿りのシーンなんてなかったんですよ(笑)

でも「いきなり夢の話から入って、最後に虹ってどうなの?」って思ってしまって……。


急な展開でしたが、まあ、夢ってこんなものですよね(開き直り)

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― 新着の感想 ―
[一言]  太一のさりげない優しさがにくいです。  柔らかな雰囲気が好きです。    個人的にですが、「リフト」という単語が唐突に出てきてちょっとびっくりしました。  あと、「…… やさしい声音で彼は…
2011/03/22 23:07 退会済み
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