三.決着
遠珂はてっきり、皆が分かっていて白を切っているのだと思っていた。
錚雲がこの時機に礼の使節団を受け入れたのには、理由があると遠珂は考えていた。百年も前に祖国に戻れなかった一族の末裔が、交官に含まれているくらいで、長年にわたる国交断絶の方針を翻すはずがない。それはただの口実に過ぎなかったのだろう。
遠珂はずっと、その理由が気になっていた。
それ故に昨日、錚雲の首都・イーファンの市場を申し出た。錚雲側はわずかに逡巡したものの、最後には案内役として若手官僚を派遣した。
市場には、交渉の記録をまとめていた父以外の全員で赴いた。案内役の官僚は、遠珂たちが望むままに、彼らを先導してくれた。市場の店主や客たちも、自国の官僚や、一目で異国の出身を分かる彼らに、概ね好意的な反応を示していた。
だが、唯一気になったのが、体調の悪そうな者たちが遠珂たちを見かける度に姿を隠していたことだった。
さり気なく見ていると、咳き込んでいた者たちは、掌を見て安堵しているようだった。あれは、喀血の有無を案じていたのだろう。それらの症状は、先ほど述べた流行病のものに似ていた。
その特効薬の原材料は、礼の寒村部に多く自生しているものだ。
また、ちらりと覗いた屋台では、米を使った料理が多く、またその価格も他の料理と比べても格安と言えた。
数えきれないほどの種類の香辛料や、色とりどりの果物、塩漬け肉を売る店の合間に、米屋も多く並んでいたが、その価格は相場よりも随分低かった。
お世辞にも身なりが良いとは言えない人々が、他の品々には目もくれず米に群がっていたのが、印象に残った。
ちなみに、その様子をもっと近くで見ようと覗き込んでいたら、いつの間にかちゃきちゃきと場を仕切る女性に列に並ばされ、米を買う羽目になった。持ち帰ることは出来ないので、案内の官僚にそっと差し出してみた。
「あの、良かったら……」
何とも言えない顔で米の入った袋を見下ろし、固辞した青年を見ながら、遠珂はじっと物思いに耽った。
(錚雲では今、主食である米が、叩き売りに近い価格で売られている。
それはつまり、価格破壊を引き起こすほど、米が余っているということではないか──)
礼には米が足りず、錚雲には余っている。錚雲では薬草は採れないが、礼では何もせずとも勝手に生えてくる。
余っているもの同士ならば、互いの利益が、一致する。
父は実際の市場を見ていないので、気づいていなかったのは分かるが、上官たちは彼と同じものを見ていたはずだ。
そして錚雲側も、市場の様子を隠す素振りもなかった。
ということは、今日の会談は、お互いの現状を認識し、落としどころを見つける予定調和の話し合いだと思っていた。
ぽかんとした彼らの顔を、遠珂は同じようにぽかんとした顔で見詰める。ちなみに、父の顔色は真っ青を通り越して、土気色になっている。
(……もしかして、はっきり言うの、まずかったのか?)
今更ながらに遠珂が冷や汗をかき始めると、目線のあった錚雲の官僚──ラナという姓の青年が、不意に噴き出した。
彼の低い笑い声が、沈黙に包まれていた室内に広がる。
何故笑われているのか理解できない遠珂が、訝しげに首を傾げていると、彼は目尻に浮かんだ涙を拭って口を開いた。
「まったく……。温殿には敵わないな」
「はあ……」
独り言の意味が理解できず、遠珂が生返事をすると、彼はまた喉の奥で低く笑う。
椅子の背に身体を預け、彼は、礼国側の中央に座る、使節団の長である忠侍に語り掛けた。
「──先ほど、貴国の温殿が言われた通りです。
我が国は、薬草を欲している。そして、貴国は米を。互いの苦境を脱するまでの間、必要なものを融通し合うということであれば、我々には請ける用意があります。もちろん、適正な代金をお支払いいただけるのであれば、他の品も。
……貴国側は、いかがか?」
遠珂が思わず自国の上官を振り返ると、彼はじっとラナの目を見詰めていた。嘘や罠が潜んでいないか、見極めようとする老獪な目付きに、ラナは寧ろ満足そうに頷いている。
ここからは、上の者同士の話し合いだ。
肩の荷が下り、遠珂はふっと一つ息を吐いた。




