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一.外交使節団

(……どうしたものやら)


 眼前の相手――隣国の官僚は、冷ややかな笑みを浮かべて、こちらをじっと見据えている。「何をしに来た」、「面子(めんつ)は立ててやったんだ、さっさと帰れ」と言わんばかりのその笑顔に、こちら側は話の糸口を掴めずにいる。


 涼しい顔で微笑みながら、(おん) 遠珂(えんか)は、両国官僚の間で飛び交う火花に、内心頭を抱えていた。







 彼らの祖国である(れい)の西南に位置する国、錚雲(しょううん)

 遠珂たち外交使節団は、この国との交易を成立させるため、皇帝の命により派遣された。




 錚雲は、水と肥沃(ひよく)な大地に恵まれた穀倉地帯で豊富に獲れる米と麦、色鮮やかな鉱石や、それらを加工して作り出した染料を用いた交易で、発展してきた国だ。

 礼の前身である(ぎょう)王朝とは、この交易に助言を受けたり、米や麦の加工を教わったりするなど、長年友好関係にあった。


 しかし、百年ほど前、暁末期の政情不安に巻き込まれ、錚雲もまた、多大な被害を受けた。


 騒動から逃げるため、暁からの民が大量に流れ込んだ当初は、親身に受け入れていたものの、やがて彼らは錚雲国内で暴徒と化してしまった。これ以上の被害を防ぐため、彼らは東の国境を閉ざした。

 暁が倒れた後も、後継の王朝である礼国との交流を拒み続けた。



 交流が途絶え、途方に暮れたのは、広大な国土を誇る大国・礼の方だった。



 暁王朝時代、北端の寒村部は、長年敵対してきた北方連合国との間の、重要な緩衝地帯(かんしょうちたい)であった。ただし、大地は痩せ、一年の半分近くは雪に閉ざされるこの地域に、穀物は根付かず、その解決は錚雲からの米の援助に頼り切っていた。

 暁が倒れ、国を治める氏族が変わり、国名を(れい)と改めても、その地の重要性は変わらない。そして相変わらず、その地域は慢性的な食糧不足に悩まされていた。

 国土防衛のため、かの極寒の地に派遣した兵たちの多くは、乾燥肉が中心の食事に体調を崩し、短期間での交代を余儀なくされていた。


 礼の歴代皇帝も、様々な策を講じてきたが、成果は芳しくなかった。そればかりか昨今では、その寒村部だけではなく、礼の多くの都市で、主食である米や麦の不作が目立つようになってしまった。


 民の不安を受け、今代の端明(たんめい)帝は、歴代皇帝が形式的に行っていた錚雲(しょううん)への外交使節団派遣に、本腰を入れた。まずは当面の食糧不安解決のため、錚雲との交易開始を目指したのだ。


 端明帝は、官僚の不正や、錚雲の長年の門前払いなど、数々の困難に悩まされた。しかし、今年ついに、錚雲側に交渉の卓へ着くことを応じさせた。

 他国の外交特使との交渉において、いくつかの成果を挙げていた遠珂やその父は、この度の錚雲への使節団の末席に抜擢された。使節団派遣にあたり、先触れに持たせた申入書の起草にも、彼らは関わってきた。


 そうして端明十二年の春、彼らは錚雲の地を踏んだ。






 壮麗な模様の入った色硝子を背に、長方形の卓に着いたのは、錚雲(しょううん)の官僚たちだ。外交と農政を司る部署から、各二名ずつ。彼らの背後には、書記官が一名控えている。


 一方、こちらの人員は、いずれも典部(てんぶ)に属する官僚たちだ。使節団の長である忠侍(ちゅうじ)と、その直属の部下である統業(とうぎょう)が四名。補佐官が一名、通訳士が二名、さらにそこに、書記官を務める遠珂(えんか)の父が加わる。そして、恐れ多くも交渉官に任命されたのが、この中で最も言語能力に長けた、末端官僚たる忠業(ちゅうぎょう)の遠珂だ。


 もっとも、錚雲国内に入ったあとも、交渉の席までは遠かった。


(……それはもう、物理的にも、心理的にも)


 表向き、錚雲側の対応には非の打ち所がなかった。

 だが、訪問初日、歓迎の宴に参加した先方の官僚たちは全員、明らかに「何をしに来た」と言わんばかりの目付きをしていた。そこからさらに、歓待(かんたい)という名目の厄介払いが続くこと、早くも三日。

 (しび)れを切らした礼国(れいこく)側の要請で、ようやく今日、交渉の場が設けられたのだった。








 語学に自信のあった遠珂(えんか)は、通訳士をほとんど介さず、彼らとの会話に応じていた。だが、対峙する彼らの口からは、聞き馴染みのない言い回しや単語が次々に飛び出してくる。横目で自国の通訳士を伺えば、彼らも困惑の空気を隠しきれていないようだ。


(まあ、そうだよなぁ……)


 端明(たんめい)帝が即位する以前の約九十年間、錚雲(しょううん)とは、「交易に応じろ」、「嫌だ」という内容を儀礼的に装飾した文を、ひたすら往復させるだけであった。その間、想定以上に、先方の言語が変化していたのだろう。(ぎょう)時代の訳語集や、口伝(くでん)で言語を学んできた遠珂たちとは、会話がぎこちなくなるのも道理だった。


 一方、錚雲の官僚たちは、日常的な会話であれば特に不自由している様子も見せず、礼国語を操っていた。込み入った話題になると自国語に戻し、通訳に頼らざるを得ないようだったが、彼らの口から流暢な礼の言葉が出る度、忠侍は驚きに目を(みは)っている。彼らはどうやってか、礼の最新の言葉遣いを学んでいたようだ。


 錚雲は商人の国だ。言葉の表層と裏面を的確に読み取り、対話を通じて、互いの利の妥協点を探っていく合理性を重視している。その国を代表する者たちが、相手国の使節団の心理的優位に立とうとするのならば、こういう作戦で来るのは当然だと遠珂も思う。


 仕方がない、と遠珂(えんか)は腹を(くく)った。


 国の名を背負っているという建前上、慎重な言葉選びを徹底してきた。だが、これでは、(らち)が明かない。折角入国が認められたのに、手ぶらで帰国するなど、許されるはずもなかった。



 すっと背筋を伸ばした遠珂の視界の隅で、書記官を務める父親が顔を引き()らせている。その様子には気付かぬまま、遠珂は軽く咳払いをした。言葉はあえて、自国語に戻す。


「──シャグンの皆様方。我々を迎え入れてくださったことに、まずは感謝を」


 何を言い出すのか――驚く自国側の人間の視線を気にもとめず、遠珂は向かいに座した五人を真っ直ぐに見据えた。

 彼等の表情はピクリとも動かなかったが、遠珂が相手の国名を礼国内の通称ではなく、先方の言葉で正確に発音したことには、わずかながらの関心を抱いた気配を感じる。


 この国は、かつて「力こそが全て」の方針のもと、暴力で国土を平らげようとした騎馬民族から、国を守り抜いた商人たちを始祖(しそ)とする。

 その始祖が名付けた「福音」を意味する国名──「シャグン」を、彼らは何よりも誇りにしていると、遠珂は聞いていた。


 (おもね)るつもりは一切ないが、まずは、対話しようとする姿勢を見せる必要がある。


 遠珂と目線を合わせたうちの一人が、遠珂の言葉を受け、ゆっくりと口を開く。三十代半ばに差し掛かる頃と(おぼ)しき彼は、はっきりとした眉と二重の真っ黒な瞳に、一筋縄ではいかない雰囲気を(にじ)ませていた。彼の口から飛び出したのも、やはり錚雲(しょううん)語だった。


「……礼の皆様方には、遠路遥々、このような不便な地まで足をお運びいただき、感謝申し上げます」


 不便な地とは、ただの謙遜だろう。国内の道は、路地裏まで含めて平坦に整備され、首都・イーファンは成熟した活気で満ち溢れている。



 つまりこれは、「わざわざこんなところまで何をしに来た、とんだ無駄足だな」を、慇懃無礼(いんぎんぶれい)に言い換えたものだ。遠珂は内心で苦笑する。



 それでも、先程よりも格段に聞き取れる語が増えたのは、国名に敬意を表した遠珂に対し、伝わりやすい単語や言い回しを選んでくれたからであろう。


(固く閉ざされた扉に、ほんの少し隙間が出来ただけでも上等だ)


 遠珂は机の下で拳を握り、対話の対象を、言葉を返してきたこの青年に定めた。

 実際、隣国の交渉官の中では一番若く見えるが、彼らの様子を見るに、彼が最も高位にあるようだ。そして、誰よりも礼への敵意を抱いているようにも。


 まず、彼を攻略する。



 遠珂はまだるっこしいやり取りを嫌い、単刀直入に切り込んだ。




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