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シャルロッテとの出会い

少女と会えなくなってから2年が経っていた。

王太子補佐官になって多忙な毎日を過ごしながらも、時折公園へと足を運んだが少女と会うことは無かった。


(せめて名前さえ分かれば)


そうすれば持っている全ての力をもって彼女を探し、見つけ出せるだろう。


あの時意気地がないために名前さえ聞けなかった。

間抜けにもほどがある。


小さくため息をつき、そんなことを考えながら公園へと足を運んだ。


馬鹿王子であるルイスの尻拭いをして疲労困憊のルシアンを見かねた部下が、休憩を取るように計らってくれたのだ。


折角時間が出来たのだからと公園に来たので、先ほど東屋を覗いたがやはり少女の姿は無かった。


(……未練がましすぎる)


以前はストーカーまがいのことをして、今はこうして思い出に縋るように東屋に足を運んでいる。

正直、自分でもドン引きしてしまう。


王城へ戻る道すがらそんなことを考えて、心の中で苦笑していた時だった。


目の前を行く令嬢がひらりとハンカチを落としたのだ。


ただ、ハンカチを故意に落としたようにも見え、なんとなく違和感を覚えつつもルシアンはレースのハンカチを拾うと、その令嬢に声を掛けた。


「ご令嬢、ハンカチを落としましたよ」

「まぁ!気づかなかったですわ。ありがとうございます」


振り返った令嬢は鮮やかなピンクブロンドに合う鮮やかなピンクの瞳を大きく見開いてこちらを見上げた。


「あ、あの……お礼によろしければお茶でもご馳走させてください」


白い肌に少しばかり化粧を施し、上目遣いでこちらを凝視するように見てくる。


ただ、この様な不躾な視線を投げかけられルシアンはあまりいい気分ではなかった。

寧ろ「またか」と思ってしまう。


自惚れではなく、ゲームの強制力かこの顔は女性にウケがいいようで、何かにつけてルシアンに言い寄って来る女性が多かったからだ。


そもそもたかがハンカチを拾っただけなのに、お礼にお茶をしようとは意味が分からない。


それにこれから城に戻らなくてはならないのだ。

部下の好意に甘えるわけにはいかない。


そうでなくても馬鹿王子が全く仕事をしないために、こちらに皺寄せがきて仕事は積み重なっているのだ。


あの少女と会えないのであれば、一分一秒でも早く城に帰って仕事がしたい。


「いえ、紳士として当然の事をしたまでです。お気になさらずに」


努めて冷静にそう答えたのだが、ピンクブロンドの令嬢は肌の白さとは対照的にぷっくりとした色づきの良い唇を少しだけ尖らせて、また困ったような表情を浮かべた。


「実は……私、一人で屋敷から出たことがなくて屋敷に帰る道が分からないのです。屋敷まで連れて行ってくださらないでしょうか?」


たしかに周囲を見ても従者らしい人間はいない。

だが、着ているドレスは一級品で身に着けている宝石もかなり高価なものだ。

ということは箱入りのご令嬢なのか。


それにしても初対面の、しかも見も知らぬ人間『屋敷まで送れ』とは、なんともふてぶてしい。

とはいうものの、一刀両断に断ることもできず、とりあえず屋敷の場所を知るために令嬢の名前を聞くことにした。


「失礼ながら名前を伺っても?」

「はい! 私はシャルロッテ・ラングレンと申します」

「ラングレン……」


確か伯爵家だったと記憶している。

そして屋敷の場所も大体は把握している場所だった。


「なるほど。では辻馬車を手配しましょう。それに乗って帰られるといいでしょう」

「えっ! そ、そんな!」

「どうしましたか?」


「いえ。その……一人で馬車に乗るのは不安なのです。そんなに遠くまで来ているわけではないと思うので馬車を手配していただくのも」


「確かに、ラングレン家ならば遠くはないとは思いますが……」


遠くないと分かっているのであれば、この辺りの景色も見知ったものなのではないか。

そう思って戸惑いながらルシアンは答えた。


「では行きましょう!」


だがシャルロッテは突然、ルシアンの腕に自分の腕を絡めるようにして、グイと引っ張って歩き始めた。

その足取りは迷いのないもので、しかも確実にラングレン家へと向かっている。


シャルロッテは体をぴったりとくっつけてくるが、甘ったるい香水の匂いがして吐きそうだった。


一方ルシアンはさりげなく距離を置こうと体を引くと、その分だけ距離を詰めてきて、更に胸まで腕に押し付けてくる。

正直不快である。


(そもそもどういう了見でこんなことするんだ?)


このような男を誘うような行動を初対面の男にするなどあまりに軽率だ。


「失礼ながら、もう少し離れていただけるとありがたい」


「申し訳ありません。でも……歩きすぎたのか少しだけ足が痛くなってしまって。こうしていてもよろしいでしょうか?」


「足が痛いのであればやはり馬車を手配したほうが……」


「いいえ! 屋敷はそんなに遠くないのに馬車に乗るのは気が引けます。少しだけ……こうさせてくださいませ」


そう言ってシャルロッテは上目遣いでルシアンを見て来た。

痛みのせいかは分からないが少し目が潤んでいるようにも見える。


無理にでもシャルロッテを引きはがしたい気持ちはあるが、女性に対してあまり強く拒絶するのも紳士としては褒められる行為ではない。


それに足を痛めたから介添えして欲しいと懇願されては否とは言えない。

ルシアンは文句を言いたいのを我慢するが思わず顔を顰めそうになる。


「どうしましたか?」

「……いや、なんでもない」

「そうですか? そう言えばお名前をお聞きしていませんでしたわ」

「あぁ、俺はルシアン・バークレーと言います」

「まぁ、あのルシアン様ですか! ご婦人方の憧れの殿方にこんな風にご一緒に歩けて光栄ですわ」


その後もなにやら話しかけられたが、ルシアンとしてはあまり興味はなくただ適当に話を合わせた。


(というか、普通に屋敷に向かってるよな? 道案内が必要なのか?)


少々疑問に思いながらもシャルロッテと歩いているうちに屋敷へと着いた。


ようやくぺらぺらと煩い声と、つけ過ぎた甘ったるい香水の匂いから解放されることにルシアンは安堵し、そして一通り社交辞令を言った後、足早に城へと戻った。


(やばい、急がなくては。まったくこんなことになるならハンカチなど拾わなければ良かったな)


思わず悪態をついている時に、ふとなにか違和感……いや、既視感を覚えた。


シャルロッテの顔を見たような気がするのだ。

だが、どこで見たのかが思い出せない。


しかもそれははっきりと「見た」というよりぼんやりと「そう思う」程度で、よく考えればやはり見たことはないのかもしれない。


(まぁ覚えてないと言うのはその程度の関係だってことだな。二度と会うこともないし、気にする必要もないか)


そう考えると、ルシアンは城に帰ったらすぐに着手すべき仕事内容を脳内で整理しながら城へと向かった。

だが、このルシアンの考えは後日覆されることになるのだった。


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