城南事件帳
そんなコントを妄想しながら, 梅宮と女落語家のやり取りを脇で見ている羽生だったのだが、
「つまり、 草柳氏とはブロックチェーンの司会業 1回だけの接点だと」
「 ええ」
「 ところでこの世界に入られたきっかけは?」
「 演劇やってたんですけど、 なんか 手応えなくて。ある時、講師で来た プロの噺家が魅力的に見えてそこから飛び込んでうん十年の月日が流れて」
「ふうん」 梅宮は明らかに不可思議そうな面持ちで、「羽生君、ホトケの 自宅の部屋で何があったか覚えてる?」
「えぅ?」 いきなり話を振られて 羽生はちょっと ドギマギしたが、「部屋ですか・・ 状況を話しちゃっていいんですか、 捜査員以外に」
勘の悪いやつだな、と頭でもポカリとやってやりたかったが、そういうわけにもいかないので、「 いや、 ほら、あったでしょ、 思い出せないかな?」と 助け舟を出すも、
「何でしたっけねえ・・。ええっと~・・ ! あっ、そうだ。 エロビデオ」
「違う」言下に否定する ベテラン刑事。「 それじゃなくて・・」 ほら、 あれだよ、あれ。 渋面を作り、 口をもぐつかせつつも、心は後輩思いなのだ。が、せっかく、若いやつに 疑惑 追求のいろはを実践で教えてあげようってのに、目の前の若者は全く響かない。 もう、わかんねえかな、 ほんとにィ~
逆に女落語家の表情が一変した。「エロビデオ」の言葉が飛び出した瞬間、 品川亭飯盛娘の顔が、ㇵッ、と驚く「世界堂のモナリザ」と化したのだ。が、これに気づく者はだれもいなかった。
「写真ですよ 羽生くん、 写真。 ツーショット写真 あったじゃないですか!」しかたない。種明かしをするしかなかった。
「ありましたっけ? ・・」しばし、再考。どれくらいの沈黙があったろうあ。草野仁司会の番組で出演者に促す時間くらいか。それとも、カップラーメンができあがるほどか、はたまた、ちょうどいい具合に安納芋がほくほくになるほどか。羽生は、首を右に傾げたとおもったら今度は左に、というふうに、観察していてもこの男は一応 頭を使って、 西馬込のホトケの家を捜索した時の記憶を思い出しているのだな くらいのことは見て取れる感じだった。 確か、 松の木が玄関に植わってて、相当なお金持ちだな という印象を持ったんだよなあ、 純和風の 二階家で、唯一の肉親の母親は認知症で、近所の特別養護老人ホームに入居して・・
失礼ながら、いま現状においては、ホトケのご母堂様がどうだとか、特養がどうだとか、は関係ないのだ。しかし、 こういうことをいちいち なぞって行かないと結論にたどり着かない、というおつむが、羽生 刑事の難点でもあった。
「あっ、そうだ!」
「思い出したか?」
「ええ、梅宮さんに、私が『コサツ』っていったんですけど、それを勘違いされて」
「 そこじゃないっ。 もう少し前っ」
「『それは五木寛之ですよ、古寺巡礼でしょ、そうじゃなくてー』」
「それは後だよ。逆に、先送りしてるじゃないか。羽生君自身が言ったギャグでしょうが。そうじゃないよ。もっと、前。額に入った写真が」
「額縁ショー」
「 なんでそっち行くの?」
「浴衣姿、二人が」
「やっとだよ。そうそう、それですよ。ホトケと一緒に写っていた女性がだれだかわからなかったんだ。だけど、飯盛 娘さんの、手ぬぐいを首に当てる姿に、私自身が当てられたおかげで、さっとひらめいたんだ。 第六感を呼び覚ましてくれたんだよ。あなたはホトケと付き合ってたんだな、学生の頃から」
「・・」飯盛娘は黙ってしまった。
「 大学の落研時代に、あなたとホトケは出会っていたんだ。そうですよね」
「その通りですよ。 ええ、私たち付き合ってましたよ、 大学は違うけど、 落語研究会という 横のつながりで」認めた。
認めたついでなのか、 噺家だからどだいおしゃべりでしゃべらずにはいられないのかその辺のところは本人に確かめたわけではないので 定かではないが、飯盛娘は こっちからたずねずとも勝手に説明し始めた。
「 あくまで大学卒業するまでの 関係でしたよ。 卒業と同時に自然消滅という感じですね。 彼は国家公務員試験を受けて 役人になった。 私はといえば 演劇やったりアイドルっぽいことやったり、 あっちへ ふらふらこっちへ ゆらゆらで定まらなかった。 こんなんじゃダメだと25歳の時、 品川亭朝帰り師匠に弟子入りして、今に至るんです。 人より年食ってたのに余計に時間もかかって、 それでも なんとか二つ目になって。そしたら、朝帰り師匠が業界トップといっていい人気実力ともに兼ね備えた天才肌の 落語家だったっておかげで、かばん持ちでついていったテレビやラジオにも顔を覚えてもらって、ちょこちょこっと番組にも出始めた時だったんです。草柳君がたまたま聴いてたらしくて、局のほうに連絡が入って。それから、中央官庁のイベントの司会に呼んでもらうことが増えたんです」
「財務省に問い合わせると、草柳さんの上司が『いつも同じ女性落語家がやってくる』ってことで、調べたら、あなたと草柳さんと大学時代にたどり着いたんですよ」
「私、あの日、浅草演芸ホールでトリを務めて、そのあとは直帰して稽古したんです」




