城南事件帳
上野の鈴本の楽屋で, 売り出し中の女流落語家へ直撃することになったのだが、ついてこいと言われた 羽生は、まったく 背景がわからなかった。
「あの~ぅ、 梅宮さん、 いきなり、なんで上野の寄席なんですか、どうして女流落語家 なんですか? 流れが さっぱりわからないんですけど」
「いいんだよ、わかんなくったって。 のちのち、わかるから」
なんだか、 きつねにつままれた、というか、 トンビに油揚げ さらわれた、っていうか、飛んで火にいる夏の虫、っていうか、 何ともやるせない気持ちにさせられた 羽生だった。
「確かに仕事はしました。 ただ 接点はそれだけですよ。 おかげさまで NHK さんにも取り上げていただいて認知度も上がりましたし お仕事も増えて」
一席 終わって 楽屋に戻った品川亭飯盛娘が、 上気した顔に、 水に濡らした手ぬぐいを首の周りにあてながら、口も小さめのおちょぼ口をまるで錦鯉のようにとくにぱふぱふ息を吐いたり吸ったりしながら、見ようによってはヘンな想像が沸き上がりかねない様相で答えるものだから、 さすがの所帯持ちの梅宮も、ぞくっと、ぞくぞくっと、ぞくぞくぞくっ、ときてしまった。
うわっ、なんて色っぽい女なんだ、チキショー、これが仕事じゃなかったらなあ、完全に押し倒し・・いやいやいや、いかんいかん、くだらん妄想をしちゃいかん。トォアァァーッ。
のぼせたり、そういった自分の体たらくさに気合いを掛けたり、と、とにかく忙しい。忙しく頭の中で運動をしていた時に、いっぽうの、脇に控える羽生はというと、こっちもなにやらまったく落ち着かないふう。
畳に正座をしながら容疑者に話を聞くなんてことは近年あまり見られない。椅子の生活がほとんどなのだから当然だ。きっと、家でも正座することなどないがため、足がしびれて仕方ないんだろうと傍からみれば気の毒に思うところだろう。
が、実際の 羽生 刑事は違った。ムスコさんの、予期せぬ 暴れ太鼓をいかにして 消音させるかを 腐心していたと思いねえ。 こういうときの男ほど、 始末におけないものはないものなのだ。
たとえば、会議中。20代の男なら誰しも一度は経験があるだろう。 面白くもない 職場の40・50代の 上役が仕切る 会議に出席しては、その時間帯も運悪く 午後 一 だったりなんかして、すると、お腹が満たされているからどうしたって 睡魔が襲ってくるというのは人間の常なのだ。 結局、 どんなに頭を叩いたり、 腿をつねったり、 何とかして 眠気を追い払おうと頑張ってみたところで、生理現象には勝てない。勝てないどころか、 どうしたもんか、そういう時に限って、ムスコさんが 暴れ出すから、 これまた、始末におけない。
これは、ほんと、 女性ではなかなか理解できないことである。 しかるに、今一度 会議中、 眠そうな若手社員、 とくに学校出たての坊やがいたら、 彼の下半身に注目してみるといい。 まあ、 実際のところは、 テーブルの下で隠れているから、ペンか 消しゴムか ハンカチでも落とさない限り 覗くことなどありえないし、 また、 それこそ不自然な行動となってしまう。
だが、それについては心配ご無用。要は、そのまま、ことの成り行きを冷静に眺めていればいいだけのこと。 彼が船を漕ぎ始めたな、と思ったのも束の間、1分も経たないうちに、地震が起きることになる。 グラグラっ、グラグラっと重さ10キロは 楽にあるだろうと思われる会議用長テーブルが揺れ始めるのだ。
「おい、おい、地震だ。こりゃ、デカイぞ。 マグニチュード5強はあるな。 いいか みんな、頭を守って、 テーブルの下へ 隠れろ!」
そのように、 とっさの機転を利かせて、 部長が指示を出すはずだ。すると、 課員たちは メモする手を一時中断して、一斉に椅子からこれで落ちるようにして床に身を鎮めるのだ。 しかし、そうした 緊急事態においても、平然と椅子に腰掛けたままの社員が1人いることに 皆唖然とする。
「おい、羽生、 ダメだよ、 早く隠れろ。 天井が落ちてくるかもしれないぞ。 自分の命を守るのが先決だぞ」 部下思いの部長が そうやって一番歳 若い 未来ある若者に目をかけてやる。 なかなかいい上司である。 しかしそれなのに、 未だ 羽生は席を立とうとはしない、 で椅子に根が生えてしまったかのようである。
「おい、どうした羽生、テーブルの下に身を隠しなさい。 そうしないと、 ビルが丸ごと 倒壊するかもしれないぞ」
すると、気のやさしい 素直な性格の羽生はこう答えるのだ。
「 すいません、部長。 私も 避難したいんですけど、 テーブルとの間に引っかかってしまって立ち上がれないんです」
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