城南事件帳
恵係長は、ふか~くため息をついて、「君さ、出世したい?」
「えっ、それって、わ・タ・シ、 ドウスル・・イ・エ・ヤ・ス」 蚊の鳴くような声で呟くと、
「なに? いま、なんつった? なんか、大河のタイトルみたいなのが聞こえたんだけど」
「いや、なんでもないです」
「 君ね、羽生くん」
「はい」
「 出世したいんだったら・・」
体をコチコチにして直立不動。いっぽう、あっちのほうは、そんな余裕なんかないから、カタツムリみたいに 縮こまってしまった。固唾を飲んで次の言葉を待つと、
「えへんっ!」
いつにも増して偉そうに もったいつける係長。 いいから言うなら早く言ってくださいよ。 そう 投げやりな気持ちになりつつも、 お前はクビだっ、とか言わないでねと祈る気持ちの羽生に、
「おほんっ!」
もう一度、咳をかましてみせる 上司。 もういい加減にしてよ。 これ以上、 緊張させないでよ。
「 出世したいなら、 目の前の先輩みたいじゃだめだよ。 朝はちゃんと 時間通りに出勤して。それには、いい奥さんをもらわないと。明日仕事なのに求めてくるような、 そういうコントロールの効かない奥さんじゃあ、 警察官の奥さんとしては、はっきり言って失格ですよ」
よっぽど堪忍袋の緒が ボロボロに擦り切れていたんだな、と羽生はさすがに気の毒に感じた。
「 全く、何の言い訳もできません。 係長のおっしゃる通りです。 以後気をつけます」
愛妻までも 公然と非難された 梅宮 だったが、どうした わけか、取り乱すこともなく、 しおらしく己の非を認め、深々と頭を下げた。
「『 以後、気をつけます』じゃないよ。以後気をつけます、以後気をつけますって、何回言えば気がすむんだ。ボクは毎日聞かされてるぞ」
「いや、お言葉ですが、昨日は言わなかったかー」
「うるさい!」
「・・」上司の前でこれ以上ないってくらいに筋肉質の体を小さくまとめてみせる梅宮だったが、すっくと顔を上げ、目をまっすぐ相手の顔に向けて、「ただ、一言だけ、申し上げたいことがございます」
「なんだなんだ、急に。反論があるってことか? 私が言ったことに」いきなりのカウンターに若干気圧される上司。
「プライベートのことで誠に恐縮ですが、昨晩はなんにもございませんでした。妻とはなにもありませんでした。黙って就寝致したしだいです」
あまりにも開き直って反転攻勢されたものだから、こっちもそうはさせじと係長は、
「そんなこと、胸を張って言えることじゃないだろっ。言ってる意味、わかってんのか? だったら、なおさら、悪いじゃないか。遅れて出勤したことが。そうだろうが。よく、考えてみろよ。昨晩、奥さんとなんにもしなかったんだろ。そう主張したいんだろ。だったら、遅れた理由にならないじゃないか。なおのこと悪いってことになるじゃないか!」
そうだっ、しまった。完全に論破された梅宮はうつむきながらも、しまった、余計なウソ、言うもんじゃないなあ。そうだよなあ、たしかに、昨日カミさんにパジャマの首根っこ引っ張られたなんてことを素直に白状するよりかは、ウソついたほうがましかな、などと考えたんだけど、それが裏目に出たかあ。梅宮はつくづく己のドジさ加減が腹立たしくてならなかった。




