城南事件帳
「いったい、あいつは毎日毎日、職場をなんだと思ってるんだ?」
二日前に短髪頭を茶色に染めて出社したため、茶髪が職場の話題を独占した形となった恵三四郎係長だったが、本人の意図としては薄くなった毛の量をなんとか誤魔化そうと腐心したたまものにすぎない。しかしその本人が自覚しているかいないかは定かではないが、顔が貧相でおまけにチビときていたから、ただでさえ安っぽい風貌が余計に磨きが掛かっていた。そんななか、朝っぱらから朝礼に顔を出さない部下のことで、しわを寄せた眉間が、まるで、山出し海出しのバカが精一杯背伸びして、東京のバカヤロウと叫んでいるようで、防寒する者には哀れとしか映らなかった。そんな係長のカリカリした姿は、まるで取り立てに失敗した消費者金融やカモねぎだとたかを括っていたらまんまと逃げられた不動産屋を思わせ、課員の羽生大也は内心吹き出したくてたまらなかった。そんなところへ、息せき切って梅宮文太が現れたものだから、係長は、
「遅いじゃないですかっ! 何時だと思ってるんですか? 時間にルーズな奴は仕事もルーズって、ボクは口を酸っぱくしていつも言ってるでしょう、えっ! 梅宮君。わかってんのか? お前は?」
「わかっております。すいません」
品川区内に位置するJR山手線五反田駅から歩いて5分ほどの、山手通り沿いにある大崎警察署刑事課でのことである。
「謝って済むんなら警察いらないんだよっ! そうだろ」
ここぞとばかり、係長は身振り手振りで直属の部下の失態をあげつらおうと躍起だ。
「はい、係長のおっしゃる通りです」
「何度言えばわかるんだぁ、きみは?」
「以後、気をつけます」
「『以後、気を付けます』じゃないよ。以後気を付けます、以後気を付けますって、何回言えば気が済むんだ。ボクは毎日聞かされてるぞ」
「すいません」
この係長、しつこくて有名なのだ。同じことをくどくどと何回も繰り返す。体のなかにカバでも飼っているんですかと聞きたくなるほどまだ言うかを続ける。そんなねちっこい性格だってことを十二分にわかっているから、
「係長、お言葉ではございますが」
「なんだ? なんか言いたいことでもあるのか」
「いえ、私、『以後気をつけます』との言葉、昨日とおとといは言いませんでした。毎日ではありませんので、行ったのは先週の金曜と水曜と・・」
「やかましいっ! そんなことを言ってんじゃない。だいたい、刑事の仕事をなんだと思ってるんだっ! 昨日の夜は我らが大崎警察のお膝元、五反田有楽街でホトケさんがあがってんだぞ。ホトケさんが。そんな殺しがあったかもしれない大事な朝に、またも遅刻しやがって」
「すいません」
「あれか? また、カミさん? せがまれたの?」
「・・」
「図星か?」
「・・」
「きみのとこさあ、ウチとほとんど歳、変わんないんだよね。だいたいオレときみとは42歳で生まれた年同じだし。たしか、月が数ヶ月、オレのほうが早かったくらいでさあ。そうだよね」
「・・」(まぁ~た、ネチネチ攻撃が始まったぜ。こういうときはハイハイと頷いてやり過ごすしかないな)
「はい、面目ありません」
「よく言っといてよ、奥さんに。平日の夜は遠慮するようにって。明日の仕事に差しつかえるからって。そう『恵係長がおっしゃった』って。わかった?」
「わかりました」(普通言うか? 自分で自分の発言をつかまえて『おっしゃった』って? 往年のコメディアン由利徹だって言わないだろう。あっ、あれはオシャマンベか)そんなことをうわの空で思い浮かべる梅宮文太。
「それとも、あれか、俺がいい方法を教えてやろうか?」
どういう風の吹き回しかいままでここぞとばかりにカリカリして見せて、いかにも真剣に怒ってますみたいな体で、バカガキが都会の品も教養も備わっている大人たちに唯一対抗することが可能なと勝手に勘違いしている佐藤浩市ばりの眉間にしわ寄せ戦法から、ガラッと180度変わって今度はニタニタ笑いである文太は狐につままれた感じだった。