城南事件帳
国会議事堂や国会図書館さらには与野党本部がひしめくのは永田町だが、そこと、内堀通りを挟んだ反対側にある平河町二丁目の砂防会館に、財務大臣の個人事務所があった。砂防会館で有名なのは、ロッキード事件で現職総理として逮捕された田中角栄、さらには、後に同じく総理になる中曽根康弘が事務所を置いていたことだ。
大臣の秘書ならさぞかし折り目正しいツンとすましたエリート風な男かと思えば、なんのことはない、赤坂の花柳界で夜になると「お兄さん、どうですか、せっかく夜明かし来たんだからさあ、安くしときますよ」と声でもかけてきそうなキャッチ然とした、金髪頭で目つきの鋭い、痩せぎすの三十代くらいの男だった。事務所の応接室に通されるやいなや、梅宮が、開口一番、
「被害者と口論されたとお聞きしましたが」
すると、秘書は、いやしくも国民に選ばれた国会議員の下で仕える身とはほど遠い感じで、全身から警察が来訪したこと自体、不快だと言わんばかりに口をへの字に曲げて、一気に捲し立てた。
「こっちは先生の支援者夫妻から頼まれてたんだよ。 学校建設に当たって、 国有地を払い下げてくれって。草柳とも話ついてたんだよ。 それなのに、アイツ、『認められません』って態度を一変しやがって。 先生に恥かかせやがって」
財務省の職員の一存で 国有地払い下げのうんぬんが決まるわけでもあるまいし。まったくの逆恨みといってもいいだろう。
「昨日の夜八時から十時はどちらに?」
「疑ってんの? やだねえ~。 そんな バレバレなこと、しないよ。 いくら こっちが元チンピラ 上がりだからって」
聞いてもいないことをペラペラしゃべるのも秘書としてどうなのだろうか。 刑事二人は互いの目を見合わせるしかなかった。
大崎署に戻ると恵係長が、あっ、帰ってきた、という顔で、「 戸越銀座のコンビニのカメラに、 事件前日の夕方、 草柳が立ち寄る姿が映ってたって 連絡が入ったぞ」
「 なぜ 戸越? ホトケは 都営 地下鉄浅草線で 三つ先の西馬込駅ですよ。 途中下車 なんて 何でしたんだろう」
「するだろう、途中下車ぐらい。しちゃいけないのか?」
また始まった。恵係長の、子供じみた物言いが。この、背が低いちんちくりんの、顔も浅黒い、ごぼうのような係長は、自分が頭が悪いくせに、なにかと口をさしはさんでは、周りの人間を不快にする。きっと人間がバカだから、自分のバカを覆い隠すために、生来のコンプレックスも手伝って、強気に出るんだろう。刑事課の連中はそんなことは承知の助だから、あたらずさわらずで、「はい、さようで」とばかり、適当に持ち上げることにしている。
「 大変失礼しました。考えてみればそうですね。 途中下車しちゃいけないなんて 法律ないですもんね」梅宮も、逆に、係長の土俵に乗ってやることで、暗にこき下ろしてやるのだ。
「いや、そこまで、行ってないけどね、ボクは。そういう言い方はしませんよ、べつに。ただ、戸越と西馬込は立った3つしか駅としては離れてないから、気分転換に寄ったのかもしれない、とそういうこともあるじゃないですか」
「さすが、恵係長。その通りだと思います。ご明察ですね」
そこまでいわれると、察しの悪い係長も、「なんか、やりにくいな」と若干の抵抗を覚えるらしく、じゃ、頼むね、と丸めた背中を見せつつ、自分の席へと戻っていった。
「羽生君、進展ありそうだぞ。それと、ホトケのケータイに履歴があるだろうから、チェックしてくれ」
「はい」




