第十四章 代行人たちの裁き
オストンでセフィリアの処刑が行われている時。
同刻、アルハナ王国──バルゼット砦──
ここはアルハナ王国の堅牢なる要塞で、過去の戦ではどの国もここを落とすことは出来なかった。
そんな砦より遠くに離れたところでグリア軍は陣をはっていた……。
「さすがはアルハナ王国。そう簡単には突破できないな」
かれこれ約一週間ほど、ここバルゼット砦を攻めているガネッドの軍隊であったが、この砦を崩せないでいた。
「ガネッド将軍! 一体我らはいつまでここを攻めなければならないのですか?」
一人の兵士がガネッドの元に来て進言する。
「あの砦を攻略するまでだ」
「しかし、一向に崩せる気配がないではありませんか! 兵達の士気がどんどん下がってゆくばかり、ここは一旦引くべきではありませんか!!」
「これは陛下の命令だ。私がどうこう指図できる問題ではない」
「し、しかし──」
「聞こえなかったのか? これは陛下自ら望んでいることだ。我々が口答えできる権利なぞどこにもない!!」
それ以降その兵士は黙って、その場から離れていった。
(もう後には引けん。全て物事が赴くまま、身を任せることしか私には出来ないのか……)
そう思うガネッドはじっと目の前に大きく聳え立つバルゼット砦を眺めていた。
「貴様か! セフィリア王女に力を貸している剣士というのは!!」
一人のグリア兵がクロイドに向かって言う。
「だったらどうする?」
面倒臭そうに答えるクロイド。胸の辺りでセフィリアを抱えながら。
「皆の者!! 直ちにこの者達をとらえ──」
最後まで言い終える前に突然、どこからともなく降ってきた矢がそのグリア兵の首の辺りに──貫通する。首と口から血を噴出し、兵士はそのまま勢いよく倒れる。
「「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」」
「「う、うわあああああああああああああああああああああああああああああああああっ」」
民衆の中にいた何人かが悲鳴をあげ、それと同時に人々は右往左往散り散りになって逃げ去っていく。
「くそっ!! どこからだ。どこから矢が飛んできたんだ!!」
グリア兵達は混乱しながらも、辺りを見回す。そして今度は上空からさらに何十、何百本もの矢の雨が絞首台の辺りに降り注ぐ。
「ぐあっ!!?」
「ぎゃっ!!」
「ぐはっ!!」
「ああああああっ!!」
悲鳴を上げながら降り注ぐ矢に突き刺さりながら、死んでいくグリア兵。
「ええいいっ!! どこだ! どこから矢が放たれている!!」
「あっ!!?」
一人のグリア兵が驚いたように大声を出す。
「どうしたっ!?」
「せ、セフィリア姫がいません!! それにさっきの男もどこにも見当たりませんっ!!」
辺りにいたグリア兵は一斉に絞首台の方に視線を送る。確かに絞首台にはセフィリアとクロイドの姿がなかった。
「ええぇい、くそっ! 探せ! そう遠くには行っていないはずだ!!」
そしてグリア兵は散り散りになって探索しようとしたその時。
彼らの目の前にはいつの間にか、一人の少年が立っていた。背中に少年の身体より大きな剣──大剣──を背負いながら。
「何者だ!」
少年は口元を緩ませて、微笑する。
「なんだぁ、あんたら俺のことを知らないってのか? お前ら下々の奴らは俺の正体をしらねぇってか。じゃあ折角だ。特別に教えてやるよ。耳の穴かっぽじってよく聞いてろよ」
そう言って少し間を置いてさっきよりも声を張り上げてる。
「俺はコーデリア第一王子アルベルト・セルナ・ヴァンディッヒだ」
「!!!、コーデリアだと!?」
グリア兵の顔には一気に焦りを感じているようだった。それとほぼ同時になにやら遠くから喚声と地響きのような音が聞こえてきた。
ドドドドドドドドドドドッ……
そして音はだんだん大きくなる。
ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
アルベルトの後ろから、たくさんの騎馬兵がこの絞首台──もとい、アルベルト達のところへ向かってくる。それは鎧に十字架の印が刻まれていて──つまり、それらはコーデリアの国旗でありコーデリア兵だった。何百もののコーデリア兵が馬に跨り、こちらに向かってくる。
グリア兵達はあまりの突然な出来事に驚愕する。
「さ~て、グリアの末端兵士諸君らにこれから我がコーデリア、自ら制裁してやるよ。──覚悟しな」
アルベルトはそう言うと近くに死んでいたグリア兵の剣を手に取り構える。
「ひ──ひるむなっ!! 我らがグリアの意地と誇りを異教徒達に見せ付けるのだ!!」
一人が周りの兵達を奮い立たせようと、声を張り上げる。
「はっ! 言ってくれんじゃねぇか。俺らが神の代行人としてテメェらに裁きを加えてやるよ、泣きながら感謝しろよなっ!!」
そう言うと、後ろから来たコーデリアの騎馬兵と共にアルベルトはグリア兵達の元へと向かっていった……
街中で何人もの兵士の喚声が聞こえる。
「……あー、とうとう始まったか」
クロイドは建物の上からコーデリア兵とグリア兵との抗争をじっくりと眺めている。
「ねぇ」
セフィリアはクロイドに向かって問う。
「どうした?」
「一体何がどうなっているの? 町中のいたるところから喚声の声が聞こえるけれど……」
クロイドは町の方を眺めながら言う。
「コーデリア軍が、グリア軍を一掃している」
「コーデリア?」
「ああ。コーデリアの国内にある砦に援軍を頼んでおいてな。それで今彼らが戦っているところだ」
「こんなところで戦ったらここにいるたくさんの住民が危ないじゃない! 今すぐ攻撃をやめて!」
「安心しろ。住民はあらかた全員避難させている。さっきまで観ていた住民も避難させている。だから何も心配するな」
尚も町の様子を眺めながら言うクロイド。
「…………本当、なんでしょうね」
「ああ。大丈夫だ。一人残らず──「クロイド殿」」
クロイドの話途中に少女の声が聞こえた。セフィリアが後ろを振り返るとそこには黒髪の少女が一人立っていた。
「あなたは……?」
いきなり現れた少女に向かって聞くセフィリア。
「お初にかかります。オスティア王女セフィリア様。私はコーデリア聖国第一王子、アルベルト・セルナ・ヴァンディッヒ様の側近シェイラと申します」
丁寧に身体を前に九十度ほど折り曲げていう少女──シェイラ。そのままの勢いでクロイドに言う。
「クロイド殿。いくら我が軍の方が数が多いからといってそのまま傍観していることには、私は納得いきません。用事が済んでいるようなのでつきましてはこちらの方に助力していただきたいのですが」
「ああ。わかって──」
話の途中で突然、クロイドが黙った。
「クロイド?」
「クロイド殿? どうかされましたか?」
「……すまない。やるべきことができた。シェイラ……といったか。セフィリアを安全な場所に連れていってくれないか」
しばらく黙っていたクロイドが口を開いた。しかし、相変わらず背中を向けたままでこちらに顔を見せない。
「やるべきこと? それはなんですか? コーデリアに力を貸す以外に何が──」
「すまない」
「……分かりました。ではセフィリア様。こちらへ」
そう言ってシェイラはセフィリアを連れてこの場から離れる。
「クロイド? どうしたの? 一体なにがあったの?」
心配そうにクロイドに声をかけるセフィリアだったが、結局クロイドは何も言わなかった。
「…………」
喚声が聞こえる。兵士の声。剣の刃と刃がぶつかり合う音。戦場の町並み。
「………………」
クロイドはしばらく、その風景を眺め、目を閉じる。
「………………………」
「さっさと出てきたらどうなんだ。そこにいるのは分かってる。姿を見せろ、化物」
「…………気付いていたか」
一人の男がクロイドの後ろに立っていた。声を聞いてクロイドは振り返る。
「で、我に何か用か? 追求者?」
その男──仮面の男は言った。クロイドに向かって。
「前回はセフィリアがいたから何もできなかったが、今回は違う。お前を潰して今度こそ失ったものを取り戻す」
「穏やかではないな。まずは話し合いをしようではないか」
「お前はそんな風に事を穏便に済ますような奴じゃないだろ」
「…………くくくっ、よく分かっているではないか? では──」
仮面の男は、両手を広げて、自分の武器を相手に十分に見せつけながら言った。
「始めようか。 我とお主との闘いを」
今年初の投降一発目ですw 今度はいつになるか自分でも分かりません……(汗