第十三章 処刑日
なんとか今年中に間に合わせる事が出来ました(汗
翌日、太陽が昇りきった朝と昼の中間ぐらいの時間。
オスティア領、オストン。
町の広場にたくさんの人集りが出来ていた。
「これは一体なんの集まりだ?」
人集りの中の一人の青年が言う。
「何ってこれは公開処刑だとよ」
近くにいた白髪交じりの親切そうな男が言った。
「公開処刑? 一体誰が処刑されるんですか?」
「なんでも、オスティア王女セフィリア様だと」
「セフィリア様だって!!!?」
青年は思わず叫んでしまった。
近くにいた人たちも思わず振り返ってしまう。その様子に青年はすみませんと頭を下げながら謝る。
「でも、一体どういうことなんですか? セフィリア様が生きていたなんて……」
さっきの出来事から学び、青年は声を潜めながら聞いた。
「なんでも国を出て、一人生き残っていたらしい。……全く酷いもんだよ。父君を殺されて、せっかくここまで生きて来れたのに……悲惨だよなぁ」
そう言いながら人集りの中心にある処刑台の方を眺めた。
木製の絞首台。
梯子を上って台にたどり着き、輪の形にした縄を首に通して、床を開いて足がつかない状態にして、処刑者は宙吊りの状態となり、人々の目に晒され、ゆっくりと、苦しみながら、窒息死する。
「……こんなの……許せませんよ……」
「ああ、私もだ」
しかし。
そんなことを考えたところで彼ら、オストンの者達には何も出来ない。周りにいる多くのグリア兵、全員が武装しており、その数およそ二百。オストンのいたるところに散らばっている。また、この処刑台以外のところにも多くのグリア兵が散らばっていた。まともな武具を持ち合わせていない者達が力を合わせた所で何も出来ないのが現状だった。
それからしばらくして。
「これより、オスティア王女セフィリア姫の公開処刑を始める!」
一人のグリア兵が辺りにいる民衆に向かって叫ぶ。
絞首台より離れたところから何十人ものグリア兵が向かってきた。その多くのグリア兵に囲まれながら、オスティア王女セフィリアはいた。
「姫様じゃ!!」
「本当だっ!セフィリア様だっ!!」
「セフィリア様っ!!」
「セフィリアさまっ!!」
「セフィリア様っ!!」
「セフィリア様~!!」
セフィリアに向かって何人、何十人の人が声を掛ける。悲痛な面持ちで、大きな声を発していた。
しかし、セフィリアはその様子を横目で眺めるだけだった。それ以前に彼女にはその様子より、気がかりなことがあった。
それは、今から数時間も前のこと──
牢屋の室内で薄い毛布一枚に包まって眠っていた。
すぴ~
「……きろ」
すぴ~~
「おきろ」
すぴ~~~
「……おきろ」
スコン。……ぁぅ……すぴ~~
「…………」
ガンッ!!
「うぎゃっ!?」
頭部に衝撃が走った。セフィリアはその衝撃によって跳び起きる。
「な、なにっ!? 敵襲!!?」
辺りをキョロキョロと見回す。寝起きであたりがぼんやりとしていたが時間が経つにつれて、はっきりと理解できた。
彼女の前にクロイドが立っていた。
「よく眠れていたか?」
「…………」
「ん? まだ寝ぼけてんのか?」
「……んたねぇ……」
「?」
「あんた……今までどこにいたのよ!!」
バチィィン──と大きな音が室内に響き渡る。
クロイドの左頬にセフィリアの右手のひらのビンタが炸裂した。避けないで主のビンタを素直に受けたクロイドは従者としてはいい態度であったが、ビンタを食らってもなお瞬きすらせずじっとしていた──というのは人間的にどうかと思える。
「……怒りは収まったか?」
平然と毅然たる態度を見せるクロイド。
「収まらないわよっ!!」
「……まぁいい。相変わらずで何よりだ。とりあえず座って話そうか」
そう言い、クロイドはその場で胡坐をかく。
「あんたの部屋じゃないわよ」
かといってセフィリアの部屋でもない。
二人は互いに向き合いながら座った。
「さて、さっそくで悪いが手短に言わせてもらおう。……お前、明日死ぬ」
バチィィン!!
セフィリアはまたクロイドの左頬にビンタする。
「どういうことよっ!!?」
「まぁ、待て。今説明する」
そう言いながら平然と続ける。
「とりあえず、この件は俺の想定外だった。謝ろう。──で、話の続きなんだ──」
バチィィン!!
「謝りなさいよ!!」
「いや、そんな時間今はどこにもない。とりあえず聞いてろ。──とりあえず、この時間帯に助け出そうと思ってきたんだが、如何せん敵の数が予想より多くてな。お前を連れて行きながらだと辛い。よって、明日、……いや、今日か? ……まぁいい。とりあえず、昼間に助け出すことにした」
「もっと早くに出来なかったの?」
「いや、昨日来たんだが──」
またもや、セフィリアはビンタしようとしたが当たる寸前にクロイドは手首を掴んでギリギリのところで止めた。
「──お前の大きな寝言が聞こえて、近くの兵にバレて引き上げてきた」
「そ、そんなわけないっ!!」
クロイドは掴んでいたセフィリアの手首を離す。
「ん? 私が言うのもなんだけど、こんなに騒いでてなんで兵士が来ないの?」
「ああ。それはさっきあらかた片付けておいたからな。でも、交代の兵士がすぐに来るだろうから、俺はここから離れる」
「本当に……大丈夫なんでしょうね?」
「ああ、うまくいけば成功する。……神様にでも祈ってろ」
「なにその態度っ!? あなた何様のつもりっ!!? というか、うまくいかなかったらどうなるのよっ!!?」
「…………明日はいい天気になりそうだ……」
セフィリアから顔をそらすクロイド。
「答えなさいよっ!!? っわぁっ!! っとととととっ!!?」
セフィリアは五度目のビンタをしようとしたが、クロイドはそれをかわしたため前のめりになり顔面から勢いよく床に激突した。
「……いった~い……」
クロイドはそんなセフィリアに構わず入ってきた天井に向かって跳躍し、牢屋から脱出する。
「じゃあ、また明日、絞首台で会おうな」
「笑えない冗談はやめてくれるっ!!?」
そして、現在──
セフィリアは手錠をされたまま、二人のグリア兵に腕を掴まれながら絞首台に上らされる。二人の兵は慣れた手つきでセフィリアの首に輪の形をした縄を巻きつける。
セフィリアは一切抵抗をしない。
「くくく」
近くにいる兵士の笑い声が耳元で聞こえた。
「残念だったな、王女様。あんたはこれで終わりだ。どんな気分だ? これから死ぬってのに表情一つ変えないで。命乞いのひとつやふたつぐらいしたらどうなんだ?」
セフィリアに向かって呟く兵士。だが、セフィリアは何も答えない。
「チッ、……まぁいい。どうせあんたはここで死ぬんだ。首を絞められて、もがき苦しみながら、大勢の人に見られながらあの世に逝くんだからなぁ」
「おい! そこ、何を言ってる!!」
他のグリア兵が怒鳴る。
「いえいえ、別に」
そう言うとセフィリアの元から離れていく。
「姫様~~」
「セフィリア様ー!!」
「おうじょさまーっ!!!」
「セフィリア様ぁ!!」
老若男女、その場にいる民は悲痛な声で次々に声を発する。
「ええいっ、黙らんかっ!!」
一人のグリア兵が鞘から剣を抜き、民衆に向かって威嚇する。しかし、それでも民衆の声は止まなかった。
「…………」
金髪の少年が建物の上から、弓を引きながら狙いを定めていた。
「……………………っはぁ」
少年は溜め息に近いような息を出して、弦を緩める。
「大丈夫ですか? 若」
少年の後ろにいる一人の黒い髪の少女が声をかける。少年はその言葉に溜め息交じりで答えた。
「……若はやめろって言っただろ? シェイラ」
シェイラと呼ばれた少女は言う。
「しかし、いくつになっても若は若です」
「お前、何年から俺と一緒にいるんだよ。七年だぞ、七年。それに俺この年で18になるんだからいい加減やめてもらいたいんだけど」
「ではなんとお呼びになればよろしいのですか?」
「あ? 普通に名前でよびゃーいいんじゃんかぁっ」
そう言いながらもまた矢をつがえ、弓の弦を引っ張る。
「それは無理です。私のような従者にそのようなことは出来ません」
「ああ? 別にかまわねーって。名前ぐらいどーだっていいだろ、つーか、さっきも言ったんだけど、七年も一緒なんだから別にそんぐれぇかまわねぇって」
やっぱりここからじゃきついかな?などと呟きながら少年は狙いを定めようとする。
「し、しかし──」
それでもなお続けようとするシェイラに向かって弓を構えたまま少年は言う。
「それとも何か。主君の命に背くってか? シェイラ」
「……承知いたしました」
その言葉が決定的に決まったようだった。
「アルベルト様」
そう本名を言われた少年、アルベルトはうれしそうに言う。
「おっ、何だちゃんと本名で呼んでくれるじゃんか。でも『様』は余計だな。とっぱらっちまえ」
「それだけは出来ません。たとえアルベルト様がそれを私に命令しようとも私は応じません。むしろここで自害します」
「そんなことで、そこまで壮絶なことをしちまうのか、お前は……」
「アルベルト様にとってそのようなことでも私にとっては重要なことなのです」
「……あっそ。わかったよ。……にっしても、あれだな、シェイラ」
弓を引いたままで後ろにいるシェイラに向かって言うアルベルト。
「はい」
「弓ってもんはこんなにつかいづれぇもんだったのか」
「はい?」
「……いや、あれよ。あの男が言うから来てみれば、本当にオスティア王女様の処刑が行われるってんだから驚きだよな~」
シェイラに疑問形の返事をされたアルベルトは唐突に話題を変えた。
「……全くです。あの男何者なんですかね」
それに対して、話題を変えられたことに特に変わった様子を見せず、何の反応を見せずに答えるシェイラ。
「俺が思うにあの男ただもんじゃねーな」
ほんの一瞬、間をあけて言う。
「あれは、人間じゃねぇ。なんかバケモンみてぇだったぞ」
「なぜ、そう思うのですか」
「勘だよ、勘。……ああもう、まだかよ、あいつ。いい加減疲れてきたんだけどな。 グリアの奴らなんかとっとと制裁を喰らわすべきじゃないか、なぁ、シェイラ?」
「全くもってその通りです、アルベルト様」
「時間だっ!」
一人のグリア兵が言うと、二人のグリア兵が絞首台の上に上がりセフィリアの元へ近寄る。
「さぁ、王女よ。何か言い残すことはあるか?」
一人の男がセフィリアに向かって言う。セフィリアは今まで無言を通していたがここでやっと口を開く。
「私はオスティア王女セフィリアです。オスティアが滅亡してまだ日もあまり経たないうちに最後の王族が先に逝くのお許し下さい。本来なら皆さんを導くのが私の務めでしたがそれももはや叶いません。ですが──」
「随分と姫様らしいことを言えるなぁ。セフィリア王女って」
そう呟くアルベルト。
「何をおっしゃっているんですか。姫様だから言えるんです。それに、アルベルト様も一国の王子ですよ」
隣で絞首台の辺りの様子を眺めながらシェイラは言う。
「そうだったな。……さて、たぶんそろそろだろ。皆はちゃんと待機してっか?」
弓の弦を緩ませて、立ち上がるアルベルト。
「はい。すでにこの町は我々の軍が包囲しております。アルベルト様の命令一つですぐにでも動かせます」
「上出来だ」
「──決してあきらめないで下さい。……以上です……」
そう語り終えたセフィリア。
近くで話を聞いていた人々の目からは涙が流れていた。ところどころから泣き声が聞こえている。
「では、やれ」
そう一人のグリア兵に言った刹那。
勢いよく何かが跳んできたかと思えば、それはセフィリアの首に巻かれていた縄にあたり、縄が切れる。それとほぼ同時に一人の男が民衆の真上を勢いよく飛び越えて、辺りの者が気がついたときには絞首台の上でセフィリアを胸のあたりで両手を使って抱えている一人の長い黒髪の男が立っていた。
「よかったな」
「へっ?」
まだ状況がよく読めていないセフィリアに向かってクロイドは言った。
「天気が晴れていて」
この日は運が良いのか悪いのか、天気は雲ひとつない快晴だった。
次回ももしかしたらこれぐらい、またはもっとかかるかもしれません(汗