第十一章 夜
第一章に世界観を書き加えました。よろしければ、見ていって下さい♪
その日の夜。アラスク山の森の中──
焚き火の炎と向き合った状態で座っている男が一人、いた。
男の表情はどこか暗かった。
パチッ、パチッ、と音をたてながら燃えていく炎をただ虚ろな目で見て──いや、ただ眺めているだけのようだった。
「はぁ……」
ふと、溜め息が出てしまった。
風が冷たい。風は男の体温を少しづつ奪っていくようだった。
「なんでこうなってしまったんだろうな……俺が……こんなことになっているのを知っていれば──俺の生き方もかわっていたんだろう──な……」
独り言のように呟く。
後悔していた。この男、グレン・ハーゲンは。
自分がもっと早くに気付いていれば、今よりも少しはマシな方向へと流れていっていたのかもしれなかった。ただ、グレンは後悔する。
「見苦しい」
グレンの後方にあるたくさんの木々の暗闇の中から、突然男の声が聞こえた。
「見苦しい。今はそんな下らない後悔より今後の対策をしたほうがいいんじゃねぇか? あんたがいくら悔やんだところでこの状況がよくなるわけじゃねぇのはわかってんだろ? ……俺はこんな男に一本取られたのかと思うと虫酸が走る」
そういって森の暗闇の中、一人の男が姿を見せた。
男が身にまとっている黒い服装が、暗闇の中に溶け込んでいて、いつからいたのかと不思議に思わせていた。
「対策──か……」
グレンはその言葉を復唱する。
「では、どうするんだ?」
「……今、考えてる。あんたも人任せにしてないで考えろ」
男は頭を掻きながら答えた。
グレンはその様子を見て、そして自分も考える素振りを見せながら思考する。
どうすればいいのか──
どうやればいいのか──
自分に何ができるのか──
そして──どうしたら──……
そんな風にグレンは考えていると、今更ながら気がついたことがあった。
「なぁ」
「あぁ?」
男は物事を考えているときに水を差すようなマネをされたので不機嫌な口調で答えた。
「今更……なんだが、その……君の名は──なんと言うのだ?」
その問いは今更過ぎた。
そんなことを言われた男は深く溜め息をついて言った。
「今更すぎるな。だいたい、名前も知らないで俺を殺すつもりだったのか。それは騎士道としてどうかと思うぜ」
「ああ──君の言うとおり……だな」
グレンは申し訳ないと言わんばかりの顔を見せていた。
その様子をしばらく見て、男は頭を掻きながら面倒くさそうに答えた。
「クロイドだ」
…………
………
……
…
今から何時間も前のことである。
この時はまだ太陽は沈んでおらず、クロイドとグレンの戦いに決着がついた──と思われた瞬間まで遡る。
「テメェ……どういうつもりだ」
そう言ったのはグレンではなくクロイドだった。
そして、その言葉はグレンに対してではなく、グレンの剣を片手に装備してある刃で止めグレンとクロイドの間に立つ一人の男に向けて言った言葉だった。
「すまんな……我とて、都合というものがある。お主が今ここで死んでしまっては哀れだと思った──ということだ」
男は顔に仮面をつけていて表情は読めない。
この男はグレンの剣がクロイドに当たる前のほんの一瞬に突然現れて、両者の間に立っていたのだった。
二人は一旦武器を下ろす。
そして、グレンは驚きながらも仮面の男に向かって言う。
「貴様……何故邪魔をする……? 貴様の都合とは何だ?」
「誤解するでない、グレン殿。我とて雇い主様方の契約違反をしてはいるがこれも我の都合上仕方が無いこと。決して、この男の仲間とかではない」
そう言う仮面の男。
「じゃあ、どういうつもりだ? 俺を単に助けたかった、というわけじゃない。だったらなんでこんなことをした?」
今度はクロイドが言う。
「ただ──お主が知らないまま死んでしまっては哀れだと思ったからでな」
「はぁ?」
「あれを見てみろ」
そういうとクロイドの後方より高い方向に指差す。
「あれ?」
振り返るクロイド。その瞬間、彼は驚愕した。
そこにいたのは三人の男女。
二人はグリアの鎧を身につけている単なる一般の兵。
そして、あとの一人が二人のグリア兵に後ろに組んでいる腕を掴まれた状態で目は閉じたままで立っている女が一人、セフィリアがいた。
「なっ、せ、セフィリア!?」
「ひ、姫様!?」
ほぼ同時にクロイドとグレンは叫ぶ。
「貴様! これは一体どういうつもりだ!」
クロイドは男に向かって怒声を放つ。
「こういうことだ。何も隠してはいない。ありのままの現実だ。それがどうかしたか?」
男は単調に答えた。
「テメェ!!」
「貴様!!」
同時に叫び、手に持ったそれぞれの武器、剣と刀で仮面の男に斬りかかる──が、その二人の攻撃も意図も簡単に片手でそれぞれ攻撃を防ぐ。
「やめておけ。これ以上の敵対行為はそこのお姫様がどうなっても良い──ととらせてもらうぞ?」
しばらくして、二人とも武器を鞘に納めた。
「……セフィリアを……どうするつもりだ……?」
クロイドが言った。
「さっきの質問とあまり変わってはいないようだが……まぁ、彼女の今後についてはお主に教えてやろう。この者は二日後、元オスティア領の町オストンで公開処刑を行うつもりだ」
「そんなこと俺は知らない! これはどういうことだ!!」
今度はグレンが男に向かって怒声を放つ。
「当たり前だ。我は雇い主様方に秘密裏に行うようにと言われていたからな。そなた、グレン殿が知るはずもなかろう」
「 ───!!」
声にもならない声を叫ぶグレン。
「……で、俺にどうしろと? 秘密裏に行っていたのをわざわざ俺にばらすことに何の意味があるんだ? お前は契約違反してまで一体何がしたかったんだ?」
今度はクロイドが言う。
「別に……我はお主が哀れだと思っただけだ。それ以外何か思うところでもあるのか?」
「あっそ」
そう言い、今度は男に向かって呟いた。
「覚えてろよ。テメェをぶっ潰して必ず取り戻すからな。アイツもあんたが今も持っている──それをな」
男は苦笑し、こう答えた。
「楽しみにしておこう」
………
……
…以上回想終わり。
二人はその後この山で今後の対策を練っていた──のだが……──
「悪いが、俺には何も手出しすることはできない」
グレンは言った。
「さっきも言ったが、俺には守るべき人たちがいる。帝国に捕われているオスティアの民達のため……俺には何もできない」
「たとえ……それが一国のお姫様だろうと?」
クロイドにそう言われ、歯を食いしばり苦痛な表情を浮かべる。
「どうすることも出来ない。俺が手を出したところでグリアの奴らは何百、何千といった民を殺すだろう……人の命とは天秤にかけることが出来ないというのに……どうしてだろうな……。こういうときだから考えてしまう。どちらを選べばいいだろう? どちらを選べば得になるだろう? どちらを捨てれば──いいのだろう……てな」
「 ──んなよ……」
クロイドは何かを言った。
「ふざけんな!!」
もう一度、今度は大声でクロイドは怒鳴った。
「どっちを選べば得になる? どっちを捨てればいいか? ふざけんのもいい加減にしろ!! どうしてあんたはそうなんだ。消去法でかんがえてんじゃねぇよ。どうしてどちらとも選んで守ろうって考えねぇんだよ」
「そんなの……無理だろ」
グレンは答える。
その言葉を聞き、クロイドはグレンの元へ歩き襟の辺りを掴み怒鳴る。
「やる前からあきらめてんじゃねえよ!! テメェ自身が守りたかった人がまだ生きてんだろが!! テメェはどうしたいんだよ、何がしたいんだよ!! 言ってみやがれ!!」
そう言ってグレンを突き放す。
「俺が……したい……こと?」
そう言われ考えるグレン。
「……考えがまとまったようだな」
「ああ、決まった。姫様のことは──君に任せる」
「ああ、それなら任せとけ……って、はぁ!!? あんた、どう考えたらそうなるんだよ!?」
「確かに俺は姫様を救いたい──けど、俺が裏切ったことであいつらはオスティアの民を見せしめに殺すだろう」
「だから、お姫様を見捨てると?」
グレンは首を横に振る。
「そうじゃない。俺では出来ないから、クロイド。君に頼んでいるんだ」
「…………」
「それに君がオスティアが滅んだ後も、しっかり守ってくれていたみたいだしとりあえず信用している。だから、姫様のことは君に任せる。いいな?」
「……分からないぞ。俺が裏切るかもしれないし」
グレンは苦笑する。
「そんなことにはならない。君は今まで守っていて、いきなり裏切るなんて意味の分からないことをする奴ではないだろう。だから──」
グレンは少し間を置いて言った。
「君にセフィリア姫を救い出してほしい」
洞窟の中、何百もの剣が地に壁に天井に突き刺さっている広い間に、仮面の男がいた。
「久しいな。ここは相変わらずか。……さて、あやつが真実にたどり着いたらどう思うか……楽しみではあるな」
仮面の男はそう呟くと、一瞬にしてその場から消えてしまった。