貸しと借り
銃声とほぼ同時にガスマスクの男の頭に小さな穴が開いた。穴から血が吹き出すと男は前のめりに倒れ、ピクリとも動かなくなった。
案茂は金属バットを手からポロリと落とすと、力が抜けたようにその場に膝をついた。その横ではゲホゲホ咳き込みながらガスマスクの男に銃口を向ける金髪美女がいる。
案茂は我に返ると全身から脂汗が噴き出してきた。とっさのこととはいえ、自分のとった行動が未だ飲み込めていない。僕は何故彼女を助けた…?
「おい」
案茂は呆然としていると美女が案茂に声を掛けた。美女に案茂が顔を向けると美女が困惑した様子で案茂をじっと見つめた。
「何故助けた?」
「…偶然だが、僕も同じことを考えていた」
「変な奴だ」
そういうと美女が改めて案茂に銃口を向ける。覚悟を決めて案茂が目を瞑ろうとすると美女はゆっくりと拳銃を下ろした。案茂は驚いて美女の顔を見上げる。
「一つ貸しだ。一応助けてもらったのだからな」
「いや借りを返しただけだ」
「借り?」
「此処に来たとき、その男を撃っただろ?お陰で助かった」
「関係ない。奴は私の任務の妨げだったから排除したまでだ」
美女はフーッと溜め息を付くと懐からライターとタバコのようなものを取り出すと口に咥えて火を点けた。案茂が慌てて止めようとする。
「何だ?」
「此処は禁煙だ!」
「だから?」
「いやタバコを消してほしいんだが…」
案茂がガックリしていると外から夥しい数のサイレンが聞こえてきた。案茂が急いで窓のカーテンを開けると遥か向こうからパトランプの大群が此方に向かっているのが見える。これ程の騒ぎが起きたのだから誰かが通報したのだろう。
「良かった…助かった」
案茂がホッとして腰を落ち着けようとすると突如美女に首根っこを掴まれた。案茂は驚いて美女の手を払おうとするが、華奢な外見からは想像できないくらいの強い力で玄関まで引きずられる。
「ま、待て!離せ!何する!?」
「とりあえず此処にいたらまずい。お前も一旦私と一緒に来い」
「何でそうなる!?」
「あれは警察ではない」
「えっ…!?」
美女の言葉に案茂は固まってしまう。警察じゃない?じゃあパトランプの大群の正体は一体…
「さあ行くぞ」
「ちょっと待って!一つ教えろ!あんたは何者だ?」
「何者かはいえないが、名前だけは教えてやる。シーラ・カンスだ」
「し、シーラカンス?」
「シーラと呼べ。で、お前は何なんだ?」
「何なんだって…勝手に襲ってきた癖に」
「お前も名前をいえ」
「…分かったよ。案茂無人だ」
「そうか、変な名前だな」
「ほっといてくれ!!」
「行くぞ、アンモナイト」
美女ことシーラに引きずられたまま、なし崩しに案茂は自宅アパートを後にした。




