だが断る
「…何を仰っているのか全く理解できません」
尚児のぶっ飛んだ頼み事に案茂は顔をひきつらせながらも声を絞り出した。案茂の様子に構わず尚児は意気揚々と話を続ける。
「私が当主を務める仁沢賀瀬家は非常に歴史のある家系でね。この街が出来たときから、いやこの街が出来る前からこの土地を治めていた。言わばこの街は仁沢賀瀬家のものといってもおかしくない」
「いやおかしいですよ。常識的に考えて」
「この街の町長たちも裏で仁沢賀瀬家が支持した者だけが代々勝ってきた。言わばこの仁沢賀瀬家がこの街を裏で牛耳っているといっても過言ではない」
「いやいやいやあり得ないでしょ。普通に考えて」
「だがこの仁沢賀瀬家。この街における権力は絶大なのだが、それによって敵もまた多い。しかも仁沢賀瀬家の外だけではない。当主の権力を巡っては身内ともまた敵対している状況だ」
「…へー、そりゃ大変ですね」
最初こそツッコミを入れていた案茂だったが、勝手に話を進める尚児に呆れて面倒臭くなったのか棒読みで相づちを打った。一方で尚児の方は乗ってきたらしく、更に話が進んでいく。
「私もまた幾度となく暗殺されかけた…先の件もそうだ。君に助けてもらってなかったら今頃仁沢賀瀬家は奴等のものだっただろう」
「…貴方が倒れた原因って、確か熱中症でしたよね?暗殺って大袈裟な…」
「何者かが毒物を仕掛けて私の意識を奪ったに違いない!きっとそうなのだよ!!」
尚児は興奮して案茂に詰め寄った。尚児の気迫に案茂はのけ反りそうになる。疑心暗鬼に陥っているのか尚児の陰謀論は止まりそうにない。
「で、それと貴方の後を継いでもらいたいという件と何の関係があるんですか?」
「おおう、そうだった!」
案茂からのツッコミにようやく我に返った尚児はゴホンと咳払いした。案茂は今すぐ帰りたかったが、どちらにせよこの人騒がせなおじさんをどうにかしないといけない。
「先もいったが、仁沢賀瀬家は今身内同士で敵対関係にある。私もいつ何時暗殺されるか分からない。だからといっておめおめと仁沢賀瀬家の当主の座を他の奴等に渡すこともしたくない。そこで、だ」
尚児が立ち上がると案茂の手を握った。案茂がゾッとして尚児の顔を見ると、尚児の目がキラキラと光輝いていた。キレイな女性ならともかく、オッサンに手を握られても嬉しくも何ともない。寧ろ早く離れてほしい。
「君に白羽の矢を立てることにしたのだよ」
「はい?」
「見返りを求めず私を助けてくれた君を買ったのだよ。君は仁沢賀瀬家の者とは違う。信頼に足る人物だ。君こそ仁沢賀瀬家の次期当主にふさわしい」
「いや飛躍しすぎでしょ」
「それに君は天涯孤独と聞いている。身内のしがらみがないのもまた私にとっては大きなポイントだ。権力が増大すると下手な身内ほど厄介になるからね」
「いや関係ないでしょ」
「そういう訳だからぜひ君に仁沢賀瀬家の当主に…」
「お断りします!!!」
案茂は尚児の手を振り払うと立ち上がってダッシュでドアに向かい、タックルでドアをこじ開けた。黒服たちが慌てて追い掛けるが、案茂は脇目も振らず玄関へとダッシュする。と、玄関の引き戸を開けようとしたとき、上から鉄格子が降りてきて案茂は退路を絶たれてしまった。更に四方を鉄格子が囲いこみ、さながら檻の中に閉じ込められてしまったようだった。
「なんてこった…」
案茂は力を失い、その場にしゃがみこむ。すると案茂の後ろから拍手する音が聞こえてきた。案茂が振り返ると満面の笑みを浮かべた尚児と黒服たちが立っていた。
「何ですか、これ」
「なあに。説得できるまで君に此処に居てもらおうと思ってね」
「誘拐じゃないですか!」
「大丈夫。バイト先には君が休む旨とその間の売り上げを我々が補填することで話がついている。安心してゆっくり考えてくれたまえ。時間はたっぷりあるからね」
尚児はしてやったりの顔を見せる。案茂は仕方なく深い溜め息を付いた。
「…わかりました」
「おお、引き受けてくれるかね!」
「貴方がそこまで僕を買ってくれるのであれば、無下にはできないでしょう」
「さすがだ、案茂君!それでこそ私の見込んだ男!」
「だが、お断ります」
「は、はいぃぃぃい???」
今度は尚児が間の抜けた声を上げた。




