アンモナイトの再会
さてややこしくなったので此処で一旦情報を整理するとしよう。まず案茂の両親についてである。
案茂の父親は幼少期に病気で亡くなっている。そして父親の正体は尚児によると出奔した弟である仁沢賀瀬直哉なのだという。案茂自体は物心つく前だったこともあり父親の顔は覚えておらず、母親からも父親について病気で亡くなったこと以外に言及はなかった。その為父親の出自について疑問に思ったことはこれまでなかった。
そしてその母親もまた案茂が高校二年生のときにこれまた病気で亡くなった。当時母親は東総合病院に入院しており、案茂もその最期に立ち会った。母親も天涯孤独の身だったらしく、親戚筋や友人といった見舞い客が来ることはなかった。ただ案茂だけが母親に寄り添い、彼女を看取ったのだ。
…だがその母親が今、案茂の目の前に立って案茂を泣きながら抱き締めている。悪い冗談か亡霊の類だろうか。色々な感情が入り交じっており、どう反応してよいか分からず思考が停止する。人間、処理できる情報のキャパを超えるとテンパるどころか逆に冷静になってくる。まるで他人事のようだ。
この状況を更にややこしくしているのは母親が仁沢賀瀬家と対立する旗目岩九人衆の筆頭である『ゼン』として現れたことである。死んだはずの人間がいきなり現れるだけでも衝撃なのに…何処からツッコめば理解できるというのだろう。本来であれば感動的なシーンなのだろうが、感傷的な気分に浸る余裕は今の案茂にない。
「か、母さん…待ってくれ。本当に、本当に母さんなのか?」
「偽物でも変装でもないわ、本当に本物の母さんよ。あらそれとも幽霊かと思った?ちゃんと足はついてるわよ?」
「い、いやそうじゃなくて説明してほしいんだ。一体どうしてこうなっているのか。一から順に教えてほしい。その父さんのことや…母さんが何故生きていたのかとか…」
「いいじゃない、もうそんなことは。感動の親子の再会よ…ずっと会いたかったし、貴方のことはずっと見守ってたわ…」
「か、母さん…俺は…」
「無人、此処までよく来てくれたわね。母さんは本当に貴方のことを誇りに思うわ。本当に孝行息子ね」
「………」
案茂の中にある疑問を言おうにもどういう訳だか、はぐらかすようにゼンは遮ってきた。明らかにこの感動の再会には裏がある。心なしか焦っているような印象さえも受ける。本物なのだろうが、それにしても何かがおかしい。絶対にこれ以上関わってはいけない何かがある。案茂は本能的に危険を察した。案茂がそのことを口に出そうとしたとき、ゼンの背後から尚児の声が響いてきた。
「ぐっ…貴様は案茂ニア!!生きていたのか…!?まさかお前が旗目岩九人衆のボスだったとは…直哉のマヌケめ!この女狐にたぶらかされていたか!!」
「ふう……お久しぶりねお義兄さん。ありがとう…貴方のマヌケな弟と貴方のポンコツっぷりのお蔭でようやく計画が実を結ぶわ」
「黙れ!貴様にお義兄さん呼ばわりされる筋合いはない!」
「あらつれないのね。でも貴方の弟の方がもう少しマシな男だったわね。なんだか少し勿体ないことしたわ」
「この女狐があああ!!これまで死んだ振りをしていたのは我が仁沢賀瀬家の情報網を掻い潜る為か!?」
尚児は頭を抱えながらヨロヨロと起き上がるとゼンの方へと詰め寄る。ゼンは案茂を抱き締めながら冷ややかな視線を尚児に送った。時折バカにしたような笑いを見せる。そんなゼンを守るようにレツとザイが尚児の前に立ちはだかった。それを見て更に尚児が激昂する。
「この恩知らず共が!貴様らの雇い主はこの私だぞ!?」
「ククク、ご冗談を。我らの主君は最初からこの『ゼン』にございます。貴方はただの標的にすぎない」
「な、何ぃ!!?…ぐ、おのれ…かくなる上は…」
そういうと尚児は座敷牢の格子の脇にある小さな赤いボタンを押した。耳鳴りがするほどの大音量で屋敷中にサイレンが鳴り響く。
「者共、出合え出合え!!謀反じゃー!!今すぐこの謀反人共を討ち取れぃ!!」
まるで時代劇のような口調で尚児が叫ぶ。それに対してザイが余裕を持って嘲笑した。そして座敷牢に乗り込んできた黒服たちが拳銃を取り出し、一斉に向けた…尚児に。
「な??バカ、違う!謀反人は奴らの方だ!」
「残念ですね、旦那様。既に手は打っております。この操り師、ザイの能力で彼等は洗脳済です」
「…そ、そんな…」
部下であるはずの黒服たちに銃口を向けられ、尚児が愕然とする。ザイが黒服たちに引き金を引かせようとした時、屋敷の外から爆発音が聞こえてきた。その場にいる全員が爆発音に気を取られる。その隙を突いて案茂がゼンを突き飛ばし、座敷牢の外へと駆け出した。驚いたゼンが案茂を呼び止めるが、案茂は無視して屋敷を脱出するため一目散に玄関へと急ぐ。
「しまった、油断した!レツ、ザイ!早く無人を確保して!!奴らの手に渡る前に」
「「御意!!」」
案茂が仁沢賀瀬邸の玄関まで来ると庭に屈強な外国人の武装集団が取り囲むように並んでいるのが見えた。殺気立っている様子に案茂は後退りする。
「おいおい…マジかよ。万事休すか…」
案茂が愕然としたとき、武装集団の中から聞き覚えのある女性の声が聞こえてきた。案茂が慌てて確認すると武装集団の隙間からストレートの金髪碧眼でスタイル抜群の美女の姿が見えた。
「アンモナイト!今すぐ此方へ来るんだ!大丈夫だ、お前に危害は加えさせない!」
「し…、シーラ!!」
アジトで別れたシーラがそこにいた。
これにて第二部完結です。
次から最終章の予定です。




