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未練日記を携えて  作者: 金属光沢
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二律背反




 施設に着いたのは十九時十五分ぐらいだった。晩御飯は半からなので、ちょうど良い具合の時間だ。

 

 私は自転車を駐輪場に止め、四階建ての施設、通称ひだまり園の裏口に回った。

 

 というのも、正面玄関は来客用で、私たち児童は駐輪場の横にある細い道を通って裏口から入るのがルールだった。正面玄関から入ると自動ドアがあるため、ここが家であるという感覚が薄まってしまうからという配慮だ。


 確かに裏口は玄関こそ大きいものの、ごく普通の家と同じドアがついていて、こっちの方が小さい子たちにとっては、他の子と違うという疎外感は薄れるだろう。

 

 中に入るとすぐに「雨姉さんが帰ってきた!」と何人かが集まってきた。この施設の大半は小学生であるため、年の大きく離れている私を、本当の姉と思って接してくれる子が多い。無愛想な私も案外懐かれていた。


「おかえりなさい。みんな、雹利ちゃんが困っちゃうでしょ、ほらこっちにきて宿題の続きするから座ってね」

 

 そう児童に声をかけるのは、さやか先生だ。

 

 二十代後半という周りの先生と比べて、ひとまわり若いさやか先生は、何をしても怒らないので、児童たちから好かれている。


「はーい」とみんなは、さやか先生が座っている小さな長机に渋々といった感じで戻っていった。

 最近の小学生は私が小学生だった頃に比べて、宿題の量が倍近くもあり、大変だなと思う。彼らの座る長机には漢字のドリルや、算数のプリントが散乱していた。

 

 小さい子に求められるというのは、別に悪い気分ではない。彼らに懐かれることで、生きていることを許されている気がするからだ。

 

 他者を通じて、自分の存在を認められるのは、この子たちと接している時ぐらいしかない。


 「遅くなってごめん」私は自分の前に立ち尽くしている一人の子の頭を撫でた。


 「もっと早く帰ってきて遊ぼうよ」そう口を尖らせるこの子は伊織君といって、この施設でいつも一人でいる内気な小学三年生だ。


 「高校が忙しくてあんまり早く帰って来れないんだ。ほんとにごめんね」私は嘘をついた。

 

 そして伊織くんの頭を優しく撫で、四階の自室へ向かう。このひだまり園では、中学生になると一人一部屋が与えられる。小学生のうちは四人一部屋で生活しなければならない。この伊織君は、班のメンバーとあまりうまくいってないようで、私やさやか先生ところによく来るのだ。

 

 この子達に助けを求められるのは嬉しいし、なんとかしてあげたい気持ちがないわけじゃない。

 

 けれど、縋り寄ってくるこの子達を遠ざけたいという思いが私を図書館へと向かわせる。

 

 矛盾しているのは自分でも重々わかっている。求められたい自分と遠ざけたい自分が二律背反していることに気づいたのは別に最近の話ではなかった。


  妹の霙が里親の所に行ってしまった日から、ずっとこのジレンマに苛まれて続けているのだ。




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