空き教室でかくれんぼ
私は残り半分になった菓子パンを一気に口に押し込むと、包んであったサランラップをくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に向かって放り投げた。これまた、綺麗な放物線を描いてラップが飛んでいく。
案の定ラップがゴミ箱に入ることはなかった。
この違和感はなんだろう。さっきまでこの静けさに居心地の良さを感じていたのに、今はこの無音すぎる静寂さが不気味に感じてきた。違和感の正体を掴むべく、私は辺りをぐるりと見回した。
しかし、特段変わった部分はなく、いつもの空き教室そのものだった。その事実がこの不気味さに一層拍車をかける。
まだ昼休みは半分ほど残っていたが、今日はもう図書室にでも行って時間を潰すか、と思っていると、廊下から誰かが近づいてくる足音が聞こえてきた。
まずい……。この階は部活で使用する以外は立ち入り禁止となっているため誰かに見つかると面倒なことになる。近づいてきているのが先生だったら尚更だ。説教や反省文で済むならまだいいが、この教室が使えなくなるのだけは避けたい。
私は机の上に広がっている私物を、咄嗟にポケットに仕舞うと、後方に佇む掃除ロッカーに飛び込んだ。こんなこともあろうかと、あらかじめ中を空っぽにしてあるのだ。
掃除ロッカーに身を潜めた私は、ハンカチで口元を覆った。この中は、空き教室よりも更に埃っぽくて、気を抜いたら咳き込んでしまいそうだ。お腹にグッと力を入れて我慢していると、二人の話し声が聞こえてきた。声からして男子生徒たちだろうか。
空気の抜ける小さな穴から様子を伺うと、やはり二人の男子生徒が教室に入ってきて、空いた机の上に腰掛けたのがわかった。
「こんな場所知ってんならもっと早く教えてくれよ」
「わりぃ、わりぃ。俺も最近見つけたんだって」
二人の声は思ってた以上に大きく、耳をそば立てる必要もなく、自然に聞こえてくる。
「そういや里帆に告られたらしいじゃん。返事はどうすんだよ」
「あー、あの話なら断った」
「マジで?もったいな。他に気になる奴でもいんの?」
二人の会話に興味なんて微塵も湧かないが、隠れてる以上他にすることもないので耳を傾け続ける。すると、一人の男子生徒が予想外の言葉を口にした。
「俺、雨篠が気になってたんだ……」
瞬間どきりとした。なんで私の名前が出てくるんだ?私は覗く目を細めて、もっと注意深く男子生徒たちを見てみると同時に、記憶の中に彼らがいないか探した。
見た目に覚えこそないものの、どこかで聞いたことのある声のような気がする。どこで聞いたんだっけ?でも、なんだか思い出したくないような、嫌な予感がする声だ。
「雨篠か……。たしかに可愛かったもんな」
「ああ。スタイルもいいし、おとなしくて押しに弱そうだったからさ、行けるんじゃないかって思ってたんだよ」
「でも二年三組だったら、俺は琴音が可愛いと思うけどな」
そこでやっと思い出すことができた。どうやら私と同じ二年三組の生徒だったらしい。どうりで聞いたことのある声なわけだ。二年三組の生徒に記憶を絞ると、彼らの顔は私の脳裏に思いの外、早く映し出された。
というのも彼らこそ、私がこの空き教室で昼休みを過ごすことになった張本人のようなものだからだ。
たしか名前は佐野と池谷だったか。下の名前は覚えてないし、どっちが佐野でどっちが池谷かもわからない。でも彼らはいつもクラスの中心にいて、目立った存在だから嫌でも名前は頭の中に入っていた。
私は彼らがうるさすぎるからこの空き教室で昼食を取ることにしてたのに、この場所まで奪われてはたまったものじゃない。その上私のことが気になってましたなんて冗談もその辺にしてほしい。
他人から見た私は、おとなしくて押しに弱そうな女子に写ってたのか。そう思うとなんだか無性に腹立たしく感じて、今すぐこのロッカーから飛び出して驚かしてやろうと思いたった。
私はロッカーの扉に足の裏をくっつけると、思い切り蹴飛ばして中から飛び出した。