1-6 臨時収入が入ったので買い物に行こうと思います。
村に平和が戻った数日後、ルーシェは育てた野菜を持って村に来ていた時である。
「ルーシェ。待っていたよ」
野菜をいつも買ってくれる常連の客がゾロゾロと集まって来た。
普段、野菜は無人販売形式で野菜の補充とお金の回収をするだけなのだが、この日に限って村人が野菜の補充のタイミングで鉢合わせしていた。
いつもと違う展開にルーシェは困惑した。
「あれ? 皆さん。そんなに野菜を心待ちにしていたんですか?」
「君だろう。ドラゴンを倒したのは」
村人の一人がルーシェの肩を両手で掴んだ。
「え? えぇ、まぁ」と軽く受け答えをするルーシェだが、ドラゴンを倒したと言う事は村人にとって偉大なことである。
それに村も人も元通りにしたとなれば素晴らしい功績だ。
魔物を討伐する勇者でさえ、ドラゴンの全滅は手を焼くものだ。それが十歳の少女が成し遂げたことは偉大なこと。
「どうもありがとう。ルーシェ様」
その場に鉢合わせた人はルーシェを崇めるように頭を下げる。
ここまで人に慕われたことが初めてだったルーシェは戸惑いを見せる。
「あの、やめてください。故意でやったことなので気にしないでください」
「いや。そういう訳にはいかない。そうだ。今日は奮発して野菜を沢山買おう」
村人たちはゾロゾロと野菜に群がり、売り場はすっからかんになっていた。
この日、持って来た野菜は即完売してしまう。
売り切れることは珍しいことで補充の段階で無くなったのは初めてのことだ。
だが、受け取ったお金と売れた野菜の割合に計算が合わなかった。
「あの、すみません。受け取ったお金がちょっと多いみたいですが……?」
「いいんだよ。それには私たちの気持ちが含まれている。受け取ってくれないか?」
村人たちは暖かい目で頷く。
悩むルーシェであるが、ここは村人の故意に甘えよう。
「毎度ありがとうございます」
ルーシェは村人に向けて頭を下げた。
一躍有名人になったルーシェは村の救世主として広まり、村だけではなく郊外にも広がりを見せる。村ではルーシェのことを『救世主の魔女』と言われる。
魔女修行をしているので正確にはまだ魔女ではないが、村人から見れば魔女に見えたのだろう。ルーシェはもう立派な魔女だ。
「テト!」
ルーシェは勢いよく家の扉を開けた。
「どうしたの。そんなに慌てて」
「お金。いつもよりたくさん貰った! それに救世主の魔女だって。私、凄いかもしれない」
「ふーん。それは良かったね」
二人の温度差は正反対である。
興味のないテトの態度にルーシェは面白みがなく頬を膨らませる。
「せっかくテトに好きなものを買ってあげようと思ったのになぁ。そんな態度ならもう知らない」
「本当!?」
体を突っ伏していたテトは急に背筋がピンと伸びる。
「私の話を聞かない子は知らない」
「嘘だよ。ちゃんと聞いているよ」
「しょうがない。では特別に何でも買ってあげる」
「じゃ、大きい街に行こうよ」
「調子がいいんだから。よし。出掛けるよ、テト」
軍資金を持ってルーシェとテトは街へ向かった。
空中移動の魔法を使いこなせるようになったルーシェの行動範囲は広がりを見せた。
普段であれば交通費だけでも馬鹿にならないが、空中移動魔法を使いこなすことによって実質タダなのは大きい。
調子に乗ったルーシェは自宅から二千キロ離れた大都市に一っ飛びしてやって来た。
時間も交通費も抑えられたのはかなり大きい。
「着いた。ここがウォーターシティか」
水の都ウォーターシティ。
ここは海に囲まれた街で水路が街の至る所に繋がっている。
まさに水の都として綺麗な景色が有名な街である。
「本でしか見たことないけど、実物は違うわね。一度でいいから来て見たかったの」
ルーシェはステップを踏みながら自分がこの場にいることを実感させていた。
かなり浮かれ気分である。
「ルーシェ。浮かれているところ悪いんだけどさ」
「何よ。テト」
「買い物中は魔法使っちゃダメだよ」
「どうして?」
「基本、魔法っていうのは特別な理由がない限り、使用許可が必要なんだよ。資格証を持っていることとその地域の法律に沿った許可届があることで初めて魔法の使用が認められるの。だから使ったらダメ」
「でも普段、家の周りで使っているのにそれはいいの?」
「それは田舎だからだよ。こういう大きな街には少なからず魔法に関する制約が厳しいんだよ。だから無闇に使うと罰則の対象になって逮捕されることもあるんだよ」
「何それ。怖っ!」
「一般の魔女はちゃんと資格を持ってルールに沿って魔法を使うんだ。それほど魔法って危ないものなんだよ。便利な反面、相手を死に至らしめることも出来るから魔法の扱いは考えてやらないといけないんだ」
「そうなんだ。知らなかった」
「まぁ、今日は買い物だけで魔法を使うことはないと思うけど、呉々も魔法の扱いは注意してね。僕の立場が無くなるから」
「……気をつける」
使い魔の役割はこういう何気無いところでも注意を払わなければならない。
テトほどの長年の経験は重宝されており、何も知らないルーシェの世話係としては必要な存在だ。
普段、面倒そうに怠けているように見えるが、テトはテトなりに見るところは見ている。そのことをルーシェは少しずつ察していた。
「よし。じゃ、買い物しますか。私、服が欲しいな」
「長くなる?」
「うーん。多分」
「じゃ、僕はその辺を散歩でもしようかな。欲しいものを探したいし」
「なら一時間後にこの噴水広場に集合ね。終わったらテトの欲しいやつ買ってあげる」
「うん。楽しみにしているよ」
噴水広場の前でルーシェとテトは別れた。
ルーシェも女の子なだけあり、服選びは楽しいものだ。
色んな種類の服を試着しつつ、気付けば両手に紙袋いっぱいにして服を買い込んでいた。
「いっぱい買っちゃった。テト、もう戻っているかな」
急いで噴水広場に向かっていたその時だ。
「おい! テメェ、生意気なんだよ」
男の声が響き渡る。見渡すと路地の裏で誰かが囲まれている姿を目撃した。
十二、三歳くらいの男の子三人が一人の女の子を囲んで足で踏みつけていたのだ。
明らかなイジメ。弱い者イジメだと錯覚したルーシェは動いた。
「助けなきゃ」と直感したルーシェは持っていた紙袋を捨てて女の子の元へ走った。