2-11 土下座までされて頼まれてしまったので仕方がなく言うことを聞こうと思います。
翌朝、ルーシェは重い体を引きずりながら大きなあくびをしていた。
「ルーシェ。どうしたの? 朝はいつも元気なのに」
ルーシェは朝に強い。いつも早起きなのだが、この日に限ってギリギリの起床だ。
心配になったテトは気にかけた。
「眠い。寝不足だよ」
「また自主練?」
「それもあるけど、ちょっと面倒なことに絡まれて」
「面倒なこと?」
テトにはまだエリカのことは言っていない。
言ったところで何も変わらないと思うが、一応報告しようとしたその時だ。
「ルーシェ・スカーレット。やっと来たわね」
門の前に立っていたのはオリバーだ。
ずっとルーシェが登校するのを待っていた様子だ。
「げっ。出た」
今、最も会いたくない人物が目の前にいることにルーシェの顔は引きつった。
「ルーシェ。誰?」
「あーうん。ちょっと昨日知り合ったと言うか、なんと言えばいいかな」
ルーシェが説明に迷っているその時、オリバーは土下座した。
「助けてください。ルーシェ様」
「は、はい?」
突如、土下座をされて周囲の目線はルーシェに集まった。
注目されるのは困るとルーシェは土下座をやめさせる。
「ちょっと、何? 皆の前でやめてもらっていい?」
「聞いてください!」
「聞く。聞くから。とりあえず場所を移そうか。ね?」
目立つので人通りがない場所へ移動してルーシェはオリバーから事情を聞くことになる。
「それで話というのは?」
「嬢王のことなのですが」
「エリカがどうかした? いや、多少想像は出来るけど」
そう、昨日のエリカは様子がおかしくなっており、オリバーに無理やり連れ帰った形で終えていた。そのあとに何かあったのは想像が出来る。
「実はあのあと、まるで生気がなくなってしまい、抜け殻状態になってしまったのです。食事も睡眠もまともに出来ない状態だと言います」
「え? そんな大袈裟な。エリカは? 今、どこにいるの?」
「嬢王は病んでしまって登校拒否をしているんです」
「登校拒否?」
「はい。おそらく原因はあなたです」
「私?」
「昨日の戦いであなたに負けたのが原因です」
自業自得とは言え、原因がルーシェにあると突きつけられると多少の罪悪感が生まれる。とは言え、ルーシェに責任はない。全てはエリカの一人歩きで自滅したもの。
当然、ルーシェは否定する。
「そんなこと言われても私に関係ないじゃない」
「勿論、それは承知の上です。そこでルーシェ・スカーレットさんに頼みがあるんです」
「頼み?」
ルーシェは嫌な予感しかしなかった。本当は聞きたくないが、聞かずにはいられなかった。
「嬢王に負けて下さい。そうすれば嬢王も元気になると思うんです」
「はぁ? わざと負けろと?」
オリバーの頼みはエリカに負けることだった。
真っ先に脳裏に浮かんだのは何故、そこまでしなくてはならないのか。
それに負けてエリカに良い顔をされるのが釈然としなかった。
第一、ルーシェに対して何のメリットがない。
当然、受け入れる必要は感じられなかった。
「無理。お断り」
ルーシェは腕をクロスしてバツをジェスチャーする。
当然の反応と言えば当然だ。
だが、それでオリバーが引き下がるはずもない。
「いいんですか? 本当に断って」
「どう言う意味?」
「断るのは自由です。ですが、もし承諾してくれないならあなたが七賢人だと校内で言いふらしますが、よろしいですか?」
「サラッと脅しかけないでくれる?」
七賢人だと周囲に知られることはマズイ。
これでは何の為に潜入しているのか分からなくなってしまう。
このように言われてしまえば聞かない訳にもいかない。
「私にはもうこれくらいしか嬢王を助ける道は考えられません。ご無理は承知の上、どうか聞いてくれないでしょうか。スカーレットさん」
オリバーは再度、頭を下げる。
それを見たルーシェは顔を引きつる。
「オリバー。落ち着いて話し合おうか」
エリカ・ソフィーナはその見た目から察する通り貴族の娘だ。
自由はなく幼少期は習い事を中心に過ごしており、常に自分が優位に立つことだけを考えさせられ、負けは許されなかった。
その家柄に応えるべく、エリカは負けない為に努力を重ねた。
そして、令嬢の中の令嬢として、貴族として認められる存在になる。
次第にエリカは魔女の訓練を重ねて偉大な役職である七賢人に成り上がる。
努力は報われる。そんな人生に敗北を味わされた存在が現れてしまった。
そう、ルーシェの存在だ。
「大体、勝負を挑んで来たのはそっちだよ? 私のせいにされても困るんだけど」
不服そうにルーシェはぼやく。
「それはごもっともですが、嬢王は神経質な方です。少しでも計画が狂ってしまうと引きこもってしまいます」
知らねーよ。と、ルーシェは心の中で強く思う。
「それはそうとオリバー。あなたはどうしてエリカに付いているのよ。あんな面倒くさい女に脅されているの?」
その発言の瞬間、オリバーはルーシェに杖を突きつけた。
「私のことはどのように言っても構いませんが、嬢王を侮辱することは許しません。私は嬢王を尊敬しているんです」
杖の先端が光を灯す。魔力が集中していた。
「分かった。ごめん。訂正するから杖を下ろして。エリカのことを悪く言ってごめん。ね?」
エリカのことになるとオリバーは人が変わるようだ。
オリバーの前でエリカの侮辱は控えた方がいいだろう。
理解したオリバーは杖を下ろす。
「ところでなんで嬢王って呼んでいるの? 言わされているの?」
「いいえ。私が勝手に呼んでいます。嬢王って感じだからそう呼んでいるんです」
確かにエリカは嬢王という感じがする。
「まぁ、どっちでもいいけど友達が落ち込んでいるなら心配だよね」
「友達とはちょっと違います」
「じゃ、何?」
「憧れの存在と言いますか、目標にしている人って感じです」
「私の目から見てあなたもエリカも信用し合えている関係に見える」
「本当ですか?」
「うん。いいわ。わざと負けるのは癪だけど、ほっとけないから付き合ってあげる」
「本当ですか? ありがとうございます。スカーレットさん」
「えぇ。とりあえず本人に会ってみないことには前に進まないよね? エリカの家、教えてよ」
「知っていますけど、私も行ったことありません」
「どうして? 友達なのに?」
「嬢王の家は少し複雑な家系で例え知人でも出入りは許されていません」
「じゃ、このままほっておくつもり?」
「そう言う訳ではありませんが、私にはどうしようもできません」
「いいから家の住所を教えなさい。私に相談っていうか脅すくらい心配しているんでしょ。だったら私に任されなさいよ」
「はい。分かりました」
放課後、ルーシェはエリカの家に行くことになる。
少し、乗り気に慣れない中、ルーシェは上の空で授業を受けていた。
「ルーシェさん。後でお話をよろしいですか」
席を通り過ぎる寸前、マギーは小声でルーシェにそう呟いた。
ルーシェは嫌な予感がしていた。




