2-4 魔法で空を飛び回っていますが、どうもホウキに乗れなくて困っています。
教室に戻ろうとした矢先、ルーシェは後ろから声をかけられる。
「ルーシェ。見て! 使い魔をレンタルしてきたよ」
サシャは嬉しそうに報告する。
サシャの使い魔はネズミだ。胸ポケットからピョコと顔を覗かせる。
「ネズミか。こうやってみると可愛いかも。こんにちは」
「この子はチュウ吉って言うんだよ」
ルーシェはジッとチュウ吉を覗き込む。
「この使い魔、喋らない。どうして」
ルーシェの疑問にテトは「普通は喋らないよ」と横から言う。
「なんで?」
「喋る使い魔は稀だよ。長年の経験で開花するか、才能があるか、まぁレアな存在だね。レンタルの使い魔が喋ることはほぼない」
「ってことは、テト。あんた、実は超凄い使い魔だったの?」
「まぁ、僕は伊達に何十年と使い魔をしている訳だから経験による開花だね。凄いと言えば否定はしないけど」
相変わらず、口を開くと生意気だけど、凄いことは凄い。改めてテトの存在にど肝を抜かれるルーシェであった。
使い魔を従えて魔女らしく見えるが、魔女として避けて通れない道が一つある。
「そういえば。ルーシェ。今週は実習があるみたいだから頑張らないとね」
「実習? 何の?」
「ホウキ実習だよ。先生が言っていたよ。聞いていなかったの?」
「ホウキ実習?」
魔女といえばホウキに乗って移動すると印象がつけられている。
その印象は間違ってなく、魔法魔術学園で最初に習うのはホウキ実習だ。
これができないと魔女としては恥ずかしいもの。
乗れて当たり前。それくらいホウキに乗ることは初期段階の内容だった。
だが、ルーシェは少し嫌な予感がしていた。
七賢人という偉大な役職に就いたはずなのにホウキに乗ったことすらない。
そもそもルーシェはホウキに乗らなくとも空中飛行魔法で事足りる。
だから今までホウキに乗る機会がなかった訳で、授業で初めてホウキに乗ることになった。
「うーん。ホウキか。なんか嫌だな」
「ルーシェはホウキに乗れないからね」
「乗れないんじゃなくて乗らなかったの」
「何が違うの」
ルーシェはテトと言い争いになり、順番はサシャに回る。
「次はサシャさん。どうぞ」
「は、はい」
生徒が注目する中、サシャは緊張気味に前に出る。
「私、ホウキに乗るのって初めて。うまく出来るかな」
「サシャなら出来るよ。頑張って」
ポンとルーシェはサシャの背中を押す。
「うん。頑張る」
ホウキに乗る為には自身の魔力をホウキに込めることから始まる。
そこでホウキと意思疎通することで自分の思い描いたように乗れる仕組みだ。
サシャはホウキに跨り魔力を集中する。
大地が揺れ、徐々に魔力がホウキに伝わっていく。
「飛べ!」
サシャの掛け声と共にホウキはゆっくりと浮上した。
サシャは初めてとは思えないくらい、ホウキを自由に空中飛行させた。
「うわ! 出来た。ルーシェ。見て。出来たよ」
初めてにしては上出来であり、サシャは三百六十度自由自在にホウキを乗りこなしていた。
それを見たルーシェは羨ましそうに見上げる。
「ホウキってあんな簡単に乗れるものなんだ。だったら私にも出来るかな」
「サシャが特別、才能があっただけだよ。普通、初めて乗る人はあんな上手に乗れないよ」と、テトは小言を挟む。
「でもサシャに出来て私が出来ない訳ないよね」
「では、次。ルーシェさん。どうぞ」
「はい!」
お次はルーシェの順番が回ってきた。
皆の前で恥を掻く訳にはいかない。
ここは軽々と乗りこなしてやろうとルーシェは意気込んでいた。
「よし。集中、集中」
ルーシェはホウキに跨って目を閉じて魔力を集中させる。
ゾワゾワと大地が大きく揺れる。
飛べる準備は整った。
「よし! ホウキよ、飛べ!」
ゴワッ! と、ホウキはルーシェの意思と共に浮上する。
だが、急上昇、急降下。更には左右に大きく揺れて三百六十度回転を繰り返す。
乗り物酔いする次元を超えている。
完全にジェットコースターのような動き方をしていた。
最早、ルーシェの意思とは正反対の動きになっている。
「わ、わ、わ。いやあぁぁぁぁ! 目が回るうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ! どうしよう。止まらないよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼︎‼︎」
まるで墜落を余儀なくされたヘリコプターのように急加速。
ルーシェのホウキは制御不能となった。
暴走車ならぬ暴走ホウキだ。
ルーシェは元々の魔力が多過ぎる為、微調整が必要なホウキ乗りは困難を極める。
つまり、ルーシェはホウキが乗れない。
本来、魔女がホウキに乗るのは自転車に乗るくらい当たり前に出来ることだ。
ただ、ルーシェの場合、自転車を通り越して自家用ジェット機を操縦できるようなものなので順序がデタラメだ。
よって初歩のホウキ乗りが難しく感じてしまうのだ。
ルーシェの乗るホウキは壁や柱をギリギリ交わしており、このままでは衝突するのも時間の問題だ。
誰かが止めようとするが、巻き込まれる危険があるので下手に手出し出来ずにいた。
ここはルーシェが自力でどうにかするしかない。
「コラ! 止まれ。ストップ! ストーーーーーーップ‼︎‼︎」
ルーシェはホウキの先端を強く引っ張りブレーキを掛けようとする。
すると、ホウキはピタリと急停止したことにより、ルーシェはホウキから放り出された。
「うわー。嘘でしょ!」
たまたま落ちた先に噴水があり、バッシャーーンと大きな水しぶきを上げて大怪我は免れたが、全身に水を被ってしまう。
「ルーシェ! 大丈夫?」
サシャを含めた同級生が落ちた先に駆け寄る。
髪も服もずぶ濡れになり、可愛さのカケラはない。
惨めな姿がそこにある。
「痛い。なんなのよ。もー‼︎」
ルーシェの怒りはどこに向けられたのか分からないものだった。
「良かった。無事ね。誰か、保健室からタオルを持って来て。急いで」
サシャの指示で同級生を誘導する。
水から上がったルーシェは酷い姿である。
「ドンマイ。ルーシェ。今回はたまたま出来なかったけど、次、頑張ろうよ。ね?」
「……うん」
サシャの励ましにルーシェは出そうになった涙をグッと堪えた。
今のルーシェは出来ない自分と皆に情けない姿を見せたショックで言葉にならなかった。この屈辱な出来事にルーシェは絶対に乗りこなすと決意を固めた。
次の日からホウキと向き合い、授業中でも食事中でもホウキを手放さなかった。
サシャの指導の元、ルーシェはホウキに乗るためのコツを伝授される。
「ホウキを生き物だと思って接してみて」
「ホウキを生き物?」
「そう。そうすることでホウキの気持ちになって考えるの。私を乗せて飛んでって気持ちを乗せればきっとホウキも答えてくれる」
「分かった。やってみる」
目を閉じて深呼吸。
暗闇の中でエレベーターが上昇した感覚を微かに感じられた。
「ルーシェ。飛んでいるよ」
サシャが嬉しそうに言う。
ルーシェは目を開けてみると上空に浮いていた。
「え? ホウキに乗れている?」
「ルーシェ。そのまま気を緩めないで前に進んで」
深呼吸をしたまま、気持ちを落ち着かせて前に進むことを念じる。
ルーシェはホウキと一体化した。
ホウキはルーシェの念じる通りに動き、暴走するようなことはなかった。
「出来た」
ホウキを乗りこなすのに一週間掛かった。
普通は三日で乗りこなせるものだが、ルーシェは並より多く時間が掛かってしまった。
しかし、ようやくコツを掴むことができた。
「やったね。ルーシェ」
サシャはホウキで同じ高さまで来てくれた。
「ありがとう。でも、サシャ、それどうやって乗っているの?」
サシャは椅子に座るようにホウキに乗っていた。
よく女の子が自転車の荷台で座るような可愛らしい体制だ。
それに対してルーシェはホウキに跨り、両手でしっかり握るのがやっとの状態だ。
ぎこちなさが前面に出ていた。
「自転車で言う立ち漕ぎや手放し運転と同じ感覚かな? 慣れたら出来ると思うよ?」
ルーシェがサシャのように乗るには更に一週間の練習を費やしてしまう。




