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俺の妹はストーカーです。

作者: ツキヒ

むかーし個人サイトに置いてたやつのお焚き上げです。

ちょっと手直ししてありますが、時代に合わない部分が残っているかもです。

ネタかぶりしてたらごめんなさい。

 俺の妹はストーカーです。

 正確に言うならば、ストーカーという人生の泥沼へ片足を突っ込んでる状態です。

 相手が気付いてないから大事に至っていないのであって、奴自体はストーカーと呼ばれるのに十分な行動をしていやがるのです。





 妹の名前は水穂といいます。稲村水穂。中学校までのあだ名は稲穂でした。高校で同じように呼ばれるのも時間の問題でしょう。

 ちなみに俺の名前は、豊穣の穣で「みのる」と読みます。豊穣は豊作って意味らしいです。

 どっちの名前をつけたのも母方の爺さんでした。お察しの通り農家です。


 水穂は俺のひとつ下で、今年の四月に俺と同じ公立高校へ入学してきました。

 きっと頭のレベルが一緒だったんだと思います。


 外見を一言で表すなら、セーラー服を着た市松人形。

 小柄で、真っ黒な髪を肩の少し上で切りそろえていて、色が白く、目は一重です。まあ、高校に入ってから眉は整えるようになったから、市松人形ほど不気味な印象も受けないけど。

 正直なところ、俺の中では十人並みの顔立ちとしか思えません。


 性格については……最近は俺も正確に把握している自信がなくなってきたので、割愛させて下さい。


 俺が水穂のストーキング行為に気付いたのは、大体二ヶ月ほど前のことです。六月の初めだったと思います。


 携帯を持っているはずの水穂が、家の固定電話を使っているのをよく見かけたのです。

 携帯なら自分の部屋で使えるし、番号だってアドレス帳から呼び出すだけ。電話の相手にしたって、携帯の番号なら通知されるから安心して応答してくれるでしょう。わざわざ固定電話を使う意味がわからない。


 俺はある日、ささやかな好奇心から、家の電話を使う水穂をこっそり観察してみました。

 そこでわかったことは二つ。ひとつは、水穂のほうから電話をかけているということ。もうひとつは、水穂が一言も声を発さないことです。

 総合すると、水穂がどこかへ無言電話をかけている、ということになります。


 家族としてショックを受ける傍ら、俺は“水穂が家の電話を使っていた理由”を何となく察しました。

 水穂は母さんに似て、機械にちょっと弱いんです。

 携帯電話も、ごく基本的な機能――通話にメール、それからマナーモードの切り替えくらい――しか使えません。それ以外、例えば着信音の設定などは、俺が頼まれてやっています。


 だから当然、非通知で発信するやり方なんてわからない。

 うちの固定電話はデフォルトで非通知発信になります。逆に通知したいときは、電話番号の先頭に三桁の数字をつけないといけない。

 たまに母さんがうっかり非通知でこっちの携帯に電話をかけてくるので、水穂がこのことに気付いていても何もおかしくはありません。


 水穂が受話器を置いて自分の部屋に引き上げるのを待って、俺は電話の発信履歴を調べました。

 ……たまに思うんですが、固定電話ってボタンやその近くに「留守電」だとか「機能」だとか「履歴」だとか書いてありますよね? どうしてうちの女性陣は、説明書がないとわからないとか、あっても多分わからないとか言うんだろう。


 それはともかく。発信履歴を呼び出して、一番新しい番号を……つまり、たった今水穂が無言電話をかけていた番号をメモ。090から始まっているので、向こうは携帯のようです。

 念のために過去の履歴を眺めてみると、同じ番号が五つくらい見つかりました。繰り返し無言電話をかけてるんだろうか。

 他の番号については保留して、メモった電話番号を手に、俺は自分の部屋へ引き上げました。ごろんとベッドにひっくり返り、四つ折りにしていたメモ用紙を広げます。


 どうしよう。

 この五文字が、思考の大部分を占めていました。


 俺はこの電話番号を手に入れて、どうしようと思っていたんだろうか。深く考えもしないで、やろうと思ったことを、とりあえず、やってみただけでした。


 この電話番号に電話をかけてみる? ……かけて何を話すっていうんだ。

 とりあえず電話の相手を探してみる? ……どうやって。固定電話なら電話帳に載ってる可能性もあるけど、携帯は難しい。


 二十分くらいベッドを転がりながら悩んで、結局、結論は出ませんでした。


 数日後。

 さんざん悩んだ末、俺は水穂の部屋を探ってみることにしました。もしかしたら、相手の手がかりがあるかもしれない。あいつの日記とか、相手の写真とか。

 あの妹は華道部に入っていて、週に二日ほど帰りが遅くなる日があります。その日を狙って、部屋に忍び込みました。


 親の方針で、部屋のドアに鍵はついていません。それどころか、机の引き出しについている鍵も、小学校の頃から没収されています。プライバシーなんて言葉、稲村家の辞書にはないのです。

 つまり俺は、時間さえあればこの部屋を隅々まで探すことができるというわけで。


 手始めにベッドの下を覗いてみました。根拠? 俺の部屋における、エロ本の隠し場所だからですが何か。

 水穂のベッドはパイプベッドで、下に収納などはありません。覗き込んだ空間は空っぽで、ダンボールや衣装ケースも置いていませんでした。

 ハズレかと肩を落としつつ、俺はふと思いついて、マットレスの下に腕を入れてみました。

 指と爪の間にチクリと刺さる、硬くて薄い紙の角。例えるなら、そう。写真。

 当たりです。洋画風に言うならビンゴです。

 恐る恐る、腕を引き抜きました。やっぱり写真です。ポラロイドで取ったもので、下の白いスペースに日付と場所が黒いボールペンで走り書きされていました。


『200*.5.12 昼休み・中庭にて』

『200*.4.30 登校中』

『200*.5.29 部活中』


 昼休みや部活中の写真を撮れるということは、相手は俺たちと同じ学校。

 写真を隠し持っているということは、少なくとも相手を嫌っているわけではなさそうです。


 俺は肝心の写真へと目を向けて――言葉を失いました。


隆也(たかや)……?」


 焦げ茶色の髪と、少々日本人離れした彫りの深い顔立ち。写真の中で爽やかに笑っているのは、俺の友人である伊崎(いさき)隆也でした。

 ……そういえば最近、隆也の近くにいるとやたらカシャカシャ音がしていたような。


 ねえ神様、貴方は俺にどんなリアクションを求めてるんですか?



 ◇



 その日の夕食後、俺は水穂を部屋に呼びました。


「何さお(にい)。あたし宿題あるんだけど」


 心底鬱陶しそうな顔と声。うわあ可愛くねえ。

 とりあえずその辺に座らせて、俺は一枚の写真を見せました。


「これ、拾ったんだけど」


 すげえスピードで奪い取られました。指先に痛みが走る――写真で指切ったじゃねーかコノヤロウ。

 そう、写真。水穂の部屋から、一番写りのいい奴を一枚くすねてきたのです。拾ったなんてもちろん嘘。


「どこで拾ったのさ?!」

「お前の部屋。参考書貸してたろ? あれ取りに入った」


 事前に考えておいたセリフとはいえ、俺はどうしてこんなにスラスラと嘘をついてるんでしょうか。自分で自分が悲しくなります。

 写真を胸に抱いて、威嚇するように唸る水穂を、俺は出来るだけ優しい目で見ました。


「写真くらい、俺が隆也に頼んで撮ってきてやるのに」


 とりあえず、『水穂は隆也が好きだけど、恥ずかしがりだからこっそり写真を集めてるんだな』という好意的な解釈で話を進めることにしました。強引にも程があるけど知ったことか。ポジティブシンキング万歳。

 しかし。水穂はカッと目を見開いて、俺を怒鳴りつけました。


「お兄には頼らない! これはあたしの手でやることなの……愛の力で!」


 この時、先程の好意的解釈から『恥ずかしがり』を消去することが俺の脳内会議で可決されました。全会一致です、ええ。


「あのな、肖像権って知ってるか」

「日本じゃグレーゾーンだから大丈夫!」


 グレーゾーンは大丈夫じゃねえよ。何でそんな勝ち誇った顔してるんだよ。確かに打ちのめされたけど。精神的に。

 ……話を変えよう。


「あーそうかい。ところで水穂、最近家から隆也の携帯に電話してるよな?」


 あの後。もしやと思って俺の携帯の電話帳と照らし合わせたら、水穂が電話をしていた先は隆也の携帯でした、案の定。

 ……十中八九、俺の携帯を盗み見たんでしょうねコノヤロウは。


 水穂はきょとんとした顔をして、次にこくんと頷きました。妙に素直だな。


「……無言電話はストーカー規制法にがっつり抵触すんぞ」


 水穂の細い目がカッと開きました。充血してる充血してる!


「ストーカー?! 言うに事欠いてストーカー?! 第一無言電話じゃないし! 好きな人の声を聞きたいっていう一途な乙女心だし!」

「一途な乙女は盗撮も無言電話もしねーよ! 電話だってわざわざ非通知でかけてるあたり故意じゃねーか!」


 俺のほうはもう涙目です。さっきの好意的な解釈なんか一切成り立たねえ。

 もうやだ、こんな妹。





 結局、水穂の行為については俺の胸に秘めておくことにしました。

 だって実の妹に前科とかついたら気の毒じゃないですか。俺が。

 警察沙汰になる前にどうにかできないかな……なんて考えながら教室の窓から外を眺めていたら。


「穣ー!」


 朗らかで勢いのある声が、廊下側から俺を呼びました。

 隆也です。知らない内に水穂にストーキングされてる伊崎隆也です。


「……なに? 隆也」


 水穂のストーキングを訴えられる?! とかちょっと思いました。

 馬鹿だなあ俺。まさかそんな急な話、あるわけがないですよねー。


 その前に証拠集めですよねー……。


 内心でちょっぴり暗い影を背負っている俺に気付くはずがなく、隆也は口を開きます。


「今日の部活、ミーティングだってさ」

「マジか」

「マジさ。帰りどっか寄らないか?」

「ああ、いいよ」


 二つ返事で頷くと、隆也は「忘れんなよ!」と笑って自分の席へ去っていきました。


 ……今日は水穂が部活で遅くなる日です。ちょっと気が抜けるかな。




 俺が隆也と初めて会ったのは、高校一年の春でした。

 同じクラスで、出席番号が連続していたから席が近く、自然に話すようになりました。

 そのまま同じ部活に入り、今年も同じクラスになって、今ではもう親友と呼んでもいいと関係だと思います。少なくとも、俺は親友だと思っています。


 背丈や体格は俺とあまり変わりませんが、俺が典型的な日本人顔なのに対して、あいつは少し色素が薄く彫りの深い西洋人顔。

 大らかで笑顔が爽やかな好青年ですが、鈍感でちょっと夢見がちのロマンチスト。あくまで俺から見て、ですが。


 そして、最近判明した事実。水穂の想い人で、奴によるストーキングのターゲットです。




 ミーティングを手早く終わらせて……っていうか特に議題なんかないので、部室でちょっと駄弁(だべ)るだけで終わって。

 約束通り、俺は隆也と一緒に学校を出ました。


「どこ行く?」

「穣の行きたいところでいいよ」


 答えて爽やかな笑みを俺に向ける隆也。うん、お前きっといい彼氏になるよ。でもそれを俺に発揮するんじゃねえ。


「っつったってなー……。ゲーセンは金なくなるからパス、買い物も欲しいもんないし。隆也は希望ある?」


 質問し返すと、隆也は曖昧に微笑みました。


「じゃあ、その、さ。別に今日じゃなくても良かったんだけど」


 視線を俺から外して、言い難そうに口ごもっています。何だ、どうした?


「ちょっと、相談……っていうか、頼みごとがあるんだ」



 ◇



「確か水穂ちゃん、だったよな? ほら、お前の妹……って何で遠い目してるんだよ」

「いや、やっぱり父さんに相談して弁護士探しておいたほうが良かったかなあと思って……」

「何を訳の分からんことを……」


 隆也は怪訝な表情で俺を見ながら、チョコ味のシェイクをずずっと啜りました。ちなみに、俺の目の前にあるのはコーヒーです。

 あれから、落ち着いて話せるほうがいいと言う隆也の希望によって、近くのファーストフード店に入りました。


「で、水穂が何かやっ……じゃなくて、どうかした?」

「あー、えっと……」


 うっかり口を滑らせながら先を促すと、隆也は人差し指で頬を掻きながら、視線をあらぬ方向へ向けてしまいました。

 あまり知られていないけれど、これは隆也が照れたり恥かしがっている時の癖です。


「その、水穂ちゃんって、彼氏いたりする?」


 ……いるわけがねえ。むしろお前が近いうちに脳内彼氏にされかねねえ。というのが正直なところでしたが、ぐっとこらえて「いないと思う」とだけ返します。俺ってなんて我慢強いんだろう。

 隆也は「そっか、いないのか……」と小さく呟きました。少しの間俯いて、それから俺の顔を真っ直ぐに見据えます。


「穣」

「ん?」

「水穂ちゃん、紹介してくれ」

「…………あ?」


 紹介って何ですか。ていうか紹介する必要ってあるんだろうか。水穂の奴は隆也のこと知ってるし。てか知りすぎてるし。

 そんな俺の胸中をまるっと無視して、隆也は熱に浮かされたように話し続けます。


「前にお前と話してるとこ見かけたんだけどさ、もう見た目超ストライク」

「いや、大して可愛くないだろあいつ」

「あー、確かに水穂ちゃんは穣の好みじゃないかも。俺一重の子大好き。逆に二重ってケバくて苦手」


 二重のほうがパッチリしてて可愛いと思うけどなあ。とにかく、隆也は俺と違って水穂みたいのを可愛いと思うことは理解しました。


「最近よく見かけるんだよ、水穂ちゃん。なんか運命的なモンを感じないか?」


 多分それは犯行現場です。


「なあ、頼むよ穣」


 重ねて懇願する隆也の声。


 ――別に、断る理由なんかないんです。

 隆也は親友で、水穂はあんなんでも妹で、二人とも幸せになってくれるに越したことはない。

 くっつけば大団円、くっつかなけりゃ今の状態が続くだけ。もしかしたら、隆也ときちんと知り合うことで水穂のストーキングも止むかもしれない。


 あれ? マイナスどころか、むしろプラスじゃないですか。

 もちろん俺にとって。


「……中身もお前の好みとは限らないからな?」

「そんくらい分かってるよ」


 隆也の返事に満足して頷き、俺は携帯電話を取り出しました。

 チャットはつながってないのでメールアプリを開いて、新規作成。


【To : 稲村 水穂

 件名:(なし)

 本文:部活終わったら駅前のJバーガーに集合。無視したらお前が後悔すると思う】


 送信、と。

 じゃあ、水穂が来るまで今日の宿題でも片付けてようか、隆也。

投稿を始めてこの日で一年だなあと思ったので、記念に昔の作品を引っ張り出してきました。

たぶん一年後もなろうさんの片隅で好き勝手やってると思います。

これからも気が向いたらお付き合いくださいませ~

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