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小さななまこと大きなくらげ

作者: 朝森雉乃

 とある海に、小さななまこと大きなくらげが住んでいました。小さななまこは砂地に半分埋もれていて、年中じっとしていました。大きなくらげは潮に乗り年中ただよっていて、ときどき小さななまこの近くを通るのでした。潮の流れがゆったりとうずまいて、近くにいる時間が長くなったときは、小さななまこと大きなくらげは、よくたあいのないおしゃべりをして過ごしたものでした。

 あるとき、小さななまこは、大きなくらげがふわふわと、海を自由にただよっているのがうらやましくていいました。

「くらげさん、どうしたらそんなにふわふわと泳げるの? ぼくはぜんぜんダメなんだ。浮き上がろうとしたって、足がまったく砂地からはなれないんだよ」

 大きなくらげはこたえます。

「そうだね、なまこくん。それならまずはそうやって、やりたいことを思いつめないことだよ。軽く、かるーく考えなきゃ」

 小さななまこはそういわれて、身をよじってじたばたするのをやめるようにしました。

 しばらく続けていると、少しばかり心は軽やかになりましたが、泳げるようにはなりません。また大きなくらげが通りかかったので話しかけます。

「くらげさん、どうしたらそんなに大きくなれるの? ぼくはやっぱりダメなんだ。ずいぶんとちっぽけなままで、きっとこのまま砂に埋もれちゃうんだ」

 大きなくらげはこたえます。

「そうだね、なまこくん。それならまずはそうやって、先のことを悲観しないことだよ。おおらかに、ゆったりとかまえなきゃ」

 小さななまこはそういわれて、将来もちっぽけなままだと思うのをやめるようにしました。

 しばらく続けていると、少しばかりおおらかな気分になりましたが、からだが大きくなったわけではありません。またまた大きなくらげが通りかかったので話しかけます。

「くらげさん、どうしたらそんなに強いトゲを持てるの? ぼくはどうせダメなんだ。トゲだって少し固いけど、悪いやつをしびれさせたりなんかできないんだ」

 大きなくらげはこたえます。

「そうだね、なまこくん。それならまずはそうやって、やる前からできないってあきらめないことだよ。じっくりと、自分の力ならなにができるか考えなきゃ」

 小さななまこはそういわれて、自分のトゲでなにができるのか、時間をかけて考えるようにしました。

 しばらく続けていると、少しばかり心強い気持ちになりました。でもトゲから毒を出せるようにはなりません。

 いよいよ、小さななまこはかなしくなってきました。大きなくらげのいうとおりにしても、変わることはないのでしょうか? かなしくて、くやしくて、今度大きなくらげがきたときには、話しかけまいと決めました。

 やがて大きなくらげがやってきたとき、小さななまこはむっつりとだまりこんでいました。

「どうしたんだい、なまこくん。今日は元気がないようだね」

 小さななまこはこたえません。

「まあ、そういう日もあるさ。でも、なまこくん。ついさっき、向こうで漁師を見たんだよ。もっと岩場があるところに隠れたらどうだい」

 小さななまこは意地になってこたえません。そうしているうちに潮の流れが速くなりました。大きなくらげは少し声を上げていいました。

「あらあら、それではそろそろ行かないと。気をつけるんだよ、なまこくん。さようなら」

 大きなくらげがいなくなって、海底はしずかないつもの海に戻ったかのようでした。しかし、いつもと違うところもあります。漁師が来ているのを感じ取った魚たちがいなくなった海は、いつもより暗く、いつもより張りつめています。

「いいんだ。くらげさんのいうことは、どうやらあてにならないんだから」

 小さななまこは、ひとりでつぶやきました。がらんとした海底に、こたえの返ってこないつぶやきの泡が消えていきます。

 とつぜん、ごぼごぼという大きな音と、真っ黒な大きな影がやってきました。影を見上げた小さななまこは、その影がまっすぐこちらへ向かっていることに気がつきました。

 漁師が小さななまこを見つけたのです!

 砂にもぐろうとするひまもなく、漁師は小さななまこを砂からすくい上げました。思ってもなかったことに、漁師は、小さななまこの願いのひとつをかなえてくれたのです。

「あれ、ぼく、砂から浮き上がって……落ちてもない」

 小さななまこはおどろきました。下のほうに真っ白な砂地、上のほうにはぼやぼやとした水面、そして横にはどこまでも続く真っ青な海の水。やさしく流れる潮が、からだをそよそよとなでていきます。ああ、これがいつも、大きなくらげを運んでいた潮なのです。

 ときどき、漁師の手になでられながら、小さななまこはぐんぐんと、上へ運ばれていきます。すると、いままで重たい水に押さえつけられていた体が軽くなって、からだの中からなにかがふくらんでくるような感じがします。

「あれ、ぼく、体が大きく……やっぱりふくらんでる!」

 小さななまこはぎょうてんしました。漁師は、小さななまこのもうひとつの願いもかなえてくれたのです! あんなに大きなくらげのいうことをためしてもダメだったのに、漁師はこのひとときで、軽々とやってのけたのです。

 小さななまこのおどろきは、だんだんとうれしさへ変わっていきました。

「くらげさんは声をかけてくれるばかりで、なにもしてくれやしなかった。その点漁師は、こうして手を差し伸べてくれる。ふたりのどちらがすばらしいか、だれだって分かることじゃないか。

 さあ、漁師さん! さいごの願いをかなえてよ! ぼくに、とても強くて毒のある、悪いやつをみんなしびれさせてしまうようなトゲを!」

 小さななまこはうっとりと、自分を両手でもてあそぶ漁師のことを見つめました。


 いっぽう、大きなくらげは、小さななまこのことが心配でたまらずに、潮の流れが速くならないか、やきもきしながらただよっていました。

 ようやく、いつも小さななまこがいた海底に戻ってこれた大きなくらげは、真っ白で、だれもいない砂地をみて、なにが起こったのか、すぐにすべてをさとりました。大きなくらげは、もう二度と小さななまこに会えないことがかなしくて、くやしくて、小さななまこを悼むため、砂地へ留まりたいと思いましたが、潮の流れには逆らえず、さらわれていきました。

 そうして、潮が大きなくらげを南のほうへと運んだとき、大きなくらげは、つんつんと背中をつつかれました。はっとしてみると、つっついたのは、大きなくらげよりももっともっと大きないるかでした。

「どうしたんだい、くらげくん。今日は元気がないようだね」

 大きないるかは、心配そうな声をかけます。大きないるかの前では小さなくらげは、かなしみにしずんだ心を押し込んでいいました。

「いるかさん、どうしたらそんなに自在に泳げるの? ぼくはさっぱりダメなんだ。友だちに手を差し伸べたくたって、いつも潮に流されてしまうんだよ」

 大きないるかはこたえます。

「そうだね、くらげくん。それならまずは……」

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